百四十六話 ゴルシイモ。
アレンがルーシーの家へ向かうと、家の前にいたルーシーの母親であるシリアに出くわす。
「こんにちは。シリアさん」
「おう、来たね」
アレンに声をかけられたシリアは商売へ行く準備をやめて、アレンの方へ視線を向けた。
そして、アレンがどのようなものを持ってきたのか気になると言った様子で続けて問いかけてくる。
「さっそく、商品の状態を見せてもらおうかね?」
「うん」
アレンはユリーナに一度視線を向けると、アレンとユリーナは背負って来た籠をシリアの前に降ろした。
そのアレン達が持ってきた籠を覗き込んだシリアは感心したような声を漏らす。
「お、思っていたよりも結構な量だね」
「予想よりも多くなっちゃってさ」
シリアはすぐに籠の中に入っていた野菜一つ一つを手に取って状態を確認し始める。シリアが確認していく中で一つの白いイモを手に取り怪訝な表情を浮かべた。
「どれも悪くないが……この白いイモはなんだい?」
「あぁ、それね。ブレインの森で取れるゴルシイモって言われるイモ。それを育ててみた」
「これは食べれるのかい? 毒とかないんだよね?」
「うん、一つ茹でて食べてみる?」
「……そうだね。知らない野菜を売るのはさすがに不安だからね」
シリアはゴルシイモを一つ手に取って、ルーシーの家の中へ入っていく。それを見計らってユリーナが声を狭めてアレンに耳打ちしてくる。
「アレンさん、あのイモ……私も知らないんだけど」
「あぁ、ゴルシイモはとにかく甘いイモでな。火龍魔法兵団で森に入った時に見つけたら、取り合いの喧嘩になったことも」
「う、それは売る前に食べさせて欲しかった」
「ハハ、今日、ようやくいい感じに育っていたから収穫したんだよな。まだ少し屋敷にあるから、帰ったら食べるんだな」
「ふすん。いっぱい食べる」
「まぁ、そんなにないけどね」
アレンとユリーナが小声で会話していると、ムッとした表情でルーシーがアレンの服をクイクイと引っ張る。
「ねぇねぇ、アレン兄ちゃん。何話しているの?」
「ん? あぁ、ユリーナがあのイモを食べたことがないって」
「そうなの?」
「あぁ。あのイモはすごい甘いから、ルーシーも楽しみにしていると良いぞ?」
「あ、甘いの?」
「うん、ルーシーも食べてみると良い」
「食べる!」
しばらく待っていると、シリアが茹でてきたゴルシイモをスライスしたものを木の皿にのせて持ってきた。
スライスされたゴルシイモからは蜜のような甘く、イモと言うより栗に近い香りが漂ってくる。
ゴルシイモの香りを嗅いだシリア、ルーシー、ユリーナの女性三人はゴクンと喉を鳴らしていた
その女性三人の様子を見たアレンがひょいっと手を伸ばして、スライスされたゴルシイモの一枚を手に取って口の中に放り込む。
「じゃ、まずこのイモを作った俺が毒見するかな。あむ」
「ど、どうだい?」
「どう、美味しいの?」
「ふすん」
シリア、ルーシー、ユリーナの順で詰め寄るようにアレンに声をかけた。
ゴルシイモを食べていたアレンが徐々に不満気な表情を浮かべ始める。
「むむむ」
「いい匂いがするが……駄目かい?」
よほど気になっていたのだろうシリアが重ねてアレンに問いかけた。
「甘くておいしいイモだよ? ただ、野生で生えている方が甘いなぁ……なんでだろ? 育て方を間違えたかな?」
「なんだ、そう言うことかい? じゃあ、私も食べてみようかね」
「うん」
「ふすん」
シリア、ルーシー、ユリーナはスライスされたゴルシイモに手を伸ばして、口の中に放り込んだ。そして、数回咀嚼すると目を大きく見開いた。
「んー! これは甘いね」
「何これ! こんなに甘いの初めて!」
「甘い!」
シリア、ルーシー、ユリーナの順で驚きの声を上げた。彼女達の反応を見て、アレンが少し表情を綻ばせる。
「そうか、それは良かった」
「このイモは本当にブレインの森でとれるのかい?」
茹でる前のゴルシイモを手に取ったシリアが興味深げに観察しながら、アレンに問いかけた。
「うん、かなり見つけるのは難しいんだけどね。大体、険しい崖のところとかにあるんだ」
「あまり手に入らないんだね?」
「見つけるにも難しいし。育てるにも、あまり多くは作れなかった……まだ育ちきっていないヤツが育ったとしても……あと五十個ってところだなぁ」
アレンは持ってきた籠の中に入ったゴルシイモに視線を向ける。
籠の中には子供の拳ほど大きさのゴルシイモが十個ほど入っていた。しかし、商売するには少ないと思える量であった。
「希少……そして、ここまで甘くて美味いイモでこれだけだと……価格を付けるの難しいねぇ。いくらにすればいいか」
「んーあまり高いと、誰も買ってくれないんじゃない? そもそも、食べてくれないとこのイモの甘さも美味しさも分からないよ?」
「……確かにそうだね。甘さと美味しさを知っていれば銀貨数枚出すのも居るだろうけど。このイモのおいしさを知らなかったら、絶対に売れないよねぇ。どうしたらいいかねぇ」
「んー」
アレンとシリアが互いに悩み、腕を組みながら考え始める。ただ、良い答えが浮かばないのか、しばらく互いに黙っていた。
その沈黙を破ったのはルーシーだった。
「ねぇねぇ、ならさ、蒸したヤツを細かく切って、みんなに食べてもらったらどうかな? このイモ、細かくしても十分においしさが伝わると思うよ?」
「ん、いいんじゃないか? それで行こう」
アレンはルーシーの意見を肯定するようにうんうんと頷きながら、ルーシーの頭の上に手を乗せた。
ただ、シリアだけが少し渋い様子で問いかけてくる。
「いいのかい? けど、それだと売る量が減っちまうよ?」
「良いよ。売れないで残るよりはいいだろう。最悪、今日持ってきた奴は全部細かくして、より多くの人に食べてもらってもいいぞ?」
「そうかい? アレンがそれでいいならいいが」
「うん、まぁいいよ」
「じゃ、私らはそろそろ市場へ向かおうかね。そういや今日の売上金はどうするだい?」
「んー今日はユリーナにこの辺りを案内する予定だから、夕方ごろにまたここに来るよ」
「そうかい。わかったよ」
「よろしく頼むよ。なるべく高く売ってやってくれ」
「ハハ、任せときな。ほら、ルーシー行くよ」
「えーアレン兄ちゃんと一緒に居たいよぉ」
シリアは渋るルーシーを連れて、リンベルクの街へ向かって行った。
シリアとルーシーを見送ると、アレンはユリーナへ視線を向ける。
「さて、俺達も行くか」
「うん、行く」
「どこから行きたいんだ?」
「それは……もちろんクリスト王国の王都リンベルク!」
「わかった。わかった……じゃ行くか」
「うん」
アレンとユリーナもリンベルクの街へと向かって歩き出すのだった。
それから、アレンはユリーナを抱え密入国をした後、一日ユリーナの買い物に付き合うことになった。




