第十五話 キリアンとガスパール
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ムサ・イル派が力を持ち始めたのは半世紀ほども前になるけれど、この宗派は百年以上昔から続いているし、階級制を作り出すことによって、己の欲を満たそうと考える老人たちがこぞって枢機卿の地位へと押し上げられる。
彼らの求めることはムサ・イル派による世界統一であり、あらゆる国々をまとめあげることで、権力の一極集中化を図ろうとしているわけだ。
大魔法使いキリアンが生まれたのはムサ・イル派の枢機卿たちが住み暮らす総本山とも言われる大聖堂の地下であり、この頃から多大な魔力持ちや宝石眼を人工的に作り出す禁忌に司教たちは手を出していたことになる。
膨大な魔力を持って生まれたキリアンは枢機卿たちに重宝されていたのだが、ある時、一人の枢機卿が言い出した。
「やはり宝石眼を完成させるには、ただの魔力持ちの心臓だけでなく、大魔法使いの心臓が必要となるのではないか?」
大魔法使いとは、千人以上の人間を瞬時に殺せるほどの能力を持った魔法使いのことで、サラマンカに潜伏したキリアンは魔法の塔で大魔法使いの称号を得ることに成功していたのだった。
死ぬほどの努力の末にこの称号を獲得したキリアンは、枢機卿たちから更なる栄誉を貰えるものと思い込んでいたのだが、想像とは反対に命の危機に瀕することになったのだ。
「僕の心臓を抜き取ったって、成功するとは思えない!」
上半身裸にされた状態で祭壇に押さえつけられたキリアンは、胸の上にナイフを突きつけられた状態で叫び声を上げた。
「僕なんかの心臓より、まずはサラマンカの王の心臓を試した方が良いんじゃないのか?僕はサラマンカで功績を認められているから、王の心臓だってすぐに持ち出すことが出来るんだぞ!」
サラマンカは血筋で王を決めない国、国一番と言えるほどの膨大な魔力を持たなければ王になることなど出来ないのだ。
「面白い!ではサラマンカの王の心臓を今すぐ持って来い!」
「今すぐにだ!」
七人の枢機卿たちから解放されたキリアンは、すぐさま、魔法王国サラマンカへと移動をしてサラマンカの王の心臓を引き摺り出した。
膨大な魔力を持つサラマンカの王の心臓を使うことで、ようやっと宝石眼を作り出すレシピを完成することになったのだ。そうして、大聖堂の地下から次々と宝石眼を持つ子供が生み出されていくことになった。
国王を暗殺したキリアンには、サラマンカから即座に追っ手がかけられることになったのだが、国王暗殺から五年後の冬に、キリアンは全身を腐らせた状態で心肺停止となったのだ。
枢機卿たちが生き返りの呪法を施行してくれなければ、キリアンは死んだままだったことだろう。何処までも生きていたいキリアンは、どうしたって枢機卿たちの言うままに動くしかない。
「キリアン・・キリアン・・」
後ろを振り返ると、ボルゴーニャ軍を率いるアルフォンソ王子が満面の笑みで言い出した。
「ガスパール・ベドゥルナがわざわざ前線に出てくると言うから警戒したが、奴はこちらとの本気のぶつかり合いを忌避して我が方の侵攻を許しているような状態じゃないか」
アストゥリアス王国の宰相は元軍人で、戦争が大好きで大好きで、長引けば長引くだけご機嫌になるという戦闘狂でもある。小競り合いに終始して、肝心なところで逃げを打つ彼の戦法は、彼がお遊びに興じていることを意味している。
「敵を追いかけ過ぎて前に出過ぎないように注意しないとだよ」
「そんなことは分かっている」
誘き出すような形で戦線が伸びれば、横腹に仕掛けられることもあるし、本営から離れた場所に移動を余儀なくされた場合、輜重への襲撃を招くことにもなりかねない。
「お前の闇魔法でだいぶ敵の戦力を削ぐことが出来たと思う」
アルフォンソ王子はまっすぐに前を見据えながら言い出した。
「司教たちが送ってくれた魔法使いたちも十分な働きをしてくれている、我が方が有利な状態なのは間違いない。帝国が正気に戻る前に、アストゥリアスを我が物とするぞ!」
「そうだね、アストゥリアス王国を征服してボルゴーニャ王国に併合しようじゃないか」
聖戦の機運を高めるためには、ここでボルゴーニャに勝って貰わなければ話にもならない。だからこそ、枢機卿たちは虎の子とも言える残虐な魔法使いの部隊をボルゴーニャ王国側に送り込んで来たのだから。
◇◇◇
「バルデム卿がアドルフォ殿下を連れて帝国へと移動をしたか」
部下からの報告を受けたガスパール・ベドゥルナは、思わず笑い出してしまった。
せっかくボルゴーニャがアストゥリアスに対して総力戦を仕掛けて来ているのだから、ここで帝国を動かさなくて何とする。長年、北大陸への侵略を願って来たのだから、今こそ達成すべき時なのだ。
ペネロペの父となるセブリアン・バルデムは見たままの通りのタヌキジジイなのだが、常に広い視野を持ち、勝機を逃さない男でもある。しかも、彼は貴族としては稀に見るほどの家族愛に富んだ人間でもある。娘のペネロペが姫と共に誘拐されたとなれば、アストゥリアスの王家など歯牙にもかけずに国を飛び出して行くだろう。
彼の息子となるミゲルも隙のない男で、帝国から密かに買い入れた武器弾薬を即座にガスパールに対して提供した。父と光の王子の一時的な出奔をこれで見逃せと言わんばかりの弾薬の量に、思わず笑いが止まらない。
「閣下!マルティネス卿が到着いたしました!」
「そうか、分かった」
幕舎から出たガスパールは、アンドレスを迎えるために歩き出した。
司教たちは神の御名の元に戦を仕掛けようというのだろうが、奴らは完全なる素人だ。収穫も終わって本格的な冬が始まっている今、この時に、ボルゴーニャのために食料や支援金を差し出せと言って喜んで差し出す馬鹿はいない。万が一にも司教たちの言うがままでいれば、自国民はあっという間に飢餓と寒さで死ぬことになるだろう。
民の心の乱れはやがて内乱を引き起こすことになるだろう。司教たちが言うところの神とは一体何なのか?神は何をお求めになっているのだろうか?
貴族同士の結婚に口出しするようになってからというもの、ムサ・イル派に対して懐疑的な視線を向ける貴族は急増しているような状態で、フィリカ派に帰依をした北方二十カ国の主たちは揃って口にしている言葉がある。
「司教たちと手を切って、驚くほどに楽になった」
国が小さければ小さいほど、司教たちに払う金額の負担はかなり大きい。しかも、司教は払った金を民に還元するようなことは行わないどころか、搾取した金を自分たちの欲のために、枢機卿たちが住まう大聖堂に運び込んでいるのだ。
フィリカ派の使徒たちが言うには、死後に楽園に行くのに金など要らない、祈る心があれば良いと言うのだから、
「金が司教たちによって国外に流れていかず、自国で回せるようになったのだ。これほど良いことはない、楽なことはない」
と、皆が皆言い出す始末。
この噂を聞いたアラゴン中央諸国が浮き足立っているのは間違いない。その浮き足だったところへ、司教たちの悪事を次々と暴露していけば、
「なんでムサ・イル派のために金を使わなければならないんだ?」
と、言い出す輩が必ず出てくるはずだ。
ガスパールにとって、情報操作はお手のもの。アラゴン中央諸国がそっぽを向く仕込みはすでに済んでいるのだから。
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