百七十二話 ワイン。
ここは中庭の真っ赤なバラが咲き誇る場所だった。
そこには一つの白いテーブル、三つの椅子が置かれていた。白いテーブルには白い皿や銀のフォーク、スプーンが並べられていた。
カエサル、アレン、そしてクリーム色の髪色の青年が椅子に座る。ちなみにベアトリスはカエサルの少し離れた後方で待機していた。
カエサル達の着席と同時にメイドが料理を運んできた。それから、談笑しながらの昼食が始まった。
「そうだった。申し遅れたな。私はリナリーの兄にあたるルンバだ」
前菜を食しながらクリーム色の髪色の青年……ルンバが思い出したようにアレンに視線を向けて口を開いた。
アレンは食事の手を止めて納得した表情で答える。
「そうでしたか。ルンバ王子様はカエサル国王様に似ていらっしゃるので、もしかしてと思っていました」
「そうだな。私とポーラは父似、リナリーは母似である」
「なるほど」
アレンは先ほどの謁見の場に居た金色の髪色の美しいドレスを身に纏った中年女性を思い出して、頷く。
「しかし、先ほどの模擬戦……素晴らしかったぞ。最後の方、視認できない自分が残念に思うくらいだ」
「ありがたいお言葉です。ところでルンバ王子様も鍛えているようにみえますな」
「そうか? 分かるか?」
ルンバはどこか嬉しそうな表情を浮かべた。そこでルンバとアレンの会話にカエサルが口を挟む。
「うむ、ルンバは我が国の将軍の一人であるかな」
「国王様、それは私が言いたかったのですが」
ルンバは不満げな表情で、カエサルに視線を向けた。
「ハハ、それは悪かったな」
カエサルは悪かったと言いつつ、全く反省している様子でなかった。
「王族で危険な将軍職を務めているのですか?」
アレンは首を傾げながら、ルンバへ視線を向けて問いかける。
「あぁ、もう何十年も他国と直接矛を交えていないクリスト王国では形骸化していた軍務に危機感を抱いていてね」
「なるほど、何事も危機感を持って対策するのは良いことですね」
「今回のことも実際にあったしな」
「ええ」
「まぁ、何にせよ。軍務に関わる者として軍の英雄であるアレン殿に会えること、楽しみにしていたんだ」
「英雄と言うのは気恥ずかしいのですが……そう言って頂けるとうれしいですね」
「何を恥ずかしがることがある? 名誉なことではないか?」
「私は……名誉のために軍に属していた訳ではないので」
「ふふ、そうか。そうか。やはり……」
ルンバは何やら納得したように頷いた。そのルンバの様子に怪訝な表情で首を傾げる。
「ん? どうされたんですか?」
「いや……なんでもないよ」
ふっと笑ったカエサルはアレンに声をかける。
「酒が進んでいないようだが?」
「いただきます」
アレンは血のように赤いワインが注がれたワイングラスを掲げる。そして、クルリと混ぜると口元に近づけて匂いを嗅いで一口。
ワインを味わうと、表情を綻ばせて口を開く。
「おぉ、これは美味い」
「そうであろう。そうであろう。私の秘蔵のワイン……ワインの産地として有名なベラールド王国のザヴォワ地方から取り寄せたモノだからな」
「ベラールド王国のザヴォワ地方ですか……そこに行ったらこれほど美味しいワインが」
「おいおい、行くつもりじゃないだろうな?」
「ふふ、私は隠居の身ですから。自由な時間が多いのです」
「それはズルいな。行くなら、土産を期待しているぞ」
「心得ました。ただ、弟子達を一旦帰郷させるので……畑を管理する者が居なくなる。行くにしても弟子が帰って来てからですかね」
「弟子の帰郷? あぁ、そういえば、サンチェスト王国の出身だと言っていたか」
アレン達は談笑をしながら食事を進めていき、メインのオオウシと言う牛の肉のステーキがメイド達届けたところで、カエサルがメイドの一人に目配せをした。
すると、食事していた中庭からアレン、カエサル、ルンバ、ベアトリス以外の気配が消えた。
カエサルが周囲に気配が無くなったことを察して口を開く。
「さて……そろそろ、本題に入ろうか」