命の書
ご機嫌よう 名も知らぬ人
私は メディエータ
彷徨う魂を 在るべき場所へ 導く者
さあ あなたの未練を 私に聞かせてご覧
※ ※ ※
赤髪のメディエータ、アメリヤは旅人から依頼を受けソラナムの村へやって来た。
ソラナムの村の近くの人喰い草の所に彷徨う霊魂がいるので成仏させてあげて欲しい、と。
アメリヤがソラナムの村を出、ドルフ樹海を左に少し歩くとどっしりと鎮座する人喰い草の中に白骨化した屍が横たわっていた。
アメリヤはしゃがんで屍の頭蓋骨を膝にのせ側に漂う霊魂に語りかけた。
「ご機嫌よう 名も知らぬ人
私は メディエータ
彷徨う魂を 在るべき場所へ 導く者
さあ あなたの未練を 私に聞かせてご覧」
霊魂は生きている人間に話しかけられ戸惑いながらも返事をした。
「この私の話を聞いて下さるのですか?……私にはとある書を処分するという重要な任務がありました。とても頑丈な為普通の方法では処分出来ず、魔術に精通している高名な術師を訪ねて回っていました。しかしある日賊に襲われ私は致命傷を負い書も奪われてしまったのです。あの書は存在してはならない大変恐ろしいもの。あの書を処分するまでは私はこの世界から去る事が出来ません」
今まで数十の霊魂をあの世へ導いてきたアメリヤだったが話を聞いて流石に尻込みしてしまった。
これは私の手に余る案件かもしれない。本部に応援を頼もう。
アメリヤは使い魔のコウモリのタムに手紙を持たせてメディエータ協会の本部へ送った。
「ああ、そういえばまだ名前すら申し上げてませんでしたね。失礼しました。私はクルコス村のバーンと申します」
え……?クルコス村……?バーン……?
「マリナという妻がいたのですが危険な任務の為、村に残してきたのです。その事も気掛かりです。もう10年以上経ってしまったでしょうか……」
マリナ……!?
ドクン、という大きな音が自分の体から聞こえた気がした。
「父さん!?あなたは父さんですか!?」
「え?!いや、私には子どもはいませんよ」
「母さんは、父さんが心配しないように身籠っている事を黙ったまま見送ったと言っていました」
「まさかそんな!……でも確かに君の髪の色はマリナと同じ赤色だ。眼鏡を、眼鏡を外してくれないか?」
アメリヤはバーンの言葉に従い分厚い瓶底眼鏡を外した。
「ああ!マリナだ!マリナと瓜二つの顔だ!まさか本当に俺の娘なのか?!な、名前はなんていうんだ」
「アメリヤです」
「ああ……間違いない。俺達の子の名前だ。旅立つ少し前にマリナに訊かれたんだ。もし子どもが出来たらなんて名前にしたいかって。男女両方訊かれて。俺は女の子ならアメリヤだと。これは俺とマリナしか知らないはずだ」
「ではあなたは私の父さんなのですね。今までずっと、探していました。出来る事なら生きてる内に会いたかったですが……。でも逢えて良かった」
「マリナは……、君のお母さんは元気かい?」
バーンのその質問にアメリヤは目を伏せた。
「母さんは……。数年前に亡くなりました」
「そう、か……」
「私はその日、メディエータの修行で家にいなかったのですが、何者かが家にいた母さんを襲ったそうです……」
「なっ……」
「何も盗られた物は無く、犯人の目的は今も不明なままです」
「くっ……まさか!?」
重い空気の2人のもとに熊のような大柄でがっしりした体格の青年が駆け寄ってきた。
「おーいアメリヤ!どうした?何に手こずってんだ?成績優秀のアメリヤさまにしちゃ珍しいじゃねえか」
アメリヤの使い魔のタムも一緒にいる。
「あっ……」
「ん?この霊魂からは特に敵意も感じられねえな。なんだまさか聖水を忘れたとかそんな理由で応援呼んだのか?ほらよっ」
青年はバーンの霊魂へ聖水を振りかけた。
「うっ……ぐっ……」
バーンが苦しそうに呻く。
「待ってフーガ!!送らないで!この人は私の父さんなの!!」
祈りの仕草をしようとするフーガを止めるアメリヤ。
「ハァ!?何言ってんだ!?父親だろーと母親だろーとこの世に留まり続ける霊魂はほっときゃ悪霊になっちまうぜ!?知らねー訳じゃねーよな?!」
「父さんにま、まだ訊きたい事があるの!」
アメリヤは短剣をフーガの首もとに当てがった。
「オイ!てめえ!自分が何やってんのか分かってんのか!?霊魂送りの邪魔は重大な規則違反だぞ!下手すりゃ証を取り上げられ協会から追放されっぞ!」
「アメリヤ!やめなさい!私ならもう逝ってもいい!」
アメリヤは縦長の紫色の宝石のペンダントをバーンに向かってかざした。
なんとバーンの霊魂はペンダントに吸い込まれてしまった。
「持ち霊召喚!いでよ、フルゲンス!」
アメリヤは赤いキツネの姿の持ち霊フルゲンスを召喚し攻撃対象をフーガと指示すると使い魔のタムの脚につかまりその場から飛んで逃げ出した。
「待てよおいっ!クソッ!!この事は協会に報告するからな!!」
※ ※ ※
トン、と音がしてアメリヤの靴底が地面に着いた。アメリヤの目の前には自宅の扉があった。
まだ心臓がバクバク音を立てている。心臓の音で追手に居場所がばれるのではないかと思うと余計激しく鳴ってしまいそうになる。
身をかがめて周囲に視線を走らせたが誰もいないようだ。
逃げる先が思いつかなくて自宅にしてしまった。自宅は間違いなく協会の追手が来るだろう。必要な物だけ持って早くここを後にしなければ。
アメリヤは大きく息を吸ってドアの取手を引いた。中に入りドアを閉め、明かりもつけずに食料や衣類などを鞄に詰め込む。荷づくりをしながら必死に何処へ逃げればいいか考える。
港町ビバーナムなら人の出入りが激しいから新しく人が来ても町の人達そんなに気に留めなさそう……。それかラグラス城下町とか。あれ程大きな町なら人が1人増えた所で目立たなさそう。よし、ラグラスにしよう。行き先を決めてドアを開ける。
「おや、何処へ行くんだい」
「ひっ」
なんと師匠が家の前に立っていた。まさか協会から連絡を受けて私を捕まえに来たのか?
「あんたが帰って来たかと思ったら電気もつけずに家の中でゴソゴソやってるから、もしや泥棒かと思って見に来たのさ」
アメリヤは師匠が追手ではないと分かりホッとした。
「でもなんだか様子が変だね。どうしたんだい」
アメリヤは事情を説明した。
「それは……。あんたのメディエータの師匠であるあたしは責任持ってあんたを協会に突き出すべきなんだろうけど。まあ父親と話す時間くらい与えてあげようじゃないか。それで、何処へ行こうとしてたんだい」
「大きい町が良いかなと思ってラグラスに」
「ふうん。それよりはプルモーサス城下町の方が人が多くて良いんじゃないのかい?よし決めた。あんただけじゃすぐ捕まっちまいそうだからあたしもついて行ってやるよ」
「そんな!師匠を巻き込む訳には!」
「違う。あんたが変な事しないように見張るだけさ。変な事しようとしたらすぐに協会に突き出すからね」
「いや、でも」
「つべこべ言わない!ほら、早くしないと追手が来ちまうよ!さあ早く!」
「は、はい師匠」
アメリヤと師匠はプルモーサス城下町へ師匠の空飛ぶニワトリの使い魔セロシアの背に乗り向かった。
言われてみれば確かに、プルモーサス城下町は真っ直ぐ歩く事も出来ない程人で溢れていて、隠れるにはうってつけかもしれない。
アメリヤは師匠に「父さんの話を聞きたいんです」
と言って酒場へ向かった。
「あんたの父親は今何処にいるんだい」
「あの、この中に」
と言ってアメリヤはペンダントを師匠に見せた。
「父さん、こちらの方は私のメディエータの師匠です」
ペンダントから男性の声がする。
「初めまして。アメリヤがお世話になったようで」
「初めましてバーンさん。アメリヤの師匠のキルカだ」
「キルカさん……あの、厄介な事に巻き込んでしまってすみません。今帰って頂いても全く構いませんので」
「父さん、父さんの心残りでもある書の行方を探しましょう。何か手掛かりはありませんか?」
「う〜ん……、襲われたのがソラナムの村の近くだったからあるとしたらやはりその近くなんじゃないか。賊に扱える様なシロモノじゃないからきっとミリオンペラ魔導国辺りの魔術師に売り付けたんじゃないかな」
「なるほど。ちなみに、その書は一体どういうものなんです?」
「それを知ってしまったらもう後に引けなくなるが、覚悟はいいか?」
アメリヤは頷き、キルカは「ああ」と返事をした。ふたりの反応を見てバーンは溜め息をついた。
「ああ……。俺はあの日、家族を巻き込まない為に家を出たのに結局……。分かった。少し長くなるが聞いてくれるか」
何から話そうか……。少し考えてからバーンは話し始めた。
「俺は生前、メディエータだった。ある日、こんな噂を聞いた。『メディエータ協会の会長のアモンズが
命の書で死神の子を生き返らせ、人間を滅ぼそうとしている』と」
「!?」
「こっそり会長室に忍び込んだ俺は、その噂が事実だと確信し、会長室にあった命の書を持ち出し処分しようとした。だが何で出来ているのか書は燃やす事も
破く事も出来ず、有名な魔術師を転々としていた所、賊に襲われてしまったんだ」
「そんな……」
「なるほどねえ。とんでもない話を聞かされちまったね。とりあえず、ミリオンペラの金持ちの魔術師達に
あたってみようかね」
「ありがとうございます、師匠」
「それじゃお会計してさっさと向かおうか」
※ ※ ※
その頃、クルコス村のアメリヤの自宅では。
「チッ。もう出た後かそれとも自宅には戻らねーつもりか」
アメリヤの違反を協会に報告した際、同期である為他の者よりアメリヤに詳しいだろうという理由でそのまま捕縛を命じられたフーガが待ち伏せしていた。
「やれやれ、他を探すか。
父親連れてどこほっつき歩ってんだか」
※ ※ ※
キルカの使い魔セロシアに乗り2人はミリオンペラに着いた。
ミリオンペラは他と違いかなり排他的な空気があり居心地の悪さを感じさせられる。魔術士程ではないがメディエータも一応それなりの地位を認められているので平民よりはマシなのだろうが。
「ちょいと郵便局へ寄っても良いかい?あんたを1人前のデスマスターに育てた後また弟子をとっていてね。何も言わずに出てきちまったから心配してるかもしれん。便りを出しておきたい」
「それは申し訳ないです!すみません師匠!あの、1人でも大丈夫ですから。お戻り頂いても」
「もう後には引けないんじゃなかったかね?」
「あうう……。そうでしたね。では外で待ってますので」
アメリヤが外で師匠を待っていると、郵便局からとんでもない速さでコウモリの使い魔が飛んでいった。
あれは師匠が出した便りだろうか?特急の便り……?本当にお帰り頂かないで平気なのだろうか。戻って来た師匠にもう一度確認する。
「先程の特急の便りは師匠が出されたものですか?お弟子さん、大丈夫ですか?あの、私だけで何とかしますから。気になさらずお帰り下さい」
「はっはっはっ。だーいじょうぶだよ!心配性だねえ。特急の便りはあたしのじゃないよ。あたしは弟子に数日分の課題を言いつけただけさ。さぼったらすぐ分かるようなとびきり手間のかかるやつをね!」
「そ、そうですか」
そう言えば私も、師匠が用事で数日空ける時、とんでもなくやっかいな課題を出されたような……。
「さあて、どこから訪ねようか。賊と取引するくらいだからキナ臭い奴にあたっていくかね。いいかい、おどおどするんじゃないよ。隙を見せないように。視線をそらすな」
「はい!」
「ついておいで」
そういうとキルカはミリオンペラ城に近い立派な噴水のある貴族の豪邸へ向かった。よそから来たふたりへ豪邸の周りでたむろす貴族らしき魔族達から冷ややかな視線をそそがれる。
目が、言っている。そこはお前らのようなみすぼらしいネズミが近付いて良い場所じゃないぞと。
アメリヤは「師匠……」と声をかけたいのを我慢した。
「ここ15、6年の間に妖しげな書を賊から購入していないか?」
キルカは豪邸の前にいる従者と思われる者に単刀直入に訊ねた。
「……どちら様ですか?」
「メディエータ協会の者だ。とある危険な書物を探している」
メディエータの証を見せながらキルカは答えた。
「私の知る限り無いですね。当家のご主人様は宝石や絵画にしか興味がありませんし。それに高貴なお方ですからいやしい賊から購入なさるなんて考えられません」
「そうか。ご協力感謝する」
キルカは次に、そこから少し歩いて町の外れの屋敷へ向かった。明かりがついていないし雑草が伸び放題だししばらく誰も足を踏み入れていないようだ。
「人の気配がありませんね」
「そのようだ」
「中に入って書を探しますか?」
「いや、やめておこう。侵入者へのまじないが施されている。他をあたって見つからなかったらまた来ればいい。それにしても優等生のお前がそんな提案をするとはね」
「はは。そうですね。でももう色々やらかしてしまいましたから」
「そうか。さあ次行くよ。この2軒のどっちかにありゃあ良かったんだけどねえ。アメリヤ、気を抜くんじゃないよ」
「はい」
キルカはまたミリオンペラの城門近くの貴族の
屋敷が建ち並ぶ通りへやって来た。屋敷のトビラをノックする。
「どなた?」
女性の声。
「メディエータ協会のキルカだ。とある危険な書物を探している」
トビラが開かれた。
「中で話を聞きましょう。お入りなさい」
応接間に通され「どうぞおかけになって」と促されソファに座る。
「わたくしはハドスペンと言います。キルカさんのお探しの書とは?」
「15、6年前にソラナムの村の近くでメディエータの男性が賊に襲われ亡くなった。そしてその時男性が持っていた『命の書』が盗まれた。賊が売るとしたらソラナムの村から近く魔導国であるミリオンペラの貴族だろうと思い、ここを訪ねたという訳さ」
「なるほど〜。うちにありますよ、命の書」
「本当かい」
「欲しいんです?」
「ああ」
「3000万クルクでどうでしょう」
「なんだって!?盗まれたもんだぞ!?正当な持ち主に返すべきだろう!?」
「ええ。でしたら1割引きで2700万クルクでいかがでしょう。わたくし、お金をお支払いして購入致しましたの。ですからあなた方もそれと同等のお金をわたくしにお支払いして下さいません?」
「いくらなんでも高過ぎる!」
「ならお帰り下さい。あなた方に買って頂かなくてもわたくしは何も損しませんもの。貴族ってね、パーティだドレスだ食事だお酒だってとっても沢山お金が必要なんですのよ。タダで貰おうなんてやっぱり平民はいやしいのね」
「何を言っても無駄なようだね。持ち霊召喚!いでよフランネル!」
キルカは白いオオカミの姿をした持ち霊フランネルの攻撃対象をハドスペンに設定した。
「きゃあ!ちょっと!人の家で何をするのよ!あなたなんかメディエータ協会に言いつけて……あああ、やめてやめて!誰か!助けて!ひっ……うっ……」
「アメリヤ!今の内に書を探すよ!」
「はい!父さん、命の書の見た目を教えて下さい!」
「血のように赤くてレンガのように分厚い。文字は血文字だ」
「この部屋には無さそうだね」
「持ち霊召喚!いでよフルゲンス!命の書を探して!」
アメリヤに召喚されたフルゲンスは壁や天井をすり抜けて2階へ消えた。
「アメリヤ!やるじゃないか!」
「奥様ッ!?どうしました!?」
応接間のドアノブを従者がガチャガチャと激しく鳴らす。ハドスペンが鍵をかけていたので開かないようだ。
「師匠!マズイです!ドアの前に数人いそうです!」
「開いたら外に向かって走るよ!」
「はい!」
「開けるよ!せーの」
突然ドアが開きバランスを崩して尻餅をつく従者。別の従者はドアに顔面を強打したり。
キルカとアメリヤはその隙をついて屋敷の外へ。
「このまま裏通りまで走るよ!」
「はい!」
従者達は2人のあとを追って来ないようだった。ハドスペンがまだフランネルに襲われているから助けようとしているのかもしれない。
「あとはあんたのフルゲンスが命の書を見つけて持って来てくれるといいんだけど」
「……ですね。はあ、はあ……師匠、全然息切れてないじゃないですか」
「そりゃあんたとは鍛え方が違うからね」
「はあ、はあ、流石師匠……。あ、フルゲンス、来ました」
アメリヤはフルゲンスから命の書を受け取った。
「これが命の書……?父さん、間違いないですか?」
「ああ、間違いない。あ」
「どうしました父さん?……あ、やばいです師匠!あそこにいる人、私の追手なんです!」
「そうかい」
メディエータ協会のアメリヤと同期の青年、フーガがこちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。
キルカはアメリヤが首から下げている、アメリヤの父の霊魂が入ったペンダントを握りしめた。
「師匠!?逃げましょう!!あの、あの……?え?」
「やーーーっと見つけたぜ、アメリヤ。さあ、大人しくメディエータ協会戻んぞ」
キルカにペンダントを握られていては逃げられない。
「師匠!手を離して下さい!」
「正当な持ち主に返すべきだろう?」
「え……?それはどういう」
「すまない」
※ ※ ※
キルカの使い魔セロシアに乗りキルカとアメリヤとフーガの3人はメディエータ協会の本部の前に着いた。
「キルカさんが特急の使い魔で教えてくれたお陰でアメリヤを捕まえられました。ありがとうございます」
「!?」
「礼はいい。あたしは会長に命の書を渡しに行く。アメリヤを任せていいか?」
「俺もアメリヤを捕まえた報告を会長にしなきゃっす」
「なら一緒に行くか。フーガ、ネックレスを離すな。アメリヤは父親を置いては逃げないだろう。ネックレスを掴んでおけば大丈夫だ」
「了解っす」
メディエータ協会の建物の中に入り階段をのぼり3人は会長室の前についた。キルカが会長室のドアをノックする。
「誰かな」
中から会長のアモンズの声がする。
「キルカとフーガだ。命の書を持って来た。アメリヤもいる」
「入りなさい」
会長室の壁は埃っぽい本が詰まった棚で覆われていた。部屋の奥に高級そうな書き物机と革張りの椅子。手前にソファ2つとテーブルがある。
「フーガよ。違反者アメリヤをよく連れて来てくれたな。御苦労だった。今日はゆっくり休んで明日から通常の任務に戻りなさい。下がって良いぞ」
「はい。あ、あの、離して良いんすか?コイツ、逃げないっすか?」
「キルカより話は聞いている。この状況なら逃げまい」
「はい!失礼しました!」
フーガが部屋を出ていく。
「さあ、書を」
アモンズはキルカから命の書を受け取ると、表紙と裏表紙をじっくり眺め、ぱらぱらとページをめくり中身を確認した。
「ふは、ふはははははっ!分かる、理解出来るぞっ!書が奪われてからも研究を続けていた甲斐があった。今の私になら蘇らせられるっ!」
「本当か!?それじゃ約束通りあたしの息子も生き返してくれるんだろう!?」
「くくくくく……。くくく……。はっはっはっはっは。キルカよ、御苦労だったなぁ!よく書を取り戻してくれた!だがな、命の書で蘇らせられるのは死神の子だけだ」
「騙しやがったね!命の書を持って来れば息子に、アドニスにまた会わせてやるって言ったじゃないか!」
「はははは!それはな、死神の子が人間を滅ぼしお前も天国に送ってやるから息子に会えるって意味さ!」
「この人でなしが!あたしがあんたを地獄に送ってやるよ!」
「会長である私にお前がかなうかな?」
「やってみなきゃ分からないだろ!?」
キルカはアモンズに向かって飛びかかりハンマーを振り上げた。アモンズは笑みを浮かべている。
「ブラッドショット!」
「ダスティクラウン」
「ぐあッ……!」
アモンズの周りに発生した王冠状の黒い影に触れキルカは吹っ飛んだ。
「師匠!」
「くそっ!持ち霊召喚!いでよフランネル!」
「ふふっ。カーニバルアックス」
アモンズの手元からあまたのオノが出、フランネルに襲いかかった。
「グ、アァァア……」
「なっ!?」
なんと、アモンズはキルカの召喚したフランネルをほんの数秒で倒してしまった。
「そんな」
「アイススコール!」
大きな氷柱がキルカに降り注ぐ。
「がはっ」
「師匠っ!!」
まさか、師匠ほどのメディエータがまるで歯が立たないとは。アメリヤはキルカに駆け寄った。
「師匠!師匠!」
「があっはっはっはっ。もう終わりか。
つまらん」
「師匠!」
「アメ……リヤ、すま…かった」
「師匠、良いですよもう」
「アドニス…また……会える…言わ…て」
「師匠、後で聞きますから、今は……」
「どう……も……会いた…った」
「師匠!死なないで下さいよ!お願いします」
「……」
「嘘だよ、こんな……」
「……」
「アメリヤ、父さんを持ち霊召喚してくれないか」
「父さん?」
「霊魂爆破してくれ。あいつを倒す」
「そんな事」
「あいつを止めるんだ。頼む。アモンズは死神の子を蘇らせて人間を滅ぼそうとしている」
アモンズは命の書を片手に魔法陣を描いている。恐らく蘇生の準備をしているのだろう。
「嫌」
「お前を守りたい。父さんはもう死んでいるんだ。これで良いんだ」
「良くない」
「霊魂が地上に長居すると悪霊になる。お前もメディエータなんだから分かるだろう?父さんもそろそろ限界だ。なあ、アメリヤ」
「う……あああああっ」
「こんな事させてごめんな。お前に会えて嬉しかったぞ。ありがとう」
「持ち霊召喚!爆ぜよ霊魂!」
アメリヤはバーンを召喚使役し、爆発を命じた。
「ふ……悪あがきか。無駄な事よ。持ち霊召喚!いでよアスター!我が盾となれ!」
バーンの霊魂爆破。魂を糧にした大爆発が起こる。
しかしアモンズはシカの姿の持ち霊アスターにガードされ無傷だった。
「あぁ」
アメリヤはその場に座り込んだ。もう立っている気力が無かった。
「ふふはははは。大人しくそこで死神の子が蘇る様を見ているがいい。お前では私に勝てない。それが賢い判断だ」
「どう、して人間を滅ぼそうとするの」
「人間はこの世で最も醜く愚かな生き物だ。生きている資格など無い」
「あなたの家族とか大事な人も、あなた自身も死んでしまうんでしょう?それでもいいの?」
「はっはっは。私は未練など無いぞ。人間を滅ぼせるのならな。家族や大事な人だと?おらんよ。とっくの昔に人間に殺されたんだからな」
「全ての人間があなたの家族を殺した訳じゃないでしょ?」
「ふん。人間は皆同罪だ。私の家族や大事な人は、60年前のある日、洪水で死んだんだ」
「人間のせいじゃないじゃない」
「はっ。洪水が起こるのは人間のせいさ。欲深い人間が木を切り大地や海や空を汚すから起きるんだ」
「木を植えて森を育て自然を守ってる人間もいる」
「欲深い人間を止める事が出来ないなら同罪だ。止められないなら消してしまった方が早いだろう?」
「でも、全員滅ぼすなんておかしい。皆頑張って生きてる。醜くても愚かでも必死で生きてる」
「この星にとって人間なんか生きてるだけで迷惑だ」
「誰にも迷惑かけずに生きるなんて無理よ」
「手遅れになってもいいのか」
「運命だと思って受け入れる」
「どこまでも自己中だな!」
「自己中で良いじゃない。それが生きるって事よ」
「自分さえ良ければ他人はどうなってもいいのか」
「誰かがすごく不幸だったらそれはいずれ自分にも回ってくると思う。まさに今のようにね!だからその人が自分の手に届く場所にいるなら助ける」
「やはりどこまでも自分、自分、自分第一じゃないか!愚か愚か愚か!滅びてしまえ!」
「だって自分の事を幸せに出来るのは自分でしょ。皆自分で自分の事を幸せにすればいい」
「それなら他人なんかいらなくて自分1人いればいいのか?」
「1人では生きていけないし寂しいわよ。その服は誰が縫ったの?デザインは誰が?誰が運んで誰が店に並べたの?材料は誰が用意したの?この建物は誰が建てたの?このソファは誰が作ったの?テーブルは?この本は誰が書いたの?誰が印刷したの?」
「他人が必要というならなぜ私の家族や大事な人は命を奪われたのだ?」
「今のあなたのように、他人の価値や尊さを理解しようとせず、不要な物として扱ったんじゃない?」
「今の私、だと?あいつらと私が同じ?ふざけるな!黙れ!ふふ、ふははははは!さあ、時は満ちた。死神の子、アウグステスよ!我が命を捧ぐ。蘇りたまえ、現世に。そして愚かな人間どもを滅ぼしたまえ!」
空が暗くなり雷鳴が轟きだした。部屋が一瞬真っ白になった。ドガゴォン、と背筋がふるいあがる、耳が割れるような音がした。同時にゴンゴンゴンと地面が揺れた。
アメリヤが目を開けると、アモンズが炎に包まれていた。
「ぅあ、ああああああッ」
アモンズは真っ黒になった手と足をばたつかせ倒れた。
アメリヤはあまりの恐ろしさに壁に背がつくまで後退りした。鼻に人間の髪や肉の焼けた臭いが纏わりついた。
「ひっ、や、うう、ああぅ」
手足がぶるぶる震え、涙が止まらない。涙で床に大きな水溜りが出来た頃、ようやく火が消え、人型の黒い塊が残った。
どこからかびゅうっと風が吹き、黒い塊からすすが舞い上がった。いや違う。人型が起き上がりすすが剥がれ落ちていく。
「初めまして。僕は死神の子、アウグステス。君は?」
白髪赤眼の少年がアメリヤの前に立っていた。