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境界線上の魔王

境界線上の魔王

作者: あかね

 村の小さな祭りに吟遊詩人はふらりと現れた。広場の一角で、見慣れぬ楽器の弦を鳴らし、にこりと笑う。


「なにをお望みですか?」


 多くの見物人の中から、興味深そうに吟遊詩人を見る少年に問う。

 その答えに応じて、吟遊詩人はかく語る。




 境界線上の魔王




 この国にある道に果てはあるのかと問われれば、あると答えねばなりますまい。

 ひとつは雪山に閉ざされ、ひとつは森の中に消え、ひとつは大河に阻まれ、道の数ほどに果てはあり、さまざまな理由で途絶え、人の世はここまでと語られましょう。

 皆様が御所望の悪名名高き境界線の魔王の話も道の果てより始まります。



 それは西方の最果ての荒野に立ちし男の物語。

 彼はその道の先に棒ひとつ持って立っていました。

 それより先は木陰もないただ一面の荒野で、風が吹き抜ければ砂塵が舞うような水さえも乏しい地。

 最初に彼を見つけたものは、冒険家でした。世界の最果てを目指し、たどる道程で彼に出会い立ち去りました。

 それは皆様もご存知の“道を知るもの”ラドの三番目の冒険譚に語られ、創作のものとして現れました。



 それは道の番人の物語。

 再び、彼を見つけたのは、冒険譚のうちに真実があると信じた王の命により差し向けられた騎士たち。

 木のように動かない男はまだ若く少年と言っても過言ではないようでした。

 騎士たちは、男を連れて行こうとしましたが、彼は首を振り答えました。

「ここより先は、人去りし地。その先を行くものを止めるのが役目ゆえにここより動くことは叶いません」

 王への確かな証として、男は騎士にその髪と手に持っていた棒を渡しました。

 こうして、彼は創作として表れ、現実として認識されたのです。

 そして、彼をみにいくものたちが現れたのです。

 道を越えてゆこうとするものも。




 それは境界線上の魔王と呼ばれる男の物語。

 そこまでたどる道は消えそうになく、彼よりあとには道がありませんでした。

 彼は変わらず、捧を携え立ち、問います。


「ここより先は、人去りし地。その先を行くものを止めるのが役目ゆえ、行くなら証明してみせて」


 そう言い捧で自分と相手の間に線を引きます。


「僕を超えられるくらいに強いことを」


 それでも超えることを選択したものもいます。しかし、打ちかかる剣も銃も魔法も一呑みしてしまいます。


「ごちそうさまでした」


 無表情に手を合わせ、打って変わった笑顔で、彼らがここまでたどった道を指し示します。


「おかえりはこちらですよ」


 振り返った瞬間、足元にぽっかりとあいた穴に落ちるのは騙されたような気分で。

 たどり着くのは我が家。




 こうして、強いものがいると知れ渡り、命知らずなものどもが彼に挑み追い返されてきたのです。

 道の行く先を知りたがるものたちも訪れ帰っていったのです。

 しかし、まれに帰らぬものたちがいましたが、それは魔王に食われたのだと噂されています。

 真実は帰ってきたもののみ知るものでありましょう。

 彼らは、道の果てに立つ番人であり、その先に進もうとするものを阻むものをいつのころか、こう呼ぶようになりました。

 境界線上の魔王。




 続きはないのかという言葉に詩人は、また今度、と笑って答え立ち去った。

 次に詩人が向かったのは、西方の最果て。


 境界線上の魔王と呼ばれる男が立つ地。しかし、近づくにつれて様相が聞いているものと違うことに気がつくだろう。荒野と呼ばれた地にできた小さな町と周りの畑。まだ細いが、しっかりとした木々が道々に植えられている。


 町に近づくと入ってすぐにある見張り台の上から大きく手を振られる。詩人はそれに手を振り返す。


「あの人は丘の上にいますよ」


 町に入ると詩人が問うより先に見張り台から声が降ってくる。それに礼を述べて、町を通り抜けた先の丘へ向かう。土だけだったこの丘もわずかに緑が増えている。一番頂上に一本の木と座った男の姿が見えた。

 詩人に気がつくと男は手を振った。


「久しぶりだね」


 男はのんびりとした口調で言い、少しだけ口元を緩めた。

 その男こそ、境界線上の魔王。

 詩人の唄の主役であり、帰れないものたちを見捨てられない優しい番人。

 若いと言われる男の上にもひそやかに時間は降り積もり20代も半ば程度に見えた。何をしているのかと手元を覗けば、大きな剣を作っているようだった。材質は木材でその太さの木はここら辺にはない。


「どうしたんです。それ」


「商人に聞いたら持ってきた。交易するかは俺の仕事じゃないから知らない」


 そう言いながら木刀にまとわりついている木屑を払う。

 最近は捧ではなく、木材から自分で削り出した木刀で立つことが多いと詩人は聞いていた。だが、実際に作っているところを見るとなんだか変な気がした。


「座ったら? 皮袋に水が入っているから飲めばいいよ」


「あとで井戸からもらってきますよ」


 笑いながら詩人は隣に座る。ほんのわずかに植物の匂いがする風が気持ち良い。


「君の唄の噂は聞いているよ。ほどほどにしておいてほしいな」


 作業を再開しながら、男は世間話のようにその話題を出した。詩人が顔を出すたびに同じ話題から始まる。お互いに懲りもしないので、定型文のようなものだ。


「経済活動です。それにウケもいいですし」


 詩人が唄の使用料かわりに小袋を出すのも。軽く振ると金貨の鳴る音がする。小銭を持ち歩くことも不便で、為替は商人が定着はしていないこの地では意味がない。ならば、一番軽い形にするのが一番と思っている。


「お金は必要でしょう?」


「……まあ、それはそうだけどね。ありがとう」


 男はなんともいえない顔で小袋見て、懐にしまう。そして、また、木を削り出した。


 眼下に広がる町は平和だ。そんな様子に打倒魔王を目指すものは面食らう。そして、魔王に挑もうとしても昼ならば誰も妨げない。見張り台から道を通り抜けようとするものを知らせたり、夜は門を閉じて町から出さない。その程度だ。


 しかも、この男は敵がそこにいるとわかっているのに倒しにいったりしない。


 男は道の番人であり、それ以外は基本的に何もしないということを徹底している。


「そんなにこだわる意味がわからないよ」


 詩人は顔を男に向けた。まさしく、今、思ったことを当てられたのかと思った。だが、全くこちらをみていない様子にどうも違うらしいとあたりをつける。


「他にも良い題材はいるだろうに。こんな辺鄙なとこまでくる必要なんてないと思うけど」


 首をかしげる仕草はどことなく、子供っぽさを残している。それは人のいないところに長くいすぎたせいだろうと詩人は思っていた。あまり感情を隠すことができない、という点で。もっとも、人、であるかどうかという問いは煙に巻かれて回答は得られていない。


 最初のラドの三番目の冒険譚など、300年も昔と言われる。最も新しいこの地に残ったものの話は、20年はたつというから人ではない気配が濃厚だ。


 もっとも人であろうとなかろうと、詩人にとっては唄になれば良い。


「わたしは、この唄で名を残したいのですよ。百年先までもね。貴方がこの道を離れないのと似ていると思いますよ」


 詩人は独り言のように答えた。

 男の返答はため息だった。

 しばらく木を削る音が続いていたが、思い出したかのように問われる。


「そういえば、名前知らないな」


「セフィラ、特に意味のない言葉ですよ。各地の言葉を聞いてきたわたしが言うのだから間違いありません」


 彼は少し、笑ったようだった。そして何かを言おうと開いた口は、そのまま閉じられた。そのまま視線を遠くに向ける。

 詩人の耳にも遠く、鐘の鳴る音が聞こえてくる。


「またあとで」


 その声を残して、姿は消えていた。

 詩人は帰ってくるまで待つかと荷物から楽器を出し、調律をし始めた。

 そして、数日して詩人はまた、旅立つ。大陸中に広げる唄を携えて。



 それから何年もして、小さな町の祭りに吟遊詩人は楽師をつれて現れた。広場の一角で、楽師がたどたどしく見慣れぬ楽器の弦を鳴らし、詩人がにこりと笑う。


「なにをお望みですか?」


 もう大陸全土で広がった「境界線上の魔王の唄」を望まれ、楽師は少し顔をしかめた。

 詩人は何度も繰り返し語った、境界線上の魔王の唄を楽しげに謡う。

 最後に問われる、続きはないのかという言葉に詩人は、少し困ったように続けた。



 それは最果ての王と呼ばれた男の物語。


 西方の最果てに興った国のことはご存知でしょうか。かつて、境界の魔王と呼ばれた男を主を仰ぐその国の名は、セフィラ。

 今は最果ての王と呼ばれる男は、玉座に着くことに条件を出しました。


「王へと望むのならば、国の総意として、境界を越えさせるものを阻み続けることを条件としましょう。そして、許されるならば、世界を見てみたい」


 境界を守るものがいるならば、今までその地にいたものは離れることも許されるでしょう。

 セフィラはその意思を継ぎ今も境界の守りを絶やさず、旅に出た王の帰りを待ち続けています。



 朗々とした声音が広場に広がり消えた。詩人は帽子をとりお辞儀をした。


 盛大な拍手と共にその帽子には多数の貨幣が投げ込まれ、重たげになる。そうしているうちに別の余興に人がさって行き広場に詩人と楽師だけが残る。楽師は扱いなれないように弦をはじいて正しい音をなぞるように練習し始めた。その愛想のない横顔を眺めて詩人は今まで聞かなかったことを訊ねた。


「ひとつ聞いておきたいことがあるのですが」


「ひとつなら」


 楽師は首をかしげた。


「なぜ、私の名を国につけたんです」


「……名前、残したいっていってたから」


 詩人はあっけにとられたように口をぽかんと開けて、ついで腹を抱えて笑った。


「私は、詩人として残りたいのです。ですが、いただいておきましょう。名も無き主」


 楽師は不機嫌そうにそっぽをむいた。

 後に詩人は謡をこう締めくくるようになる。



 それは、番人、道の守護者、境界の魔王、最果ての王、多くの名を持ち、名を変え、けれど自らは一度も名乗らなかった男の物語。

色々捜し物をしていたら発掘しました。吟遊詩人のイメージは某ロマンスなサガ系です。

連載の誓いの価値の1話とは同タイトルですが内容は異なります。

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