十二話 手を伸ばした。
アレンが渋い表情でローリエへと視線を向けた。すると、ローリエはアレンに詰め寄るように近づいて袖を掴む。
「ちょ……それはどういうこと?」
「んーすべて推測の域を抜けないんだけど。仮に俺の罪状が防衛情報の漏えいだとしたら、普通は死刑だ。国外追放はおかしい。だとすると、国外追放にしたのには国内で俺を殺せなかった、何らかの理由がある。その俺を国外に出てすぐにローリエは殺しに来たろ? それは俺が生きていると拙いからだ。つまり、口封じ。それでな、口封じしたことを外部に知られるのも拙いとは思わない?」
「そんな! 私はこの仕事が終わったら、王宮魔導師への推薦状を!」
「その推薦状は……ちゃんともらえたらいいな。こればかりは俺にも分からん、軍上層部がお前をどれだけ評価しているかによる。ただ仮にもらえたとしても……王宮魔導師は魔法が使えない上級貴族の就職先として有名で、人員がパンパンだと聞いたことがある。いくら軍からの推薦状があろうと男爵の次女が採用されるかは疑問がある」
「そんなっ……私は魔法の研究をするのが夢で……うう」
アレンの言葉を聞いたローリエは俯いき、手で顔を覆う。そして、そのままペタンと地面に座り込んでしまう。
哀れに思ったのか俯き座り込んでしまったローリエの肩にポンと軽く叩く。
「まぁ、しばらく俺は森で身を隠しておいてやるから……頑張って生きるんだな」
「……」
「アドバイスがあるとしたら、俺を殺すように命令した奴と会う時は念のために逃げる準備は十分に整えた方がいいな」
「……」
「さて、俺達は行こうかな。森の中で野宿するには準備がいるから」
アレンはそう言うとゆっくり立ち上がって森に視線を向けた。
そして、森の方に歩き出そうとしたアレンに対して、ローリエが呼び止める。
「待って」
「ん? その鞄は……『ダーリラムの鞄』?」
アレンが振り返ると、ローリエは持っていた鞄を探っていた。鞄の中から大きなリュックが出てきた。
ちなみに、ローリエが持っていた鞄は『ダーリラムの鞄』と言い、時空間に物を収納できると言う便利な魔導具である。
「よいしょ……これ、持っていきなさいよ」
「おっと、それは?」
ローリエはダーリラムの鞄から取り出したリュックを重そうに持ち上げて、アレンへと渡した。アレンはリュックを受け取ると、中身を探ってみる。
リュックにはカンパンのような保存用食料と塩、瓶に入った水、ロープ、サバイバルナイフ、寝袋が入っていた。
「アンタが森へ逃げた時、追跡するために……食糧やら野宿する道具を持ってきていたのよ。よいしょ」
「おぉ。もらってもいいのか?」
「構わない。私には……必要なくなったし」
「そうか……そうだな。お、塩も水も多く入っているな」
「塩と水さえあれば……魔法使いならどこでも生きていけるでしょ?」
「そうだな。ありがとう。あぁ……そういえば渡すのを忘れていたな。これ」
「そうね」
アレンは火龍魔法兵団の長である証のペンダントをローリエへと手渡そうとしたところで、手を止めた。
「あ、ちょっと待って」
「ん? どうしたのよ?」
「いや、忘れていた【リセット】」
火龍魔法兵団の長である証のペンダントを手にしながら【リセット】と呟いた。すると、剣の形をしたペンダントの中央にあった赤色の石が一瞬光って、消えた。
「何をしたの?」
「いや、この火龍魔法兵団の長である証のペンダントは魔導具でな。正直あまり使っていなくて忘れていたが……一応登録した兵団員の生存を知ることができる機能があるんだ。もしかしたら、この魔導具に俺の生存を知る能力もあるかも知れん。だから、一応リセットしておいた方が安全かなと思ってな、ほら」
アレンは手に持っていた火龍魔法兵団の長である証のペンダントをローリエへと渡した。ローリエはペンダントを受け取ると興味深げ観察を始める。
「へーそうなのね」
ローリエにペンダントを渡した時に、アレンは自身の右手の人差指に着けられていた指輪が目に留まり、思い出したように口を開く。
「あ……そういえば、この指輪はどうやって外せばいいんだ?」
「指輪? それは……」
「知っているのか? どうやら、この指輪の所為で魔法が使えなくなっているみたいなんだが」
「魔法が使えなくなる魔導具……まさか『バーゼルの指輪』? 確か、その指輪は昔どこかの遺跡で発見された魔導具よ。けど、魔力を一定以上使えなくする効果があると聞いたわよ。だから、一応魔法を全く使えない訳ではなく、下級魔法くらいまでなら使えるんじゃないかしら……けど、アンタがなんでそんな魔導具を?」
「いや、いつの間にかつけられていたんだよ」
「そう……だけど、その魔導具はここでは外せないわ。外すのにも専用の魔導具が必要だったはずだから」
「そうか……なら仕方ないな。一応下級までの魔法は使えると、ここでわかっただけでよかった」
「え? ちょっと待って?」
「どうした?」
「もしかして、私と戦った時もその指輪を着けていたの?」
「そりゃ……外すことが出来ないんだから着けていたに決まっているだろう?」
アレンは何を当り前なことを言っているんだと言った様子だった。
ただ、ローリエは頭の中ではアレンと自分の戦いを思い返されていた。
え?
私が上級の魔法を複数回使ったにも関わらず、魔法も装備もほとんどない状態のアレンに完敗したいたというの?
あの人間離れしていたアレンの動きは魔法の補助とかなく、自身の身体能力のみで実現していた?
どうやって……?
分からない。
いや、たぶん私が全く想像できないレベル……。
火龍魔法兵団の副長達の強さが圧倒的であることはよく聞いていた。
それでも、その副長がどんなことをやってのけたのか聞いても……私にもいつかできると思うことができた。
しかし、アレンが涼しい顔でやってのけたことは、私に絶対にできないと最初から思ってしまっている。
火龍魔法兵団の中で団長であるアレンが一番とんでもなかったんだ。
よくよく考えると、当たり前なのか……弱者に強者である副長達が付き従う訳がないのだ。
そう考えが至ったと同時にホランドの言葉が蘇る。
『貴方様が居なくては……サンチェスト王国は帝国に近い将来滅ぼされてしまう』
聞いた時は何を馬鹿なことを言っているんだと思った。しかし、アレンの力を思い知った現時点ではまんざら虚言ではないのではと、漠然とした不安が私の心に重くのしかかってくる。
しばらくローリエが黙って考えを巡らせていると、アレンは冒険者達を引き連れてユーステルの森へと歩き出していた。
「じゃ……俺らは行くわ。お前も達者でな。そうだ、王都のフータスという酒場にバジルという奴がいる。もしもの時はそいつを頼るんだな。俺の名を出して、いい酒と金を渡したら逃げ道くらいは用意してくれる」
アレンはそう言い残して、ユーステルの森の中へと入って行った。ローリエは小さくなっていくアレンの背中へと自然に手が伸びそうになるのをぐっと堪えていた。




