第十四話 アドルフォ王子の後悔
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アストゥリアス王国の第一王子として生まれたアドルフォは、母から溺愛されながら育てられることになった。政務に忙しく関わることが少ない父と、正妃であるというだけで大した役割を担うこともない母。
親密な間柄とは言えないラミレス王が、帝国との交易を再開するという時に帝国の姫を側妃として娶ることになった。その時には、母だけでなく周囲も大反対をしたのは言うまでも無い。強大な勢力を持つ帝国相手に無視し続けるのは得策では無いとしても、わざわざ婚姻政策までする必要性があるのだろうか?
多くの者が異を唱えたとしても、帝国と今後も関係を築いていくのであれば姫の輿入れは必須。帝国から輸出されるスパイス、滑らかな手触りの絹織物、金細工など、アストゥリアスを窓口としてアラゴン大陸に売りに出せば大金へと変貌するものは山のようにあるのだ。
アストゥリアス王国は鉱山を抱える国ではあるものの、今後、掘り尽くした後のことを考えれば、多くの金を産出する帝国を無視することなど出来ない。だからこそ、ジブリールの輿入れは必須。と、言われたとしても、母であるイスベルが納得するわけがないのだった。
母が愛人であるロドリゴ・エトゥラに傾倒し出したのはこの頃からのことであり、以降、ムサ・イル派の司教たちと親密な関係を築くようになるのだった。
父から愛情を向けられない寂しさを埋めるように母は愛人にのめり込んでいったのだが、その隙を突くような形で、父の側近がアドルフォに近づいた。
「光の神は全てを照らし出しているのです」
それは良いことであれ悪いことであれ、全てを照らし出すという。
「全ての民を平等に照らし出すような、全ての民に慈悲を与えられるような王になりなさい」
司教たちのようにはなるな、シドニア公爵の甘言に騙されるな。アストゥリアスの建国の王は何者にも騙されないと宣言された方なのだ。孤高の存在であれ。
孤高、確かにアドルフォは孤高であり、孤独だった。次の王は自分しか居ないと言われて育てられたアドルフォの周囲を様々な大人が取り囲んでいったが、寄りかかれる相手がいない。誰も彼もが、自分を利用しようと企んでいるようにしか見えない。それは実の母も、母方の祖父も同じで、魂の根底から『騙されるな』『騙されるな』と、自分自身が叫んでいるような気がしていた。
父と母が乾いた関係を持ち続けていると思っているうちに、妹が生まれた。最初、妹は母の愛人の子供になるのかと思ったのだが、妹は金色の瞳を持って生まれ出た。もしかしたら母は、ロザリアがラミレス王の娘なのか、それとも愛人であるロドリゴ・エトゥラの娘であるのか、どちらの娘なのかわからなかったのかもしれない。
金の瞳は王家の証でもあるけれど、母の生家であるシドニア公爵家には王家から姫が輿入れしたこともある家である。だからこそ、自分の血筋から出た瞳の色かもしれないという疑念は拭い去ることは出来ず、生まれたばかりの娘は乳母に任せたまま離宮に放り出し、その後は距離を置いた対応を貫き通した。
母がそんな調子だったからこそ、父である王も娘に対して一切の関心を持たなかった。正妃とは定期的に閨を共にしていたからこそ、自分の娘ではないと断言することは出来ないが、愛人との交渉を考えると、自分の娘であると決めつけることも出来ない。
そうして、生まれた時から祝福もされずに放置されることになった妹の存在を、アドルフォは思い出すことすらしなかった。
こうして色々な人間に騙された末に、朽ち果てて死ぬところだった今、この時になるまで、自分の妹の事など一切、思い出す事などなかったのだ。
「ロザリアが帝国に誘拐された?」
腐りかかった体の組織が最低限にまで修復され、ようやく自力で起き上がれるようになったアドルフォに対して、凍るような視線を向けるグロリアの実弟ジョルディは言い出した。
「貴方が僕の姉に対して行った仕打ちを忘れたわけではない、貴方が婚約者である姉を裏切り、子爵令嬢に夢中となっていたことも許していない。だけど、全ては司教たちの企みによって引き起こされたというのなら、いつまでも呪われたまま放置している場合でも無いと思ったんだ。だからこそ、使徒ルーサー様に頼んで殿下を治してもらった」
すると、後ろに立っていた白髪の祭司服の男が言い出した。
「現在、アストゥリアス王国はムサ・イル派とは決別をしてフィリカ派に帰依しました。我がフィリカ派は司教たちの悪行を世界に喧伝するために、まずは多くの民を殺して作り出した殿下の呪いを解くことにしたのです」
「私は呪われていたのか?」
「その呪いも子爵令嬢を媒介にしたようですね。肝心の子爵令嬢も殿下と同じ症状を発してすでに死んでいます」
「我が友は?」
「殿下の側近たちは、その全てが呪いで死んでいます」
病は癒えたように見えても呪いは残る。女を媒介にした呪いは、グロリアが差し向けた性病持ちの男にまで広がり、彼を起点とした女性が何人も死んでいる。
「非常に古い呪いです。殿下は光の魔法の保持者だからこそ、一人だけ生き残っていたのでしょう」
アリカンテ魔法学校に入学した際に、アドルフォは一人の子爵令嬢に夢中となってしまったのだが、それはアドルフォ一人だけにとどまらず、側近たちは皆、令嬢に夢中になっていた。それは彼女が持つ魅了の力によるものだということを後から知ったが、その背後に司教たちが居たとは思いもしない。
古の呪いを光の古代魔法を使って治してしまった使徒ルーサーの底知れなさを感じながら、
「あの〜」
と、後の方で見守っていたセブリアン・バルデムが言い出した。
「姫様だけでなく、私の娘のペネロペも共に帝国に誘拐されているのです。帝国の船を追うためにうちで所有する船の出発準備をしているのですが、今すぐ出発するなら殿下を船へと案内出来ますし、今すぐの出発が無理そうだったら、まずは私が帝国へ向かおうと思うのですが、どうしましょうか?」
「バルデム卿が帝国に行ってどうするんだ?」
たかだか伯爵家(今は陞爵して侯爵家)に何が出来るのだと胡乱な眼差しをアドルフォがずんぐりむっくりのセブリアンに向けると、セブリアンはニコニコ笑いながら言い出した。
「火薬については帝国は我が家で作られる黒色火薬に頼りきりの状態でもあるため、二人を取り返すための交渉の余地はあると思ってはいるのですよ。ですが、姫様が誘拐されている関係から国同士の話し合いにもなるため、廃嫡されたと言っても王族の血を持つ殿下を連れて行った方が良いとジョルディ君が言い出して」
「帝国の闇の魔法に対抗するなら、光の魔法が有効ではないですか」
「確かに殿下は光の魔法の使い手でしょうけれど、病み上がりに船旅は酷かも知れませんし」
「いや、構わない。今すぐ行こうじゃないか」
アドルフォはベッドから足を下ろしながら言い出した。
「私はもう後悔したくない。どうせ死ぬなら妹を助けた上で死ぬのもまた一興だと思うしな」
「呪いは解いたので死にませんが」
ルーサーの物言いに、
「人間、何がきっかけで死ぬか分かったものでは無いだろう?」
と、達観した様子でアドルフォは言い出した。
アドルフォは金の瞳を持つ、銀髪の美丈夫だったのだが、今は呪いの影響で瞳も髪も漆黒に染まり上がっている。それでも、掌の上には光の球が浮かび上がる。光の魔法の使用に支障はないようだ。
「もう後悔はしたくない、だから私を連れて行ってくれ」
そう言うと、アドルフォ王子は凄みのある笑みを浮かべたのだった。
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