第3話 これから楽器屋いかなあかんねん
憂鬱だ。とてもとても。いつもは楽しいはずの昼休みが憂鬱に感じる。そして俺は教室で机に横たわっていた。
「はぁ」
「どうしたの名取君?」
そう話しかけてきたのは船越だった。
「んーちょっとめんどくさいことに巻き込まれてさ」
「じゃあその悩みをお姉さんに話してみてみない?」
お姉さんって言っても身長俺より下だし、年齢同じだけどな。
「じゃあお姉さんに聞いてもらおうかな」
と少し笑いながら言った。そして、俺は船越に先輩との会話を全て話した。
「なるほど、その河澄先輩にバンドを組みたいからバンドメンバーを探してほしいという感じなんだね」
「そう。めんどくさいだろ?」
「生憎、私はベースもドラムも未経験なんだよね。ごめんね力になれなくて」
「大丈夫だよ。気にすんなー」
うーんほかをあたるか。教室を出るとき、後ろを振り向くと船越がじっとこちらを見ていた。少し怖かったので逃げるように教室を後にした。
「私に何ができるんだろう…」
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6限終わりのことだった。
ピロリン♪
スマホの通知音がなった。きっと先輩からだろう。いざという時のために連絡先を交換していたのだ。
《放課後校門で待ってて!出かけるわよ!》
「出かけるってどこにだよ...」
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無事何も起こらず放課後になり、校門で待っていた。校門からは中等部の人も高等部の人も出て来るのですごく混んでいる。5分くらい経った頃か、先輩が来た。
「さぁ名取君出かけるわよ!」
なかなかな声量だったため周りがこっちを見る。恥ずかしい。
「とりあえず歩きましょう」
俺は恥ずかしさを隠すためにとっととその場を離れることにした。
「で、どこに出かけるんです?」
「決まってるでしょう?楽器屋よ。あなたのギターを買いに行くのよ」
そう言い、楽器屋に向かう。ここらへんの楽器屋といえば北口駅前の商店街にあるところだろうか。この町の商店街はスーパーやお菓子屋に格安中華料理屋など色々ある。歩きながら先輩は俺に話しかける。
「あなた、ギター持ってるの?」
「持ってますよ。やってたから当たり前です。」
「じゃあ新しいのを買いましょう」
「今、人の話聞いてました?」
思わずイラッときた。ギターってそこまで安くないんだよな。それをわかっていってるのだろうか。
「ギターってそんなに安くないんですよ?そんなにポンポン買えないでs」
と俺が言いかけると先輩が横入りしてこういった。
「お金は私が払うわ。だから好きなのを買っていいわよ。」
「へ?いいんですか?先輩」
頭の中がハテナでいっぱいだった。
「だってわざわざ手伝ってもらうのに最高のパフォーマンスができなかったら嫌じゃない」
それはそうだな、と思う。先輩の言ってることは確かに正しい。と話してる間に楽器屋についていた。
店の看板には『ナナホシ楽器』とかいてある。商店街の中でもトップクラスで大きい店だ。2階建てになってるのでそれなりに楽器は置いてあるのだろう。でもこの店は全国で1店舗しかない。よく潰れないな。
先輩と店の中へ入る。入り口は両扉になっていて、手動で開けるタイプだ。
「いらっしゃいませ」
中に入るとカウンターがあり、メガネをかけた若そうな店員が一人いた。
「やぁ刹那ちゃん。今日は何を探しに来たの?」
「彼に合うギターを探しに来たの」
「なるほどね」
「えっと2人は知り合いなんですか?」
「あぁ、刹那ちゃんはちょっと前からこの店に頻繁に来るようになってね。それから話すようになったんだ」
「なるほど」
でも、なぜ先輩は楽器を弾くわけでもないのに楽器屋に来ていたのだろう。
「あ、申し遅れたね。僕はこのナナホシ楽器の店長の七星 健太郎だ。よろしくね。えっと君は…?」
「名取 祐介といいます。こちらこそよろしくおねがいします。七星さん」
「お互いにあいさつも済んだことだし、ギター見るわよ」
「ゆっくりしていってね」
七星さんにペコリとお辞儀をして先輩のあとに続く。
「実はもうあなたに似合いそうなギターを探しておいたのよ」
「どんな見た目っすか?」
「えーっと、これよ!」
そう渡してきたのは7弦のヘッドレスギターだった。紺色に近い色をしており印象は悪くなかった。
「ヘッドレスギターって、先輩もすごいの選びますね」
「え、なんかカッコよくない?」
「そうですけど、ヘッドレスってなんかチューニングしづらそうじゃないですか。しかも7弦って。弾いた事ないですよ!」
祐介は少し困ったように言った。だが、ニヤリと刹那はそんな反応を先読みしたような顔をしていた。
「新しいことに挑戦しないで人生面白いの?人生の歯車なんて狂わせてなんぼよ」
少し考えた。先輩の言葉には妙なほどに説得力があった。過去に自分がそうしてきたかのようだった。いや、してきたのだろう。
「...じゃあ、先輩の選んでくれたこのギターにします。そのほうが何かを変えれるかもしれない。ですよね?」
俺はニヤリと笑った。
「よし!じゃあこのギターに決定ね!会計してくるから適当に見てて!」
と言葉を残すとビューンと飛んでくようにレジに向かったのだった。
「適当に見ててと言われてもなぁ」
俺はギターはやってたもののそんなに詳しいわけではない。ある程度の知識はあれどもあれはFe◯derのなんだとかE◯Pのなんとかモデルだとかは本当にわからないので、見て『あーかっこいいーなー』と思うしかないのだ。と、考えながらうろうろしていると店の奥のstaffonlyと書かれているのれんの奥に入っていく女の子がいた。バイトか何かなのだろうかと思いあまり気にせず、俺は先輩の元へ行った。
「あら、まだ見てていいのに」
「いや、俺あんまりギターわからないんで」
と両手を挙げて、手のひらを空へ向ける。
「僕は弾けてもそんなに詳しくないんですよ」
「そ、まぁいいわ。もう少しで会計終わるから」
先輩はそう言うとレジの方へ向き直した。俺は邪魔になると悪いので隅でスマホをいじっていた。窓ガラスから外を見ると日が沈んでいくのが見えたが、近くにあるマンションに被ってすぐ見えなくなってしまった。
それから5分くらい過ぎた頃に会計が終わった。
「お待たせ」
「いえ、そんなことないですよ。待つのは得意なんで」
少し意地を張った。だってカッコつけたかったし。
「じゃあ、はい、これ。あなたの新しい相棒よ。大切にしなさいよね」
「いや、楽器を大切にしないやつは持つ資格ないっすよ」
「それもそうね」
と言い、ギターが先輩の手から俺の手へと移る。俺の手に乗ったギターはとても重かった。きっとこの重さはギターだけの重さじゃない。これからやっていくことへの不安や緊張を擬似的に重さとして感じてるのだろう。だが、そんなことは振り切っていかないとやっていけない。そう思った。
「じゃあこれからよろしくね。名取くん」
「こちらこそよろしくおねがいします」
そう言って先輩と握手をすると不思議と安心感があった。沈んでいく夕日を背にして覚悟に近いものを決めたのだった。