百四十四話 突然に。
「なんだか、すごい方でした」
呆気にとられた表情で颯爽と立ち去るグラースの後ろ姿を見送ったリナリーがポツリと呟いた。その呟きを聞いて国王ハーケンスが頷く。
「うむ、グラースは相変わらずじゃて」
「ゆっくりお話を聞きしたいものです」
「うむ、それはこれから始める戦争になんとしても勝ち、盛大にやる戦勝パーティーまで取っておくんじゃな」
「そうですね」
「そうじゃ。……しかし、リナリーよ。お主、やはりずいぶん見違えたの、以前はお転婆でクリスト国王と王妃を困らせておった」
「そうでしたでしょうか? 私はいつも大人しく……」
国王ハーケンスの言葉を聞き、リナリーが首を傾げて言葉を濁した。そこで隣に座っていたポーラが口元に手を当てて小さく笑う。
「ふふ、ハーケンス国王様はご存知でしょうか? 我がクリスト王国の王家に伝わる家訓の一つに『王家の者、ある期間一般と同じ生活する』と言うものがあってですね」
「ほぉ、それは初耳だな」
国王ハーケンスは興味深げに呟くと、持っていたティーカップを降ろしてポーラに視線を送る。
「そこで素敵な出会いをしたようで」
国王ハーケンスとポーラとの会話を聞いていたリナリー、そしてリナリー達の席から少し離れた席に座って聞き耳を立てていた青年がほぼ同時にバッと立ち上がる。
「な、お姉様!」
「そんな、リナリー! 私と結婚すると言った約束があるだろう!」
青年の声を聞いたリナリーがギョッと青年の方へ視線を向けて、呟く。
「ラーベルク王子様……」
彼らのやり取りはその場だけの話で収まらなかった……ラーベルク王子様の声が茶会の会場に響き渡り、茶会に参加していた者達が一段と騒がしくなる。
「なんと!」
「クリスト王国第二王女リナリー様とべラールド王国第三王子ラーベルク様との結婚の約束とな」
「初耳ですなぁ」
「べラールド王国とクリスト王国を関係より強固なものとなるでしょう」
「それは、それは、素晴らしいですな」
「戦争前でなければ盛大に祝いたいものだ!」
「ですな。戦争後には盛大にお祝いせねば」
リナリーは話が独り歩きし始めたことを感じ取り、表情を引き攣らせ、隣に座る自身の姉の足を踏みつけるのだった。
リナリーに踏まれた足の痛みに耐えかねたポーラが、声を小さくしてリナリーに話しかける。
「……リナリー、足が痛いわ」
「……」
「お姉ちゃんも悪いとは思っているけど」
リナリーとポーラがそんなやり取りをしていると、表情を曇らせた国王ハーケンスが眉間に人差し指を当てて考える仕草を見せながら呟く。
「さて、実現できたら良い話ではあるが……クリスト王は貴重な魔法使いでもあるリナリーを国外に嫁にやることはしないかの。婿に出すか……? いや、先程の話から察するに……そもそも、リナリーが望まんか?」
国王ハーケンスの呟きに反応したのは一番近くに座っていたポーラであった。ポーラは国王ハーケンスに少し近づき、声を小さくして話しだす。
「ですね……今のリナリーには思い人がおりまして」
「リナリーに思い人がの。話を聞く限り身分違いと、それはそれでクリスト王が頭を抱えておろうが……」
「今のリナリーは一人でも生きていけるほどの魔法使いに育っているので……気に入らない縁談を持って行くと、逃げてしまう可能性が」
「そうか、それは一番損が大きいの」
「そうですね。それがクリスト王国にとっても一番困りますね」
「困ったの。ラーベルクには後で話をするかの……うむ、戦争後にも面倒な事が出来てしまった。戦争で何とかうやむやにできんか?」
「いや、力ある大貴族の方達の耳に入ってしまいましたから……それも難しいかと」
「困ったのぉ」
「困りました。まさか、こんなことに」
リナリーは呆然としている中で、国王ハーケンスとポーラは静かに話していた。




