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暴竜再臨  作者: 瀬川弘毅
6/6

6 エピローグ

「そんなことがあったんですね」

 病室のベッドで半身を起こし、宮川菜穂子はぽつりと言った。事件の一部始終を聞き、体から力が抜けてしまったかのようだった。

「あなたには、本当に申し訳ないことをしてしまいました。何度謝っても済むことではありません」

「気にしないで下さい。元はと言えば、宮川さんを操ろうとした永山が悪いんですから」

 彼女が深々と頭を下げた先には、椅子に腰かけた和泉蓮の姿があった。クラゲの能力者となった宮川に襲われ、彼は一度生死をさまよっている。それでも、恨みに思う素振り一つ見せなかった。

 あの後、付近で待機していた軍の小隊がビルへ突入し、永山を逮捕した。建物内に潜伏していた西岡も取り押さえられ、彼女が拉致していた第三世代の能力者たちは無事に解放された。

「今日俺が来たのは、宮川さんに伝えたいことがあったからなんです」

「私に?」

 他意のない、きょとんとした表情を浮かべた宮川へ、蓮は居住まいを正して語り始めた。

「ラードーンの精神世界に意識の一部が入り込んだとき、吸収された他の能力者たちの魂が見えました。その中に高校生くらいの少年もいました。あなたにとてもよく似た顔立ちの、素直そうな子でした」

 宮川が目を見開いたのに、蓮はあえて気づかぬふりを通した。

「永山は蝙蝠の異能に加え、『捕食した能力者の力を取り込む』という特殊能力を得ていました。多分、先代のラードーンであった息子さんの血液成分を自らに投与し、計画の要となる力を手に入れたんでしょう」

 ただ淡々とした口調で、真実を告げる。

「俺たちの意識が覚醒したとき、息子さんも共鳴して目を覚ましました。だいぶ弱っていたように見えましたが、彼は自分なりに、ラードーンの邪悪な力に精一杯抗おうとしていたんです」

「…大輔」

 静かに目を伏せ、宮川は息子の名前を呼んだ。声は震え、嗚咽交じりになっている。彼女の横顔は復讐に燃える戦士のものではなく、今では愛しい我が子を想う母親のそれになっていた。

「宮川さん。あなたの息子さんは、永山が言うような心の弱い人間では決してありません。彼の意識はラードーンの精神内でも存在を保ち続け、ずっと抵抗し続けていました。それを伝えておきたかったんです」

「…ありがとう」

 声音は涙に濡れていた。しかし、雨上がりの空のような明るさを孕んでいた。天から差し込む光は、降り始める前よりも眩しく見えた。

「私もようやく、過去を乗り越えて前へ進めそうです」

 泣き笑いの表情を浮かべた宮川へ、蓮は無言で、しかし微笑んで頷いた。


「お前たちにも聞かせてやりたかったよ。あいつの声を」

 しみじみと呟いた澤田を、松木は心底羨ましそうに見た。負傷して決戦に参加できなかった彼には、突然現れたという光の銀狼をイメージするのが難しかった。ベッドに寝ころんだまま想像を働かせてみるが、どうも現実味が湧かない。

 今日は彼が退院する予定の日である。それを祝うために、澤田と白石も駆けつけたというわけだ。

「藤宮は元気そうでしたか?」

「ああ。自分を殺したペガサスの魂を見ても、動揺してすらいなかった。相変わらず肝が太い奴だ。命を賭してユグドラシルを守ったことを、全く後悔していないように思えた」

「あいつらしいですね」

 顔を見合わせ、二人は屈託なく笑った。

「ところで、藤宮猛がどこに行ったか知らないか。彼もこの辺りの病室に入院していると聞いたんだが」

 思い出したように問うた澤田に、松木は苦笑しつつ答えた。

「彼なら、ついさっき退院して行っちゃいましたよ」

 事件の真相を聞かされ、自分が永山に利用されていたに過ぎないことを知ると、藤宮猛はどうにも落ち着かなくなったらしい。兄の死の責任を政府軍に求めるのも馬鹿馬鹿しくなってきたし、自分のしたことがひどく無意味に思えたのだそうだ。怪我を負わせてしまった松木に一通りの謝罪の言葉を述べると、そそくさと病院を飛び出してしまったという。

「『兄の分も、俺が頑張って生きようと思います』と言ってました」

「そうか」

 彼とも少し話をしたい気分ではあったが、それならばしょうがない。

「思い立ったらすぐ行動に移すところは、兄貴譲りだな」

 この世界のどこかで、藤宮猛は兄の想いを受け継いで生きている。澤田は心の中で、新

たな一歩を踏み出した彼にエールを送っていた。


病院を出てから少し寄り道をした。政府軍ではなく、討伐隊の宿舎へと足を向ける。一階の休憩室へ入ると、佐伯雅也が腕時計を睨んでいた。澤田に気づくと顔を上げ、二人は小テーブルを挟んで椅子に腰かけた。

「政府が永山に行った取り調べで、新たに分かったことがある。お前に伝えておきたいと思ってな」

「聞こう」

 テーブルの下で足を組み、佐伯は鋭い眼差しを投げかけてきた。彼に明かすのは少々ためらわれる事実だったが、かといって自分たちがしようとしたことを闇に葬るのは、澤田の信条に反していた。息を小さく吸い込み、口火を切る。

「以前、お前を仲間に引き入れようとしたことがあっただろう。おかしいとは思わなかったか?軍と対立関係にある討伐隊に所属していたお前が、呆気なく信用されて能力の移植手術を受けられたのは」

「回りくどい言い方はよせ。何が言いたい」

 やや苛立った素振りを見せ、佐伯は催促した。彼はこの後、第十八班の仲間たちと会う予定があった。事実関係の確認にあまり時間をとりたくはなかった。

「つまり、こういうことだ」

 気を取り直し、澤田が続ける。

「あのとき、俺たちの知り得ないところでNEXT上層部の思惑がはたらいていたらしい。永山をプロジェクトリーダーとする彼らは、逃げ出した和泉蓮の代わりにお前をラードーンの器にするプランを立てていたそうだ。当時、特殊部隊は獅子の能力者の回収に手間取っていた。新参者で信用ならないと判断されたお前に、第二の策として白羽の矢が立ったわけだ」

「…そうか」

 四年前の真実を聞かされ、佐伯は重々しい動作で首を縦に振った。

「体に電子チップを埋め込まれたりして、やけに警戒されているとは感じていたが。まさか、永山に目をつけられていたとは」

「…すまなかった」

 出し抜けに、澤田が深く腰を折った。額がテーブルの板にぎりぎりつかない程度の礼は、後悔と謝罪の意思を表していた。

「知らなかったとはいえ、俺たちはお前を化け物へ変える一助となるところだった。こればかりは、恨まれても仕方がないと思っている」

「構わないさ。俺が選んだ道だ」

 けれども、佐伯は大して気にした様子を見せなかった。過ぎたことに拘泥してもしょうがない、と言いたげな姿勢に、澤田の気分は少し晴れた。

「そういえば、俺の方でも一つ分かったことがある」

「何だ」

 俯いていた顔をおもむろに上向け、澤田は僅かに身を乗り出した。話題を提供する側が逆転していた。

「藤宮猛にいくつか質問したところ、奴の生まれ育った村は俺の故郷でもあるようだった。正確には少しだけ距離が離れているが、ほとんど同郷と言っていい」

 澤田は軽く目を見開き、彼の言葉に耳を傾けていた。

「もし運命が少し違ったものになっていたら、俺も彼や、彼の兄と同じ道を辿っていたかもしれない。ある意味、俺たちは似た者同士だった。スパイダーによって家族を奪われ、失ったものを取り戻すために戦い続けてきた」

「藤宮猛はこう言っていた」

 ぽつりと澤田が呟く。

「スパイダーに村が襲われたとき、兄は自分を庇って行方不明になったと。そして重傷を負った藤宮悟は政府軍に命を救われ、代わりに能力者となって忠誠を誓ったらしい」

 夕暮れ時の一室を、束の間沈黙が満たした。

 スパイダーの暴走が残した爪痕は大きく、人々を悲しみの底に突き落とした。しかし歳月は流れ、現在では残るスパイダーの頭数はあと僅かとなっている。破壊された街も復興し、人類は元の暮らしを再建しつつある。

 失ったものは数多く、癒えることのない悲しみを抱える人もいる。それでも、彼らは懸命に明日へと踏み出そうとしていた。

 二人はふと、あのとき現れた銀狼の幻を思い出した。藤宮は、自分の死を決して悔やんではいなかった。弟を庇って深手を負ったときのように、彼はユグドラシルと岩崎を守り抜いて散ったのだ。考えてみれば、藤宮らしい生き様だったとも思える。

「…散っていった者たちの魂を受け継ぎ、精一杯生きよう。それが俺たちにできる最大限のことだ」

「間違いない」

 ややあって口を開いた佐伯に、澤田が頷く。それで、この場はお開きとなった。


 退院した妻を車で送り届け、ようやくの帰宅である。ここ数日間は軍の作戦本部に寝泊まりしていたため、久しぶりの我が家であった。

「おかえり!」

 一足先に帰っていたユグドラシルが、笑顔で二人を出迎えた。政府軍の厳重な警備の中でしばらく過ごしていた彼女は、自由を取り戻して本当に嬉しそうだった。

「ただいま」

 にっこりと笑って、岸田が愛娘の歓待に応える。正確には養子に近い関係なのだが、彼らにしてみれば似たようなものだった。

 彼の側には岩崎の姿もある。無理やり能力者にさせられた際、強い薬品を投与されたせいだろうか。少しやつれたように見え、顔色はあまり良くなかった。治療の結果、永山が用いた薬品の副作用をどうにか乗り越えたところであった。

 彼女に肩を貸し、岸田は寝室へ連れて行った。ベッドに座らせて一旦手を離すと、今度は優しく抱き寄せる。

「本当に、無事で良かった」

 愛情に満ちた抱擁に、岩崎は抗おうとはしなかった。リラックスして体を委ねた彼女の下腹部へ、そっと指先が伸ばされる。

「もう友美一人の体じゃないんだ。無理はするな」

「分かってるわ」

 微笑んで岩崎が答える。夫の手のひらの下では、芽生えたばかりの小さな命が胎動していた。

 永山が自宅を訪ねて来たとき、岸田はユグドラシルを連れて買い物に出ていた。普段ならば、彼はそんなことはしない。妻を置いて遊びに行くなど言語道断である。だが、岩崎が妊娠初期であるなら話は別だ。彼女はその日、つわりで体調がすぐれず、外出できそうな状態ではなかった。永山の前では自然に振る舞っていたが、本当は少し無理をしていた。

 通信制学校のテストを終えたユグドラシルに、岸田はプレゼントを買ってやる約束をしていた。妻を気遣いながらも、「なるべく早く戻る」と出かけた次第だった。その矢先に事件は起きたのである。

「大丈夫。お医者様は、今回の件でこの子に影響はないと言っていたもの」

 そこで声を潜め、岩崎は楽しそうに笑った。

「あなた、ユグちゃんにはいつ教えてあげるつもりなの?」

「もう少ししたらだ。ビッグ・サプライズにしてやろうぜ」

 愛しい人の頬に軽い口づけをし、岸田は寝室のドアの向こうへ視線を向けた。その先には幸せな未来が広がっているかのようだった。

「妹が生まれそうだなんて聞いたら、あいつ腰を抜かすぞ」


「何とか一件落着って感じだな」

 やれやれとため息をつき、村上蒼真は政府軍の本部を後にした。色々と面倒な手続きや事情聴取に追われ、いい加減うんざりしていたところだ。

「あのブーツのこと、咎められなくて良かったね」

 彼の隣でうーんと大きく伸びをし、怜奈も同じく緊張から解放されていた。ブーツとは言わずもがな、二年前に村上が軍から拝借した特殊装備のことである。

「あれよりも高性能なモデルができたから、旧式の装備はくれてやるとか言ってたっけ」

 確か、神原と言ったか。やけに偉そうな口調で処分を言い渡してきた男に、彼らは良い印象を抱かなかった。

 ともあれ、一連の騒動は解決された。西岡直美に誘拐されていた第三世代の能力者たちも全員が救出され、まずは一安心といったところだ。

 敷地を出てすぐのパーキングエリアの隅に、漆黒の大型バイクは鎮座している。慣れた手つきで同乗者にヘルメットを手渡し、村上は愛車へ跨った。

「さてと。どこへ行こうか」

 まだ日は沈んでいない。恋人たちにとって、別れるには早すぎる時間帯だった。それに、怜奈は地方から上京してきて一人暮らしの身である。門限はないに等しい。

「ちょっと休みたいかな。一日中動き回って、さすがに疲れちゃったから」

「なら、怜奈の家に寄ってシャワーを借りさせてもらってもいいか。ついでに、少しゆっくりしたい」

 後ろを振り向き、村上が悪戯っぽく笑いかける。その台詞が暗に意味するところを察して、怜奈はかあっと赤くなった。

「…信じられない。あれだけ死にそうな思いをして戦った後なのに、まだ余力があるなんて」

 恥じらいの表情を垣間見せながらも、彼女は拒絶しなかった。

「お楽しみはまだまだこれからだぜ」

 にやりと笑い、村上はスロットルを握る手に力を込めた。バイクが滑らかに発進し、夜が訪れかけている街を颯爽と駆け抜ける。

 最初にデートしたときも、家に上がらせてもらってシャワーを借りたっけ。都会の闇を切り裂いて疾走しながら、村上は二年前の出来事を回想していた。

 あれから時は経ち、いくつもの幸せと苦しみを乗り越えてきた。より強い絆と愛で結ばれた恋人たちは、やがて暗闇に溶けるようにして見えなくなった。


 「寄り道」と述べたからには、その後に別の目的が控えているのだ。澤田剛も例外ではなかった。

 佐伯が足早に立ち去ったのを見届け、彼はゆっくりと腰を上げた。洗面所に入って軽く身だしなみを整えてから、いつになく引き締まった表情で上階を目指す。

 エレベーターから下りると、相手はすぐそこに立っていた。

「澤田さん、お疲れ様です」

「ああ」

 パンツスーツ姿の白石は、彼を見て顔を輝かせた。かと思うと、きょとんと首を傾げてみたりする。

「それで、話って何ですか?」

「ちょっと来い」

 言うが早いか、澤田は彼女を廊下の隅へと引っ張っていった。心なしか、彼の顔は火照り気味であった。

 いまだ怪訝そうにこちらを見つめる白石へ、思い切って切り出す。

「お前、プールに行った時に言っていたよな。いつか俺とデートしたかった、とか何とか」

「あっ、そ、それは、あの」

 勢いでつい口走ってしまって…等々、彼女はごにょごにょと言い訳を並べ立てた。平静さは完全に失われ、頬は真っ赤に染まっている。

「ごめんなさい、迷惑でしたよね。忘れてください。私も、忘れられるよう努力しますから」

 我ながら、何て軽率な行動を取ってしまったのか。今頃になって、白石は猛省していた。

 軍の部隊にいた頃は、能力者たちに自由な行動は認められていなかった。四年前に零二の補佐として働き始めてからも、司令が取り組んだ改革は難航することも多く、仕事に追われてあまり時間が取れなかった。神原康成との意見の衝突も含め、軍には零二を快く思わない人物もいたのである。

 そんな折、久々に休暇を貰えて白石は舞い上がっていた。少々刺激的な水着に着替えたのは、気持ちの高ぶりもあっただろう。想いを寄せる人と一緒に羽を伸ばせるというのは、この上なく幸せなことだった。

 しかし、結果として相手を白けさせてしまっては意味がない。今回ばかりは自分の不甲斐なさを呪った。

「…忘れられるものか」

 続く台詞に、白石は思わず耳を疑った。ウサギの能力者ゆえに高い聴力を発揮できる彼女が、聞き間違うはずもなかった。

(あれっ?)

 予想された呆れや叱責ではなく、照れ臭さの入り混じったような感じの告白だった。恐る恐る見上げると、澤田は思い詰めた顔をしていた。

「白石、今まですまなかった。俺は自分の責務に追われ、お前の気持ちに気づいてやることができなかった。いや、心のどこかでは薄々気がついていたのかもしれない。俺は、お前の気持ちと真摯に向き合うことから逃げていたんだ」

「そんな、何で澤田さんが謝るんですか」

 動揺し、白石はしどろもどろになりながら言った。一方では、胸の奥が熱くなるのを感じる。

 プールにて、澤田は白石のやや大胆なアプローチからすぐに話題を逸らしてしまった。当時はそれを寂しく思ったものだが、彼は記憶の片隅に、白石の示した想いをしっかりと留めていたのだ。それ以前だって、彼女を意識していないわけではなかった。

(私のこと、ちゃんと見てくれていたんだ)

 戦闘能力は低く、特殊部隊では戦績最下位の落ちこぼれで。零二の秘書を務めるようになっても、時々ミスをしてしまったりと不器用な面が隠せなくて。そんな矮小で取るに足らない自分を澤田はいつも支え、力になってくれていた。大切な仲間として思っていてくれていた。その本音が聞けただけで嬉しくて、不意に目頭が熱くなった。

「明日の予定は空いているか」

「えっ?」

「だから、明日の予定は空いているかと聞いてるんだ」

一人で感動に浸っていて、白石はまたしても重要な言葉を聞き漏らしてしまった。澤田は根気強く、似たような台詞を繰り返した。

「まだお盆休みは一日残っている。試しに、俺とデートしてみないか」

 ウサギの能力者は一瞬ぽかんとしたのち、双眸を潤ませた。願ってもない喜びに震え、満面の笑みをつくる。今回の事件で潰れてしまった休暇を仕切り直すのに、これ以上素晴らしい提案があっただろうか。

「もちろん、お受けします!」

 

「それにしても、渚が無事でほんまに良かったわ」

 第十八班のメンバーは、森川と井上の居室に集まっていた。澤田とのちょっとした会談を終え、佐伯も今しがた到着している。

「もう、綾音ったら。さっきからそれしか言ってないじゃない」

 しみじみと同じ台詞を繰り返す親友に、渚はちょっと困ったように微笑を向けた。四人は彼女たちのベッドに適当に腰掛け、ようやく幕を閉じた一連の事件を振り返っているところだった。

「佐伯君もありがとうね。うちの提案を聞き入れてくれて」

「礼なら和泉の父親に言ってくれ」

 感謝の眼差しを向けてきた森川へ、佐伯はいつも通りの素っ気ない返事をした。

「もっと戦闘経験の豊富な隊員を行かせるべきだ、との反対もあったが押し切ったらしい。ユグドラシルの替え玉にするには、お前が一番適任だと判断されたようだ」

「何なん、それ。うちが年下の子供みたいって言われてるみたいやん⁉」

 素っ頓狂な声を上げて抗議した彼女に、皆は笑い声を上げた。おそらくユグドラシルと年齢が近いことも決定に影響したのだろうが、さほど身長が高くない森川は女子高生と偽っても通用しそうな感じがある。

「とにかく、万事上手くいって良かったじゃないか」

 まあまあ、と場を取りなすように蓮が言う。彼の方を向いて、渚は可憐な笑みを浮かべた。

「蓮君と佐伯君も、助けに来てくれてありがとう。皆のおかげだよ」

「大したことじゃないって。それに、永山を倒せたのは俺たちだけの力じゃない」

 あの決戦の地で起こった出来事は、今となっては信じがたい。眩い光に包まれた獣たちの幻影が現れ、なおかつそれぞれが過去の能力者の魂を宿していたのだから。

「藤宮をはじめ、四年前の戦いで散った能力者たちが力を貸してくれたんだ。あいつらがいなければ、ラードーンを止めることはできなかったと思う」

「全くだ」

 その場にいた者同士、佐伯にも感じ入ることはあったのだろう。両雄は頷き合い、幻想的な体験へ思いを馳せた。

「うち、その話もっと詳しく聞きたいな」

「私も!」

 他の二人も興味津々で会話に加わり、話題はやがて他愛のないものへと移ろっていった。


 NEXT解体から四年が経ち、スパイダーの巣が自然崩壊するタイムリミットは残り一年を切っている。

 若き戦士たちが休息の時を過ごしている間にも、各国はそれに向けて対策を進めている。できる限り大気環境を改善し、巣が取り払われても人類が生活するのに支障がないようにしなければならない。糸がエキス化する前に巣を撤去し、専用の処理施設で安全に保管する計画も進行中だ。

 まだまだ課題は残されている。人々が乗り越えなければならない試練は、終わったわけではない。一度破壊された自然を取り戻すには、相応の努力が要求される。

 しかし、それを成し遂げたとき、この世界の箱庭の歴史は終幕を迎える。そしてまだ誰も知らない、新しい未来が切り開かれるのだ。


 最後までお読みいただき、ありがとうございます。「汚された箱庭」シリーズはこの第三部をもって一旦完結とさせていただき、次は新しい小説に取りかかりたいと考えています。

 いかがだったでしょうか?

 僕が「汚された箱庭」でテーマの一つとして取り上げたことに、「過去との対峙」があります。主人公の和泉蓮をはじめ、登場人物たちには重い過去を抱えている者が多くいました。彼らが自分自身とどう向き合い、乗り越えていくかを描けるよう努力したつもりです。

 今作「暴竜再臨」でもその原点に立ち返り、キャラクターが再度過去と向き合うようなストーリーにしました。四年前に戦ったのと同じ能力者が現れたり、藤宮が復活したり(正確には彼の弟でしたが…)と、そういった要素を多数取り入れてみました。

 もちろん、それだけではありません。四年前の戦いにおいて、ラードーンの設定はもう少し掘り下げれるのでは?と考え、さらに新事実が明らかになるなど怒涛の展開にしております。

 楽しく読んでいただけたのなら幸いです。よろしければ感想・レビュー等もお願いします。

 では、また次回作でお会いしましょう。

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