百七十三話 プロリアの英雄。
「本題ですか?」
「あぁ、まずここに居る者はあの先日のアレン殿の戦いを見ることができた者達だ」
カエサルの話を聞いたアレンはルンバ、そしてベアトリスへと視線を向ける。
カエサルの後ろで警護をおこなっていたベアトリスが一歩前に出て口を開く。
「ええ、私とルンバ将軍は南壁の守護に当たっていたのだ。そこで……あの角や羽が生えた黒いタキシードの男……いや、あの化け物を見た」
「そうか……他にはあの化け物を見た者は居ないのかな?」
「あぁ居ない。私の部下も南壁の兵士達もあの化け物の殺気に当てられて倒れてしまったんだよ」
「なるほど……あの場に立てていることができるとはさすがだ」
「と言っても、あの化け物の殺気に……更にアレン殿の殺気が加わって情けなく私も気を失ってしまったがね」
どこか不満げな表情を浮かべたベアトリスは腕を組んで言った。
その言葉に続くようにルンバも頷き口を開く。
「私もそうだった」
「私は二人にその話を聞いてね。……戦ったアレン殿にも話を聞こうと思ったという訳だ」
持っていたワイングラスをテーブルに置いたカエサルがアレンに視線を向けて言った。
アレンは持っていたワイングラスに注がれていたワインを一口飲んで考えを巡らせる。
どうするか。
本来ならば……血を継ぐ者と関係者達で人知れず処理されるべき事柄なんだが。
ここまであの化け物の存在を知られたとなれば……中途半端に知られて広められるよりも、存在をちゃんと知らせて口止めした方が良いか。
「ここに居る人間は口が堅いと言うことでよろしいですか?」
アレンの雰囲気がガラリと変わったことを感じ取って、その場に居た者は息を飲んだ。そして、カエサルがアレンの問いに答えるように頷く。
「あぁ」
「わかりました。……本来ならば人知れずに処理されるべきなのですが……はっきりと見られてしまっているのなら仕方ありません。まずは、私はあの化け物と戦い。善戦したのですが力至らずに逃がしてしまいました。そして、あの化け物の正体は……魔族です」
アレンの言葉を聞いたルンバ、ベアトリスは首を傾げる。
「「魔族?」」
ただ、カエサルだけは椅子の背に体を預けて、小さく呟く。
「魔族……か」
「……国王様?」
カエサルの様子から察するに聞く前から心当たりがあったようであった。それに気づいたルンバが声をかける。
ただ、ルンバの問い掛けにカエサルは答えることなく、アレンに問いかける。
「アレン殿も魔族の存在を知っていると言うことは……血を受け継ぐ族の者か?」
「……はい。私は断切者の一族の者であります」
「そうか。守護者の一族とは別に居ると聞いたとこはあったが」
「私が断切者であることが広まるといろいろやりにくくなるので内密にお願いします」
「もちろん、わかっている。ルンバもベアトリスもわかったな」
目付きを鋭くしたカエサルは有無言わせると言った感じで、ルンバとベアトリスに声をかける。
「はい。国王様」
「かしこまりました」
ルンバとベアトリスは表情を引き締めて、頷き答えた。
「……しかし、何なのですか? 断切者とは? 魔族とは?」
ルンバの疑問に対してアレンが口を開き説明を始める。
「それらは私から説明しましょう。まず、断切者とは魔族の残した遺物を破壊していく一族です。私の一族は代々この役目を実行していました」
「……魔族の残した遺物を破壊していく?」
「はい、魔族の残した遺物は危険な物が多く……それを悪用されることを防ぐためにです。今回の戦争で……黒い大蛇が戦場に現れたのは見ていたでしょうか?」
「あぁ、見ていた。アレン殿が討伐したヤツだな」
「あの魔物は……魔族の残した遺物の一つ【魔獣薬】を人間が服用することで出来上がります」
アレンの言葉を聞いて、最初訳が分からない、理解できないと言った様子だった。
しかし、カエサルとルンバ、ベアトリス達は徐々に言葉の意味を理解して表情を強張らせてゴクンと喉を鳴らす。
ルンバが立って、声を上げる。
「そ、それは……つまり。つまり、それは人間を魔物にする薬と言うことか?!」
「その通りです。そんな禁止魔法薬……世の中にあっていい物ではないのです」
「……だから、排除だと」
「はい。【魔獣薬】がまだ生ぬるいと思えるほどの魔族の遺物が他にもあり……それらは人間の秩序を崩壊させるものばかりなのです」
「……なるほどな」
「それで魔族についてです。まず、確認なのですが……プロリア英雄物語と言う物語をご存じでしょうか?」
「プロリアの英雄? あぁ……もちろんだ、私の妹のポーラがその童話に登場する青い鳥を探しに行ってしまうくらいのファンでな。昔、よく聞かされた」
「……そうでしたね。プロリアの英雄は人間の脅威になる魔物を討伐して人助けすると言う話だったと思いますが……それのほとんどが作り話です」
「どういう」
「まぁ、魔物も討伐していたでしょうが……プロリアの英雄には明確な敵の存在があったのです。それが……魔王ロブルアであり魔族だったのです」
「……」
「三百年も前のことです。私も当時のことを詳しく知りませんが、魔王が興した魔族の国があって……人間を虐げ奴隷としていました。その奴隷を解放し、魔王、そして魔族を討伐、もしくは封印したのがプロリアの英雄なのです。つまり、現存する魔族は封印されている」
「それでは……先の戦争で現れた魔族は?」
「おそらく、どこかの封印が解かれて……解き放たれたと言うことでしょう。私が知る魔族の情報はその程度です。国王様は何か他にご存じではないですか?」
アレンは一度カエサルに視線を向けて問いかける。その問いかけにカエサルは首を横に振って答える。
「いや、私の知る情報も同じものだ。ルンバ、お前には王位継承と共に知らされる情報だった」
カエサルの言葉を聞いたルンバは椅子に再び座って、背もたれに体を預けた。そして、頭を抱えたままに呟く。
「そうでしたか……」