第七話 失望と諦め
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「うちのキリアンがご迷惑をかけたようだから、わざわざ挨拶に出向いたんだけど、キリアン君は今、ボルゴーニャに居るんだっけ?だったらそっちの方に行ったほうが良いのかな?」
王女が誘拐されたことなどそっちのけでファティがそんなことを言い出すと、
「アストゥリアスの花と引き換えにわが国に結界魔法を張ってくれると約束してくれたではないですか?」
と、苛立ちを隠しきれない様子でラミレス王が言い出した。
「そりゃあの花は非常に貴重なものだよ。使用するのに工夫を凝らせば誰でも使える自白剤となるんだからね。喉から手が出るほど欲しいから協力はするけど、キリアン君の方が緊急性が高いかな〜」
「そちらはわが国の氷の英雄が足止めをするので問題ない」
アンドレスを呼びにやった騎士が扉の付近に控えていることに気が付いたジョルディが、
「マルティネス卿は?」
と、問いかけると、騎士は、
「すでに軍部の方へ移動されておりました」
と、心の奥底からホッとした様子で言い出した。
アンドレスが居なかったから、ラミレス王とサラマンカの王が二人でやって来たのだろう。その二人が誘拐されたロザリアやペネロペ、巻き込まれた侍女のことなど話題にも上げず、結界がどうのという話に終始していることを確認したジョルディは、
「つまりはそういう事なんだよな」
と、独り言を漏らして、部屋から飛び出すようにして走り出した。
帝国はある事情により、ペネロペが皇都まで来ることを望んでいる。
そのペネロペには常に氷の番犬が寄り添っていたのだが、そのペネロペを誘き出すためにロザリア姫が使われることになったのだろう。
ラミレス王が愛する側妃は帝国の皇女、愛する側妃のために自分の娘が餌に使われたとしても何の感慨もないのかもしれない。
サラマンカの王ファティがアストゥリアス王国に来たということは、姉であるグロリアが上手くことを運んだということになるのだろうが、
「だったら僕がやることは一つだけ」
寝ている王子をぶっ叩いて起こすことにしよう。
それも奇跡を使って。
「要らないのなら要らないでもういいよ、姫は僕が貰うから」
カサス領から王都に移動したジョルディは、帝国に足を踏み入れる覚悟を決めた。
いつだって誰もがロザリア姫に見向きもしない、だったら姫を守るのは自分しかいないとジョルディは思っている。それに、力強い味方を手に入れでば何とかなるだろうとも思っている。
◇◇◇
ペネロペをロザリア姫が待つ控え室に送り届けて間もなくすると、早馬で急使が駆けつけて来て、国境線上で戦闘が開始されたという報告をもたらしたわけだ。
すでに年末のパーティーは始まっており、魔法大国サラマンカの王が非公式で来訪しているということも明るみとなって、集まった生徒たちの興奮は相当なものとなっていた。
魔法王国サラマンカは魔法使いの国、この国の王は血筋で決まらず、一番の魔力を持った魔法使いが代々国王の座につくことになっている。外には出ない閉鎖的な国なだけに、魔法王国の王の来訪は、アリカンテ魔法学校の生徒たちを歓喜の渦に導いた。
そのサラマンカの王が求めるのは、国の名の起源ともなったアストゥリアスの花となる。その花の扱いは王家の者にしか伝えられず、使用方法も極秘となってはいるのだが、この花を使った魔道具の開発に成功することとなったのだった。ファティ王がアストゥリアスを訪問しているということは、魔法王国と交渉にあたったグロリアが成功したということを意味するのだろう。
サラマンカ王国がフィリカ派に帰依した際に、まず問題となったのが市民の暴動だった。熱心なムサ・イル派の信者たちが『楽園に行く為には今の王を倒さなければならない』と煽動して、国内を混乱の渦に巻き込むところであったのだが、ファティ・フォン・メレンドルフ王の結界魔法によって司教たちの策略は阻止されることになったのだ。
古代魔法にも精通している今の王は、住み暮らす民の心の安寧を祈願するような形の結界を作り出す。すると、結界の中にいる市民は王に向かって牙を剥くようなことを極端に嫌がるようになったのだった。
これからボルゴーニャ王国との戦争が予想されるアストゥリアス王国としては、隣国との戦闘中に国内での暴動が活発化することが一番の懸念事項だった為に、アストゥリアスの花を対価にして王都に結界を施すことを了承させたのだ。
「アンドレス、今すぐ部隊を率いて国境に向かってくれ」
報告を受けたラミレス王は、即座にアンドレスに移動を命じた。戦争が始まったとなれば自分が戦闘地へ向かうのは当たり前のこと。
「そうして、大魔法使いキリアンを氷で捕縛してファティ殿の前に差し出すのだ」
ボルゴーニャは帝国の身動きが出来ないその隙を突いて動き出したということになるのだろう。
「ペネロペのことは王宮でしっかりと守るゆえ、お前は国を守ることに注力して欲しい」
「いえ、ペネロペは私が守ります。今すぐ連れて帰った後に、私は戦地へと向かいましょう」
「これは王命だ、今すぐ戦地へ向かえ」
「・・・・」
「ロザリアもペネロペと居た方が精神的に安定するゆえ、王宮で二人一緒に匿う形が良い」
「・・・・」
アンドレスは無言でラミレス王を見つめ続けた。
「アンドレス、国よりも女の方が大事などと戯言を言い出すなよ?今は、国家存亡をかけた戦いの最中なのだからな」
「わかりました」
エルが近くに居れば転移魔法で国境まで連れて行って貰えたのだろうが、転移も使える魔法使いが身近にゴロゴロ居るわけがない。馬に飛び乗ったアンドレスは配下の者に指示を出して走らせて行くと、間も無くして、ペネロペとロザリア姫が誘拐されたという連絡が魔法を使って知らされてきた。
その場に立ち会ったカサス侯爵家の嫡男ジョルディが言うには帝国由来の魔法陣が残されていたという。洋上にいる船までの移動、そうだとするのなら、船上に移動したペネロペたちは帝国に向けて航行を開始しているのに違いない。
「ペネロペ、何かあればいつでも指輪に魔力を込めろ」
ペネロペは呪術刻印入りの指輪を今でも付けている。しかもアンドレスの魔力を彼女には注ぎ込んでいるため、彼女が何処に移動したのかは魔力の共鳴作用を使って分かるようになっている。
緊急時に力を込めれば、アンドレスは自動的にペネロペの所まで転移をする。その転移に距離は関係ない。例え世界の果てであっても、ペネロペがその気になればいつでもアンドレスはペネロペの元へ行くことが出来るのだ。
「閣下!準備は整っております!」
「今すぐ移動を開始します!」
馬を使って走るアンドレスの速さに合わせて合流した部隊が、アンドレスを囲むようにして進み出す。王都から国境までどう急いでも三日はかかる。戦闘狂の宰相ガスパールが職務を放り出して戦地にすでに布陣しているとは言っても、敵は総力戦を仕掛けてくるだろう。
この戦いはより速く動いた者が勝つ。その勝敗如何によって人の死ぬ量が決まるともアンドレスは考えている。
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