第一話 やると決めたらやる男
第四部スタートします!よろしくお願いします。
「私はペネロペを愛していますよ!」
と、親族を集めた場で、アンドレスがペネロペの肩を抱き寄せながら言い出した。
「卒業とともに結婚しようとも思っておりますし!」
堂々と言い切ったアンドレスの姿を見て、
「「「キャーーーーーーッ!」」」
ペネロペの二人の姉だけでなく、集まった親族の女性たちまでもが歓喜の悲鳴を上げていた。
だがしかし、都合の悪いことは忘れがち(というか、聞かなかったことにする癖がある)ペネロペは、アンドレスの告白を無かったことにしたのは間違いない。
宰相ガスパール・べドゥルナは、やられたらやり返すし、やると決めたらやる男でもあるのだが、アンドレスも大嫌いな上司と同じく、やられたらやり返すし、やると決めたらやる男でもある。
であるからして・・
「ペネロペ、ここにサインをして欲しいのだが」
書類を片手にペネロペの部屋(ちゃっかり侯爵夫人の部屋を与えている)にアンドレスが訪問すると、イラッとした様子で、
「何故、今、サインを求めるのですか?」
と言って、ペネロペは鼻の上に皺を寄せた。
卒業パーティーに参加する予定のペネロペは、侯爵家で用意したドレスに着替え終えたところであり、ようやっと髪型を崩さないように髪留めを差し込んで、イヤリングやネックレスを付け終えたところ。
「例えば、今、このような場で、私に対してネックレスやイヤリングを用意したからそれに付け替えて欲しいとか、そんな理由で淑女の着替えの場に入ってくるのは理解出来ますよ。だというのに、貴方が持っているそれは何ですか?書類ですか?これからパーティーが始まると言うのに書類ですか?」
色気も何もあったものではない。
呆れ返りながらも差し出された書類の内容に目を落としたペネロペは、
「アンドレス様、これは間違いなく、婚姻届になると思うのですが?何故、そんなものを私に差し出すのでしょうか?」
イライラしながらアンドレスを見上げた。
人払いをさせたアンドレスはペネロペをソファに座らせると、摘めるお菓子や炭酸水などを甲斐甲斐しく用意しながら言い出した。
「行方不明となったルイス・サンズ司教の遺体がわが国とボルゴーニャ王国の国境に、木に括り付けて晒し者とするような形で発見された」
ルイス・サンズ司教とは、アストゥリアス王国のムサ・イル派の司教や祭司たちを統括する司教だ。
井戸に毒を入れて回ったとして王国内の司教達は全員捕縛されることとなったのだが、その中でルイス・サンズ司教だけは捕まらず、行方不明となっていた。
「ムサ・イル派からフィリカ派に帰依した我が国は、司教達を惨殺し、晒し者にしているのだと喧伝されている。アストゥリアス王国は、神にも背く悪しき集団と主張したいわけだ」
「それはかなり、まずいのではありませんか?」
一度、ムサ・イル派を主派として取り入れた魔法王国サラマンカは、フィリカ派に帰依した際には悪魔に魅了された国とまで貶められて、周辺諸国から拒絶されることとなったのだ。サラマンカ人は悪として国外に出ると迫害を受けることになるため、認識阻害魔法で素性が分からないようにするようにと国から推奨されているほどなのだ。
「先んじてイルの福音書とアーロの手紙の発見、高位身分の司教達の汚職の摘発、その悪事を連日のように周辺諸国の新聞社を使って明るみにしているため、我が国が一方的に不利な立場には追い込まれていない。だがしかし、このような時だからこそ、ムサ・イル派の勢力を一気に潰してしまいたいと考えている」
「そんな簡単にはいかないでしょう」
「いかなくてもやるしかない。まずはアラゴン中央諸国に働きかけて、宗旨替えを促していくために私が外交官として国々を回ることになるだろう。その間、君を連れて歩く為には妻としての肩書きが必要となってくる」
「何故、私も一緒に諸国を回るのですか?」
「だって、君はあの大魔法使いキリアンに恨みを買っているのだろう?」
ペネロペは大魔法使いキリアンから大きな恨みを買っている。何しろあの大魔法使いのアキレス腱をカピカピになる程水分を吸い取った上で、血管内に血の塊を無数に飛ばしておいたのだ。彼は死ぬほど大変な目に遭ったのは間違いない。
「氷の番犬が諸外国を回るんだから、守られるべき君も一緒に行くことになるのは当たり前のことだろう」
「自分のことを番犬呼ばわりするのですね」
「ボルゴーニャ王国が兵士を集め始めているのだが、それが、対帝国戦に備えてなのか、それともアストゥリアス王国に向けて軍を集めているのか判明していない。もしも我が国に攻めてくるような形にした場合は、奴らは我が国を神をも捨てた悪しき国だと主張し、自分たちこそが聖なる騎士団なのだと喧伝するだろう」
「そうなる前に、世論をこちらに付けてしまいたいということですか?」
「そうだ、司教達の金満ぶりは他国でも共通していた為、宗旨替えについてはこちらに相談をしてくる国々も出てきている」
「だからこその外交、その外交官と共にいるのは妻でないとおかしい、そうですか、そうですか」
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
ペネロペは頭を抱えて項垂れた。
そもそも、何が出発点となってこうなってしまったのか。
「ペネロペ、さあ、書くんだ」
「・・・」
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者だったが、誠意ある対応を心がける、至って真面目な夫として終生君を支えることをここに誓おう」
「いやいやいや」
「どんな奴らが君を狙って来たとしても、私は夫として君を守る。逆に言うのなら、夫という立場でないと、君を守り切る自信がない」
「いやいやいやいや」
これから多忙を極めるアンドレスに守ってもらう為には、確かに『妻』という肩書きがある方が守りやすいのは間違いのない事実。
だけれども、これは冗談のような理由で始まった、期限もきっちり決められた婚約だったはずなのだ。一年以内にアンドレスが碌でもない奴だと立証できたらペネロペの勝ちとなり、金貨百枚を貰ってペネロペの都合の良い結婚相手を紹介してもらうはずだったのだ。
仮令、ペネロペが賭けに負けたとしても、アンドレスの言うことを一度だけきくだけ。それには大金を求めるとか、一度だけ体の関係を求めるとか、そういったものは含まれないとしたはずだけれど、なんだかよく分からない展開に持ち込まれたのは何故だ。
これから卒業パーティーだというのに、出発の直前になって何を言われているの?
司教の遺体が国境に晒された?訳がわかりません。宗教戦争に持ち込まれないようにするために、アラゴン中央諸国に根回しが必要?それに私は必要ないですよね。
身辺を守り切る為にはアンドレスが必要で、アンドレスの身近にいるには妻の肩書きが必要で。そもそも、魔法学校を卒業したら、即結婚となる生徒が多いのだから、卒業パーティーの前に結婚をしてしまう人もいるわけで、いやいやいや、何故、私が結婚をしなければならないのでしょうか?え?外交?
混乱状態のペネロペにペンを握らせながらアンドレスは言い出した。
「私は君を愛しているんだ、だから私に君を守らせてはくれないだろうか」
「ペネロペ!ダメよ!ダメよ!ダメよ!ダメーー!」
バターンと扉が乱暴に開いたかと思ったら、部屋の中に飛び込んで来たロザリアがペネロペに飛びついて来たのだった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!




