第十三話 サラマンカの王ファティ
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皇妃から生まれた第一皇子は民からも慕われる素晴らしい人である、その素晴らしい第一皇子を支える第二皇子は武力に長けた人だった。
戦いの中で、圧倒的な力を見せた第二皇子を次の皇帝にするべきだという言う声が高まる中、第一皇子はアルカンデュラ諸島群を帝国の支配地域とするため海軍を率いて出発した。
陸にかけては第二皇子、海にかけては第一皇子であると喧伝して、無敵の海軍を率いる第一皇子こそ次の皇帝に相応しいのだと示すために、第一皇子は出発した。これから帝国が北大陸に侵攻を開始する際には、海軍同士のぶつかり合いは必須となることだろう。
海賊たちの拠点にもなっていたアルカンデュラ諸島は補給基地として非常に都合が良い場所にあった為、第一王子は海賊の排除に乗り出すこととなったのだが、その際に現れたのがアストゥリアスの氷の英雄が乗る旗艦船であり、この時の戦いで帝国のガレオン船五隻が沈むことになったのだ。
帝国海軍の抵抗も虚しく、第一王子の乗る船までもが沈むこととなり、海に投げ出された皇子を救出した時にはすでに心肺停止の状態となっていた。
「ならば次の皇帝には第二皇子こそが相応しい!」
多くの人々は声高に唱えたものの、第二王子は流行病によって亡くなった。この流行病というのは方便でしかなく、第二皇子は皇妃アリアズィアによって毒殺されたのだ。
皇妃アリアズィアの息子は第一皇子と第四皇子となるため、皇妃としては自分の息子であるアブドゥラ第四皇子を次の皇帝の座に就けたい。ただ、第四皇子は魔法の力があまりにも弱い為、五番目の側妃が産んだ第三王子ウィッサムを推す声も大きい。
皇帝ラファには八人の側妃が居るのだが、帝位をかけての戦いをしているのは第三王子と第四王子といった形になっていたのだが、
「皇后アリアズィアを廃して愛妾サラーマを新しい皇后とし、サラーマが産んだシャムサを次の皇帝にすることとする」
皇帝ラファが公の場で発表したのだから、帝国中を震撼させたのは言うまでもない。
皇帝が溺愛するサラーマはアラゴン大陸から流れて来た貴族の娘であり、人種も違うなら崇める神すら違う存在。流石に皇帝も信じる神を変えるということまでは言い出さなかったが、万が一にも次の皇帝が一歳にも満たぬ赤子ということになれば、その先の動乱は待ったなしの状態となるだろう。
精神感応系の魔法の研究の第一人者でもある魔法王国の王ファティは、皇帝とかなり距離を取った状態からの謁見しか出来なかったのだが、あの理性的な皇帝があれほど年若い娘に夢中となっているのは異常に見えた。
現在、同盟国の王となっているファティとの謁見の場にも、皇帝は膝の上に年若い妾妃を乗せていたのだ。しかもその妾妃は、アラゴン大陸のどこだかの国の、しかも男爵家の娘ということなのだが、
「聞いたことがある、本当に聞いたことがある展開だな」
と、思わずにはいられない。
昨年、アストゥリアス王国の第一王子が公の場で婚約者に婚約破棄を突きつけ、断罪に追い込もうとしたそうなのだが、この王子を夢中にさせて、婚約者排除を焚き付けたのが子爵家の娘だと聞いている。
また同じ時期に、アストゥリアスの公子が初等部の卒業パーティーの場で、男爵家の令嬢こそ自分の真実愛する相手であると宣言し、婚約者であった公爵家の令嬢に婚約破棄を突きつけた。
このような事は実はアストゥリアス王国に留まらず、多くの国々で頻発している出来事なのだ。そうしてよくよく調べていけば、ムサ・イル派の司教たちに反抗的な態度を取っている国ほど、同じような現象が起こっている。
「エルの手土産には驚かされたな」
アリカンテ魔法学校の卒業パーティーを抜け出したファティは、護衛と側近を連れてアストゥリアスの王宮の奥深くへと足を進める。
サラマンカには優秀な魔法使いが研究をする為に建てられた魔法の塔というものがあるのだが、その魔法の塔へ連れて来られたのは人工的に作られた宝石眼を持つ女だった。
宝石眼を作り出すには、魔法使いの血を百通りにも混ぜ合わせて作り出す禁忌の技が必要となる。これを再現するには魔力持ちの心臓を百は用いなければならない。精霊信仰でサラマンカが宗教弾圧を受けた時には、ムサ・イル派によって多くの魔法使いが連行されることとなったのだが、連れて行かれた魔法使いは誰一人として戻って来てはいないのだ。
つまりは、自分たちの欲を満たすために、宝石眼を作り出すために、彼らは、サラマンカから多くの魔法使いを狩り出す為に、あえて、苛烈なほどの宗教弾圧をおこなったのだ。
生粋の宝石眼と比べれば、洗脳能力は著しく劣ることにはなるけれど、宝石眼は腐っても宝石眼なのだ。
「司教たちが正気とは到底思えないな」
邪法を使ってまで、己の信じる宗派を大陸中、それどころか海を越えた南大陸にまで広めて、金と権力を貪り尽くそうと考える。
大魔法使いキリアンはファティの前の代の王を暗殺した罪で追われる身となっているし、一時は完全に殺したと思い込んでいたのだが、奴は巧妙な手を使ってまんまと逃れることに成功し、今では司教たちに協力をしてボルゴーニャの戦列に身を顰めているという。
「キリアンも司教たちも、到底許すことなど出来ないのだが」
今すぐにでも自分自身が戦いの場に向かいたい。しかし、国の王が危険な場所に安易に向かうのは良くないということも自分なりには理解している。
そのため、戦地に向かわずに、サラマンカと同盟を組むこととなったアストゥリアスの王都に結界を敷くため、王宮の奥へとファティは足を運ぶのだった。
司教たちは巧妙で非常に悪辣なため、民の命など塵芥のゴミのようにしか考えていやしない。ボルゴーニャ王国が聖戦を掲げて進軍を始めたというのなら、洗脳を済ませた熱狂的な信者たちの煽動を、今この時から始めることだろう。
「さてさて」
アストゥリアス王国には聖なる泉というものが存在するのだが、その泉からさほど離れていない場所に小神殿が設けられている。この小神殿の奥が歴代の国王を祀る霊廟となっているのだが、実はここが王都オビエドの中心地ということになる。
結界は丸い円を描くため、中心地から結界を広げる方が満遍なく王都を包み込むことが出来るのだ。
洗脳をされた信者を利用して、多くの無関係な人々を殺傷し、今の王家が神に背く行いをしたからこんなことになったのだと喧伝するのは司教たちの常套手段だ。だからこそ、ラミレス王も自分の娘が誘拐されたのにも関わらず、必死になって結界を張るようにファティに懇願するのだ。
ファティが広げる結界は、ただただ、人々の心の中から反感を消失させる。期限は十日ほどと短いようにも思われるけれど、王都から反感を持つ者をゼロにさせる魔法。
全ての暴力的事象は反感から生まれるものである。その根底にある気持ちを根こそぎ消失させることで、物事があっという間に沈静化する。たった一つのその感情を消し去るためには聖なる力が有用となるため、聖地を起点として行うのが望ましい。
ファティが自分の王杖を地面にずぶずぶと突き刺しながら結界を押し広げていくと、王都の端の方で光の柱が光ったことに気が付いた。
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