第十九話 アブドゥラ第四皇子
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アブドゥラ第四皇子は炎の魔法の使い手だ。
皇族の中では闇の魔法使いが多く生まれるのだが、アブドゥラも同腹の兄である第一皇子も、火の魔法を良く使った。
帝国で信奉されるのは原初の火の神だとされているのだが、実際には火の神よりもその周囲を取り囲む闇の方が尊ばれている。闇は帝国では安息と安寧を意味するものであり、北方大陸のように邪悪の象徴というような扱いはしない。
「ウィッサム!」
側近たちを連れて船から降りてきた一つ年上の兄に向かってアブドゥラは大声を上げた。
「女は何処だ!氷の悪魔の女がここに居るんだろう?すぐにこちらへ渡せ!」
アルカンデュラの戦いで兄を殺した男をアブドゥラは決して許しはしない。男に関わる者は血族全てに至るまで抹殺するつもりであるし、奴の婚約者が連れて来られたというのなら、戦場の盾として利用しても良いだろう。
「氷の悪魔は今、ボルゴーニャとの戦闘に忙しい。我々はボルゴーニャ王国側から攻め入り、アストゥリアス王国まで征服をしてやるのだ、その際に利用してやろうではないか」
戦争では良く、敵国の捕虜などを人間の盾として利用する。そうすると、どれだけ高名な魔法使いを敵側が用意していたとしても、その攻撃に躊躇が生まれるようになるわけだ。
「自分の婚約者を盾に取られれば氷の悪魔も身動きが取れなくなるだろう、より残虐な方法で見せしめにせねばならぬ」
「君は帝国とアストゥリアス王国が同盟を結んでいるのは理解しているんだよね?」
帝国の武器の効果が発揮されるのはバルデム産の弾薬、火薬があってこその話なのだ。
「しかもアストゥリアスには皇帝が愛する妹姫が嫁いでいるんだけど?」
「皇帝がなんだというのだ!ただの色ボケジジイに何が出来る!」
「不敬だよ、不敬、不敬で捕らえられても知らないぞ?」
ギリギリと歯軋りをするアブドゥラを、呆れた様子で見ながらウィッサムが言い出した。
「皇帝を正気に戻す手立てがあるなら協力をするとまで言い出したのは、お前の母親である皇妃であろうに。その正気になる手立てとなる人間を戦争の道具にして、北大陸にまで持っていく?そんなことをしている間に、帝国の皇位は赤子が継ぐことになってしまうぞ」
「であるのなら・・」
皇帝を倒して自らが皇位に就くと言い出しかねない異母弟を、鋭い殺気を含んだ魔力を浴びせて黙らせる。蝋燭の炎が息を吹きかけられて消えるように、アブドゥラはパッと顔を青ざめさせた。
「アブデルカデル帝国において皇帝は絶対の存在。あの父上でさえ、前皇帝を亡き者にはせず、帝位を継承させるまでは尊い存在として扱った」
反乱を起こして帝位を奪うのは悪手にしかならない。何故なら、アブデルカデル帝国は多くの部族を平定して出来上がった国なのだ。皇帝と名乗る一族が内輪揉めなどで国を乱せば、自分こそが成り代わろうと考える野心溢れる族長は山のように居る。
帝国は皇帝一族が治めるからこそ広大な領域を統一出来るのであって、肝心の皇帝が転ければ必ず瓦解する。これを北大陸の奴らが狙っているのは間違いない事実である。
実は最近になって、ムサ・イル派を主派閥とするルス教に帰依する族長が南大陸で増えて来ているのだ。
光の神は全てを照らし出すという教えは、全ての民を等しく飲み込んで平和と安寧を与えるという闇の神と教義が良く似ているため、忌避感なく信じる神を変えることが出来るのだろう。そしてルス教に宗旨替えする者は、若者の中にこそ多い。その若者の支持を得るために光の神に傾倒する族長も出てくるということで、帝国の足元はぐらぐらと揺らいでいるような状態なのだ。
「私は誰が帝位に就いても構わんが、自分が生きている間に帝国が崩れ落ちる様だけは見たくない」
それは皆が思う思いであり、だからこそ、敵対派閥である皇妃の一派とウィッサムを支持する一派が今は協力関係にあるのだ。
「とにかく、何をどうしたって俺は氷の悪魔だけは許せない」
アブドゥラは、苛立ちを露わにしながら言い出した。
「だからこそ、女は我が方に引き渡して貰いたいのだ」
復讐、その一念がアブドゥラの胸の中にメラメラと燃え上がり続けているのだ。
「アブドゥラ、お前が殺したいと望む氷の婚約者は、バルデムの娘御なのだよ」
バルデムとは帝国の武器開発に多大な貢献をしたアストゥリアスの貴族の名となる。
「バルデムは未だに火薬の製法を我が方には漏らさない。船が港に到着して早々、バルデム商会の支配人が私の元を訪れて、娘が欠片でも傷つけられれば帝国からの撤退も考えると言い出しているのだよ」
「弾薬の製法など、作っている者を拉致して吐かせれば良いではないか」
「バルデムの火薬の製法は極秘中の極秘、何でも本国以外の場所で作られているらしい」
「国で作らず何処で作っているというのだ!」
「さあね」
わざわざ他国から弾薬の輸入などしなくても、可能であれば自国での生産に漕ぎ着けたい。そう考えて火薬の開発に力を入れているのだが、バルデム製のものよりも遥かに劣るというのが現状なのだ。
「セブリアン・バルデムは貴族としては珍しく家族愛に溢れる人物だからな、数日中には高速船を操ってこの港湾へと現れるだろう」
「ならば現れたところで殺してしまえば」
「そうすれば、帝国は二度と弾薬、弾丸が買えなくなるぞ」
火薬を使ってただ弾丸を飛ばせば良いということであれば、丸い球体を作って弾とすれば良いのだろうが、威力があり、正確に的に当たる弾丸の製作となると非常に難しい。
「実はアストゥリアスの姫よりも、セブリアン・バルデムの娘の扱いの方が難しいと考えている」
嘘偽りのないその言葉を聞いて、アブドゥラ第四皇子は唸り声をあげた。
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