Please eat me up.
「私を食べてーーー!!」
「食べられるか!!」
顔を赤らめて追いかける小さな妖精と顔を青褪めてそれから逃げる青年。
毎度の光景に住人は毎度の事だと仕事をする手を止めることはない。
当初は微笑ましく見守られていたはずだったのだが、今では呆れ半分な視線が突き刺さる。
青年は味方がいないと酒を片手に友人たちに愚痴ったが、その友人たちが実は「妖精を食べる」に賭けていると言う事は村人には周知の事実だった。
「大体、その“食べて”が違う意味だったら歓迎だけどもさ!」
青年は涙目でそう叫んだ。
“食べる”
この妖精が言う“食べる”は正真正銘“EAT”の意味である。青年が叫んだ様に、言葉の裏に隠された意味などない。
彼女は食べられることで至福の喜びを感じる、この地方に住む妖精の一人である。
その血肉は甘露であり、百薬の長であり、その味は何ものにも代え難い至高の味と言う。
世の美食家たちが挙って捜し求める妖精であるが、乱獲は出来ない。
彼女たちの血肉は、己が身を捧げたいと心から思わない者にとっては、猛毒でとても食べられたものではない味となる。
「いい加減、食べてくれたって良いじゃない!別に損はないのに。」
追いかけるのをやめた妖精は可愛らしく頬を膨らませた。
彼女たちにとって食べられると言う行為は、死に繋がる行為ではなく、次代を生む行為である。想いを寄せる相手に食べられる事に伴う喜びの感情が次代の彼女たちを形成する。ちなみに痛くはないらしい。
「いやだって無理だろ。常識的に考えて。」
妖精の様子を確認した青年は足を止め、距離を保ったまま振り返る。
青年は先日森に狩りに出かけた時に、偶然蜘蛛の巣にかかっていた彼女を発見し助けた。それ以来彼女に「食べて!」と追いかけられる毎日を送っている。
食べることは罪ではなく、むしろ公に認められており青年が仮にこの妖精を食したところで誰も非難も軽蔑もしない。
しかし数年前にこの地方にやってきた青年にとっては受け入れ難い常識であった。
「常識的に考えたら非常識なのは貴方の方よ。」
妖精の言に間違いはない。村人たちは異なる文化圏から来たこの青年の境遇に理解はしているが、食べてやれよと笑いながら青年の肩を叩く者も多い。
「どうして食べてくれないの?」
顔を伏せ肩を震わせる妖精が尋ねた。
「…双方間のやり取りが成立する相手を食用だと思うことは出来ない。」
青年はそう妖精の言葉に答え、続けた。
「僕だって肉や魚は食べる。でもそこには日々の糧となるものへの感謝の気持ちはあれど愛情はない。…情を持ってしまったら食べられないよ。」
ごめん、と呟きながら青年も顔を伏せる。
食べる事を拒むのは、彼女たちの存在意義を否定する事に繋がっていると青年は分かっているが、目の前のこの愛らしい妖精を己の血肉とするには抵抗があった。それが独りよがりな考えだとは理解していても。
「…そう…それが貴方の意思なのね?」
妖精はその身に合わない大きな溜息をつくと呆れたように青年に言った。
「うん。本当にごめん。」
申し訳なさそうな青年の言葉を聞き、妖精は天を仰ぎ目を閉じた。
そしてそのまま何か呟いたと思うと、青年の唇に口付けを一つ落とし消えた。
その日の出来事を村人から折角のチャンスをつまらない意地で棒に振ったと散々からかわれ、それから暫くその事を話しのネタにされたが青年は何も反論しはしなかった。
青年が村人に妖精について尋ねたのは、“食べられる事のなかった妖精の末路について”の一つだけだった。
青年の問いに村人たちは首を傾げ、「誰か別のやつに乗り換えるのでは?」と言う憶測を交わしたが、明確な答えを返す者はいなかった。
それから数年後のある夜。
コンコン、と控え目なノックの音が青年の家に響く。
訝しがりながら青年がドアを開けると、そこには若い女が立っていた。
青年の姿を見た女は満面の笑みを浮かべ抱きついた。
「ねぇ、私を食べて!!」
その勢いに押され、床に尻餅をついた青年は、光に晒された女の姿を見て目を丸くする。
「貴方に恋人がいないのは知ってるんだから。って言うかそういう呪いをかけたの私だし。」
女はそう言いながら青年の顔に口付けを落としていく。
展開に付いていけない青年は説明を求めようと口を開くが、あまりの事態に言葉が出てこない。
その様子に気付いた女はにっこりと笑い、より強く青年を抱きしめる。
「妖精王にお願いして人間にしてもらったの。その間、貴方を誰かに盗られたくないから恋人が出来ないようにちょっとしたお呪いをね。」
邪気のない笑顔でさらりととんでもない事実を口にする元妖精。
「私たちは一途なの。食べてもらえないなら消滅するしかないじゃない。だから責任取って。」
語尾にハートマークが付いているのではないかと思わせるような甘い口調で元妖精は青年に跨った。青年はこの時点で「ここ数年の自分の身に起きた恋のハプニングはこいつの所為だったのか」「突然すぎるだろ」などの諸々の思考が停止した。
諦めなのか悟りなのかは不明だが、青年は目の前の事実を受け入れ、拒否することを放棄した。
「い、いただきます…」
「はい、召し上がれ!」
英語のタイトルですが、英語2の実力の持ち主です。




