第2話 少女S
「ただいま」
「おかえり、兄貴」
俺には3歳下(ただし、学年は2つ下)の妹がいて、名前は栞という。そして、俺たちは学校近くのマンションに住んでいて、平和に暮らしている。
「風呂沸いてるから兄貴先入って」
「わかった」
風呂がもう沸いているらしい。俺は頷いて風呂場へ向かう。
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体を洗い終わり、湯船に浸かる。
「ふぅ」
やはり風呂はいい。一日の疲れが流れていく感じがしていい。そして42℃が丁度いい。最高だ。そして、丁度いい温度の湯船に浸かりながら今日を思い返す。
「そういえばあれどういう意味だったんだろう…」
放課後まで記憶を遡る。
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「私?私の名前は河澄 刹那よ。あなたには手伝ってほしいことがあるのよ。名取君?」
「なっ」
「なんで自分の名前を知ってるのか?っていう顔してるわね」
思ったことが顔に出ているらしい。背中が冷や汗で濡れている。
「んで、先輩を手伝うってどういうことですか?」
一応敬語を使っておく。
「えぇ、順を追って説明するわ。私はもう3年生だから今年でこの高校を卒業しないといけないの。それで文化祭の催しの一つで有志バンドっていうのがあるの。」
「あぁそんなのありますね」
刹那が少し急いだように説明する。
俺らの高校の文化祭では有志バンドという催しがある。俺はある理由があって避けていた。石森に去年いっしょにやらないかと誘われたことがあるが断った。そうしたら石森は「お前とやらないと意味がない」と言って出場を取りやめた。今考えると悪いことをしたなと思う。
「それで、私はバンドを組みたいんだけど、3年生は生憎受験ってものがあるから忙しくて断れるのよ。で、そこであなたよ。」
「逆に聞きます。なんでそこで俺なんですか?」
「私は風のうわさで聞いたわ。あなた、青葉 美鈴の息子なんだってね。」
「...!すいませんこの話はなしにしてください。それじゃ」
「ちょ、ちょっと!まだ話は終わってないわ!ちょっと!」
祐介はその場から立ち去った。とにかく走った。”逃げた”という言い方のほうがいいかもしれない。
なんであの人が俺の母親が青葉 美鈴だって知ってるんだ!?
祐介はパニックになっていた。まるで潜入がバレたスパイのようだった。何も悪いことはしてないのにあたかも自分が犯罪を侵しているようだった。
祐介が教室に戻るとまだHRは始まっていなかった。
「お、戻ってきた…ってお前大丈夫か!?顔が青いぞ!?」
「あ、あぁ大丈夫だ。急に走ったからかもしれん」
どうやら石森から見ると俺の顔は相当具合が悪い様に見えるらしい。
「無理はするなよ」
「あぁ」
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色々思い返してみたがあの短時間でまぁいろんなことが起きたものだと思う。
「ふぅ」
ため息をつく。これは疲れのため息なのか、それとも安堵のため息か。正直、少し罪悪感があった。話も聞かずに逃げてきてしまったのだから。
「明日あの先輩に謝ってくるか」
長風呂からようやく上がると栞の部屋が騒がしい。きっとゲームをやってるんだろう。
「なんだよあの野良!絶対許さねぇ!」
何やら物騒だなぁ。栞はゲームが好きで、特にFPSのバトロワ系が好きだ。だからあんなに味方にキレてるのだろう。
「栞どうした?」
「あ、兄貴。いやさぁこの野良詰める判断ミスったくせにチャットで『お前らゴミ』『このゲームやるなカス』って言ってきたんだよ!許せねぇよな!」
「まぁどの類のゲームでも暴言厨はいるだろ。気にするな気にするな」
「ブロックしとこ」
まぁ俺もゲーム中に暴言厨に出会ったら気分が悪くなるから気持ちはわかるんだよな。夕飯でも食うか。栞はもう食べたのだろうか。
「栞はもう飯食った?」
「いや兄貴待ってたからまだだよ」
「じゃあ作るからその時また呼ぶわ」
「うん。待ってる」
栞はそのまま椅子に座り、机に向かう。PCのファンの音がうるさい。静音のに替えないのか?と思いつつ俺は1階に下がる。
「さて、何を作ろう」
台所に立ち、冷蔵庫を確認する。冷蔵庫には色々具材があるが疲れてるから。正直、あんまり作業をしたくない。
「レトルトでいっか」
ということでレトルトにした。レトルトカレー最高。うまい やすい はやいの三拍子だ。
~10分後~
カレーができたので栞を呼びに行く。栞の部屋は2階にある。2階には俺の部屋や風呂場などがある。ドアをノックして栞の部屋に入る。
「栞ー入るぞー」
部屋に入ると栞はPCでアニメを見てた。
「今度はなんのアニメを見てるんだ?」
「ん?あー兄貴か。今見てるのは胸糞系の学園モノだよ。胸糞なんだけどその中に深みがあるっていうか…」
「まぁとりあえず飯できたから食べようぜ」
「あいよ」
栞はアニメを一時停止して椅子を立った。
2人でリビングに降りて席に座る。
「と言うことで今日の夕飯は手抜きのレトルトカレーだ」
「これどこのやつ?」
「ん?ボソカレーだけど」
「ならよし」
「「いただきます」」
ルーでしか売ってなかったボソカレーもレトルトになって、便利な時代だなぁってしみじみ思う。
「「ごちそうさまでした」」
食べ終わり、栞は先に部屋に戻っていったが、俺は食器を片付けないといけないので洗う。明日、先輩にどうやって謝るか考えておこう。といってもすぐには思いつかない。ひたすら悩む。……思いつかない。そもそも先輩のクラスすら知らないからどうにもできない。うーん、どうしよう。そう考えながら食器を片付けていた。
ベットに横になりながら考えた。
「クラスを知る方法...クラスを知る方法...」
あ、あった。
「石森に聞こう!」
そうひらめいた俺は安心して眠りに落ちていくのだった。
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次の日の昼休み石森に早速聞いてみた。
「石森さ」
「おん」
「河澄刹那っていう先輩のクラス知らない?」
「あーあの人か確か3-3だったはず」
「サンキュー!」
3−3へ向かって歩き出す。
「ヤッホー名取」
「ん、日比野じゃん」
廊下を歩いていると日比野に出会った。購買かなんかで昼飯を買ってきたのか片手には焼きそばパンを持っている。
「お前、今から昼(飯)か?」
「うん。あんたもう食ったの?」
「ちょっと用事があってね」
「あっそ。またね」
「おう。またな」
階段を上がり3-3へ着く。こういう感じで教室にいる人を呼ぶのって恥ずかしいよな。勇気を決して。
「すいませーん。河澄先輩はいますか?」
誰にでも聞こえるような声で言ったはずだ。これで出なかったらいないのだろう。
「……」
誰も来ない。というよりなんだか少し変な空気にすらなってる。何だこの空気…?
「やぁ名取君どうしたの?私に会いに来たの?」
「うわ!びっくりしたぁ先輩どっから出てきたんすか?」
「後ろよ。じゃなきゃ後ろから声は聞こえないでしょ?」
「まぁそうですけど、って違いますよ!この前の話をもう一度聞きに来たんですよ」
「なるほど、じゃあついてきなさい」
と言って、連れてこられたのは屋上だった。
「ここ入ってもいいんですか?」
「駄目って言われてないし大丈夫でしょ」
さっき階段をあがるとき“立入禁止“と書かれた札が貼ってあるコーンを思いっきりまたいでいたのは見なかったことにしよう。
「じゃあ、昨日の続きを話すわ。また逃げないでね?」
「えぇもう逃げませんよ」
もう、何を言われても逃げないと思ったが相変わらず心臓の鼓動がうるさい
「あなた、青葉美鈴の息子だっていうのは本当なの?」
「えぇ、本当ですよ。ですが、もう母親じゃないですけどね」
そう、青葉美鈴は母親であって、もう母親ではない。ちなみに青葉美鈴とは一世風靡したアーティストで、一時期はCD売り上げのランキングを独占していた。それくらい人気だった。そして、青葉美鈴は俺の母親だ。
「..ぇ、ねぇ、あなた何か楽器弾けないの?」
「ーーーあぁ、一応ギターなら。と言ってもブランクありますけど」
思考から我に返る。先輩は何故かこっちを心配そうにみてる。巻き込んだことを申し訳なく感じてるのだろうか。ま、そんなはずはないだろう。
「先輩は何を弾くんですか?」
素朴な疑問だった。これでギター被ったらツインギターになるのだろうか。ドラムとか叩けたら意外だな。
「私は何も弾かないわ。だって楽器やったことないもの」
「は?じゃあ何するんです?」
「え、決まってるじゃない。ボーカルよ」
予想外だ。てっきり『バンド組んで一緒に誰かと一緒に弾きたーい』っていう考えだと思ってたんだがそうではないようだった。
ふぅ。
「先輩って歌上手いんですか?」
「まぁ上手いんじゃないかしら。カラオケでは90点以上が普通だし」
うん。上手い。確定だ。
「じゃあわかりました。俺は先輩と文化祭でバンドを組みます」
「やったぁ!ありがとう名取君!」
わーいわーいと言いながら飛び跳ねる先輩はおもちゃを買ってもらった子供のようだった。
「ですが先輩」
「ん?どうしたの?」
「バンドは最低でも4人いなきゃいけません先輩がボーカル、俺がギター、他のドラムとベースは誰がやるんです?」
「え、探すのよ」
「あー探すのか。あてはあるんですか?」
「あなたが探すのよ」
「へ?」
これまた予想外。それも僕に任せる気か。
「だって3年生は忙しいから無理って言ったじゃない。2年生以下に知り合いなんていないわよ」
「え、あ、はぁ」
「あ、でも中等部はダメよ。あなたが犯罪に手を染めそうだから」
「しませんよそんなこと」
「じゃあよろしくね♪」
はぁいったいどうなることやら。
俺はバンドメンバー探しというとんでもなくめんどくさいことを任されるのであった。