二十五話 三日目。
アレン達がユーステルの森に入って三日目。
洞窟の出入り口のところで座り込んだアレンが、外で降る雨を眺めていた。
「予想以上の雨だなぁ」
アレンの言葉通り、外で降る雨は滝のように降っていた。
それによって前の日ホランドが作った屋根も虚しく、焚火がびしょ濡れになっていた。
アレンがぼーっとしていると、洞窟の奥からホランドが顔を出した。
「そうですね。すごい雨です」
「お、今日はもう大丈夫なのか?」
「ハハ、少し重たい感じはありますが……昨日、一昨日に比べたら」
ホランドは苦笑した。ちなみに今は朝食とマッサージを終えた後である。
「そうか……マッサージの時は相変わらず痛そうだったけど」
「いや、痛いのはあまり変わらないですよ?」
「そうか、少し慣れたって言うのが正しいか」
「そうですね……早く魔法を使えるようになったら」
「魔法が使えるまではしばらく我慢が必要だがな……さて、今日は少し修行を始めようか」
「は、はい。修行」
「いや、これは修行と言うか……アレだ。火龍魔法兵団で宴の時にやっていた余興……遊びだったんだが」
「余興……いったい何を?」
「それはあとで説明してやるから。今のお前達には良い修行になるやも知れんからやってみようかっと。中は居るか」
アレンが立ち上がると、ホランドの肩にポンッと叩くと洞窟の中に入って行く。それに続いてホランドも洞窟の中に入って行く。
切り株の上に座ったアレンが、ホランド達四人を前に口を開く。
「さて、お前達には強くなる上で、まだ足りないものが多いのだが。この修行は、その中の一つ、反射神経を鍛える」
「反射神経ッスか?」
アレンの言葉にノックスが首を傾げた。すると、アレンは小さく笑って頷く。
「ふ、そうだ。相手の動きに反応できなくては戦いにすらならん。ノックス、お前に最初に戦った時に言ったよな?」
「ぐ……そうッスね。反射神経は必要ッス」
アレンを拘束しようとした時に真っ先に伸されてしまったことを思い出したのだろう、ノックスを始めホランド達は表情を歪めた。
「だろ?」
「そ、それでどんな修行をやるんッスか?」
「そんな難しいことではないんだ……このさっきホランドに借りたコインがどこにあるか当てる遊びだ」
「それって簡単……」
ノックスの言葉の途中であったが、アレンはホランドから借りたサンチェスト王国硬貨の銀貨を見せると、その銀貨を指で弾いき、キーンっと甲高い金属音を響いた。
アレンによって弾かれた銀貨はアレンの頭上一メートルのところまで打ち上がり、緩やかにアレンの元に降りて来る。
降りてきた銀貨をアレンはバッババババと音をたてて目にも止まらぬ……いや、アレンの手が何本も生えたように見えるほどに速さで手を動かして見せた。
そして、アレンの手の動きが止まったところで両手を握って拳を作ってホランド達の前に出して問いかけた。
「さて、銀貨はどこに行ったか分かるか?」
「「「「……」」」」
ホランド達は一様に黙って、アレンが突き出した両手の拳を交互に見比べていた。
「俺は左……」
「私も左かな?」
「……俺は右に銀貨が握られたような」
「右……ふすん」
どこか自信なさげに、ホランドとリンが左の拳、ノックスとユリーナが右の拳を指さした。
「ふふ、まったく見えていないようだな」
アレンは小さく笑った後に、左右の拳を同時に開いて見せる。すると、アレンの左右の手には、どちらにも銀貨は入っていなかった。
「えっ? 銀貨が入っていないけど」
「俺は両手のどちらかに隠すなんて一言も言ってないんだがな」
リンの指摘にアレンはポケットの中から銀貨を取り出してみせたのだった。それを目にしたリンは頭を抱える。
「あぁーこれはすごく難しいかも知れない。左右どちらかなら当たるじゃんとか思った私が恥ずかしい」
「まぁ、フェイクとかを入れている訳でないのだから、慣れると意外と見えるんだがな。……さてと、次は少しレベルを下げてやるか……あ、そうだ」
「どうしたの?」
「どうせ。……よし、今日これから修行が終わるまでに一番コインがどこにあるかわかった者には昼食で他よりも少し多く食事を出すことを約束しよう」
「「「「……っ」」」」
アレンの言葉を聞いたホランド達は集中するように黙って、アレンの待っている銀貨へと真剣な眼差しを向けた。
そんなホランド達の様子を目にして、アレンは少し苦笑する。
「やっぱり余興には何か賭けるモノがあると盛り上がるよな」
それからアレンの反射神経を鍛える修行は白熱した。
接戦の末、銀貨がどこにあるか一番にリンが言い当ててその日の昼食を他よりも多く食べることができていた。




