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両想い

プロローグ

作者: ひより

中学二年の体育祭。足を捻挫した私は救急用テントに並べられたパイプ椅子に一人ぽつんと座っていた。さっきまで居た保健の先生は誰かに何かを指示してから、熱中症の子を連れて保健室へ行ってしまった。じわじわ滲んできた視界には、赤く腫れた右足だけ映る。そこへ右の方から、氷の入ったポリ袋と真っ白なタオルが飛び込んできた。「これで冷やして」という男性特有の低い声が耳に届く。震えそうな声を必死に抑えて「ありがとうございます」と言った。差し出してくれたものを両手で受け取って右足に当てると、タオル越しにひんやりとした心地良さが伝わってきた。下を向いてるから誰にも顔を見られないなって安心してるとその傍に、誰かが片膝をつくのが見えた。体操服が同じ色。同学年だ。

「大丈夫?」

氷を渡してくれた人と同じ声。足が痛いわけじゃないからこくこくと頷く。けど彼は何も言わなかった。動こうともしなかった。ちゃんと話さないとだめかな…。俯いたまま、できるだけ震えないように意識して声を出す。

「リレー、走れないことが、申し訳なくて」

最終種目のクラス対抗リレーは、学年別で行われる全員参加の競技だった。怪我したまま走っても、怪我だからと走らなくても、みんなに迷惑をかけてしまう。そこまで考えて、何とか堪えていた涙が溢れそうになる。

「ああ、なんだ。びっくりした」

軽いノリでそう言われてムッとした。こっちは真剣なのに何その言い方?

顔を上げると、クラスメートのほっとしたような笑顔があって拍子抜けしてしまう。馬鹿にされたと思ったけど、そうじゃなかったみたい。彼が言った。

「骨折でもしてるんじゃないかと思った。リレーなら大丈夫。俺、二回走るから」

「えっでも…」

「んー、ほら、俺、陸上部だから。球技大会で散々だった分、体育祭で汚名返上しないと」

そう言われても…と戸惑ってしまう。首を縦に振らない私に彼が話し始めた。

「球技大会、もうほんと散々でさ。俺サッカーだったんだけど、ボールが全然違う方向に飛んでって。こう、真っ直ぐ蹴りたいのに右にいっちゃって、相手チームにパスしたり」

ちょっと笑ってしまう。

「一番ひどかったのが、思い切り蹴ろうとして盛大に空振り!あれ未だにネタにされんの。ひどくない?」

つい想像してしまい笑いが込み上げてくる。必死に抑えたけど「わかる、サッカー難しいよね」と言った声は震えてしまった。私も球技は苦手で、サッカーボールを空振りしたことなんて何回もあるけど、スポーツ万能そうな彼が空振りするのは意外だった。

「いやマジでムズイ。みんなドンマイって笑ってくれたけど、結局負けたし、結構ガチで凹んでさ。だから体育祭で汚名返上しようって決めてたんだ」

そう言うと立ち上がってニッと笑った。

「ま、そういうわけだから、走るのは任せて」

彼を見上げてる私の頬が自然と緩むのがわかった。

「...うん。任せた」

「おう」

彼が離れていった。ちょっと経って、いつものメンバー(いつめん)が心配してきてくれた。私が大丈夫って伝えると「代走決まったから安静にするんだよ!」「リレー頑張るからね!」「応援よろしく!」って口々に言って戻っていった。

リレーのスタート地点からほど近い場所にいた私は、最終種目の高揚感と応援することしかできない罪悪感とで板挟みになっていた。同じ色の体操服の集団がバラバラ入場して、グラウンドを四分割した所に分かれる。四人の生徒がスタート地点に並ぶ。「位置について」というアナウンスが流れる。

もう全力で応援するしかない!

合図が鳴ると同時に「頑張れ!」って声を上げた。

順位は目まぐるしく変わった。もう後半に入ったかな。今は三位だ。そういえば彼が私の分しか走ってない。彼の番はいつだったっけ。

目の前をクラスメートが走り抜ける。まだ走らない。必死に声援を送る。また目の前を走り抜ける。まだ走らない。もうすぐアンカーなんじゃ…。

その時ふいに思い出した。ホームルームで走る順番を決めるとき、最初に先生が「このクラスだけ人数が一人少ないので、誰かが二人分走らないといけません」と説明した。すぐにどこかから「俺走りますよ」と声が上がった。「よ、陸上部!」と囃し立てる声とみんなの視線を受けた男子生徒はこう続けた。

「球技大会が散々だったので、体育祭で汚名返上させてください。最後にまとめて走ってもいいですか?」

気付けば少し離れた場所に、三人の選手とタスキを掛けた彼が立っていた。その先、ゴール地点の正反対の場所に、三人の選手がタスキを掛けて並んでいる。目の前を四人の選手が順番に駆け抜ける。二人がバトンを受け取って走り出した。すぐに彼、もう一人、とスタートする。

接戦だった。どのクラスが勝つかまだわからない。一位のアンカーにバトンが渡る。二位がバトンパスをしてる間に、彼が追い抜いた。わあっとグラウンドが盛り上がる。ドクンと胸が高なった。カーブを曲がりながら一位と二位の差がジリジリと縮まる。学校が熱を帯びていた。直線に入る。ゴールが近付く。頑張れ!と精一杯の声を出す。ゴールテープが切られる。

二位だ。

膝に手をついて荒い息を整える彼を見つめてると、急にこっちを見た。目が会う。ドキッとしてしまう。一瞬見つめ合って、彼がものすごいドヤ顔でVサインを送ってきた。思わず笑ってしまう。ドキドキと鳴る鼓動を感じながらVサインを返した。彼はドヤ顔のまま後ろを見て、その先にいたクラスメートの方に行ってしまった。

あのVサインはどういう意味だったんだろう?全然わからない。

仲間と笑い合う彼は太陽みたいに眩しかった。


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