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『ワォーン』
遠くから犬の鳴き声が聞こえる。
遠吠えと言った方が正しいのであろうか。
それに犬とは少し違う気がする。
僕は夕飯を家族で食べていた。
父さんと母さん、そして妹の四人である。
父さんは公務員で役場勤め、母さんは美容師でどうやら、父さんが美容室に髪を切りに行ったときに知り合ってそうだ。
今となっては、美容室に父が行くイメージは全く無いのだが、昔はおしゃれに気を使っていてカッコ良かったと母さんは言っている。
妹は僕と正反対で明るく家族で夕飯を食べている時には、ずっと喋っていて、いつ食べているのか不思議なくらいである。
『ワォーン』
するとまた鳴き声が聞こえてきた。
「何の鳴き声かしらね。犬とは違う気がするけど」
「犬じゃないか、犬以外に何がいるっていうんだい?」
「そりゃそうだけど」
父さんと母さんが話しているのを聞いていた僕は妹が静かなのに気づいて妹の方を見るとスマホを必死に捜査していた。
「ご飯食べる時くらいスマホ辞めたらどうだ」
僕は妹に注意した。
まるで父親みたいだな。
心の中で呟いてみた。
本当の父親は年頃の娘に気を使ってかあまり注意をしたりしない。
「友達とSNSでやり取りしてるの。やり取りする相手がいないお兄ちゃんには分からないよ」
と一蹴された。
妹の言うことは当たっているから返す言葉も見つからない。
次の日、登校するとクラスではある事が話題になっていた。
何でもオオカミが出たらしい。
――昨日の遠吠えはオオカミだったのか。
そんなことを思っていると彩が大きな声で「おはよう」と言いながら教室に入ってきた。
彩は既に気の合う友達を見つけたようでその友達グループとの会話に入って行った。
僕は一人本を読んでいたが、ホームルーム前にトイレに行こうと席を立ったら彩がやってきて「どこ行くの?私も一緒に行く」と言い出した。
「トイレだよ。すぐそこだし、教室にいろよ」
「いいじゃん、トイレの前まで。ねっ」
手を合わせてお願いする彩に断ることもできず一緒にトイレに向かった。
教室を出るなり彩は僕に言った。
「駿君ってさ、オオカミ怖い?」
さっきの話か。
「実際に生で見たことないから分からない」
僕が返すと彩は「そっか」と言ってトイレまで口を開かなかった。
トイレに来るなりずっと僕についていた彩を「ここ男子トイレだよ」と突き放すと彼女は上を見て男子トイレの印に気づいようで「待ってるね」と壁に背中を預けた。
――男子トイレの前で待つ女子。おかしいだろ。
僕はもうそういうのに慣れてきているのか構わずトイレで用を足した。
放課後、校門前で待ち合わせと言ったが、同じクラスで席は隣。
別れて行く必要も無く一緒に歩いて行った。
もうまわりからの冷やかしの声は収まっていた。
――何だったんだよ。
僕は心の中で思うも、あまり気にしないことにした。
彩もトイレからの帰り道に言っていた。
「付き合っているか付き合っていないかの男女は皆が冷やかしたくなるものなの。でもそれは一過性の物。一緒にいるのが当たり前になれば誰も何も言わなくなるよ」
彩のそんな大人な言葉に尊敬を覚えるも、僕は思った。
――変な噂になって彼氏にバレたりしたらどうしようとか思わないのかな?
相手は大学生みたいだから、その大学生も僕みたいな子供のことは男として見ないものなのかな。
僕と彩は校門を出ると何を言うでもなく昨夜の公園に向かった。
何処へ行くのかなと思い彩に合わせて歩いていたらこの公園に着いたというわけだ。
「で、今日はどこ行く?カラオケ?映画?」
彩は楽しそうに僕に問うも僕はぶっきらぼうに答えた。
「どこでも良いよ」
そんな僕の態度もお構いなしに、彼女は言った。
「じゃあ駿君の家!」
「分かった僕の家ね」
………えーーー!
「急に言われても家散らかっているし」
「散らかってても良いよ。そのままの駿君の家を見てみたいし」
「そう言われても」
と首の後ろをさすった。
その後人悶着あったりし、結局僕が折れたのだが「ただいま」と家に帰り、既に帰っていた妹が綾を見ると妹は持っていたスマホを落とし固まってしまった。
「妹さん?初めまして彩です」
彩は頭を下げ挨拶した。
妹も我に返り挨拶すると「兄の何処が良いんですか」といきなり不躾な質問をした。
「バカ、失礼だろ。それにそういう関係じゃないよ」
妹は首を傾げると「どういうこと?」と問うた。
すると彩は「言葉で表すなら、親友かな」とほほ笑んだ。
妹は怪訝な表情で僕等を見たが、お構いなしに僕の部屋に行った。
部屋に入るなり彩は「綺麗にしてるんだね」と言いベッドに腰掛けた。
――人の部屋に入って、まずするのがベッドに腰掛けるって。
思ったが、何故か注意する気になれないのが綾の不思議なところなのであった。
僕はどうしても気になったので聞いてみた。
「前々から何度か聞いたことだけど、僕と一緒にいて君の彼氏は大丈夫なの。僕が彼氏だったら嫌だけど」
「あー、その話ね。嘘だよ」
――?
嘘って何のことだ。
「彼氏がいるなんて真っ赤な嘘。駿君といつまでも一緒にいたいから彼氏がいるって嘘ついたの」
「今一分からないんだけど」
「私に彼氏がいないってわかったら、何か嫌でしょ。私、彼氏作りたくないんだよね」
「どうして?」
「いつかは別れなくちゃいけない」
「ずっと続いている人たちもいると思うけど」
「それは普通の人。それに駿君は私の事そういう感じで見てないって分かったら正直に嘘って言ったんだ」
「どうして分かったのさ」
「どうしてって、異性を自分の部屋に招き入れていつもの感じってちょっとやばいよ」
「やばいって?」
「普通の女子からしたら、特に駿君の事を気にしている女子だったら少しショック受けると思うな。私の事、異性として見てもらえていないんだって」
「そうなのかな。おどおどしたりした方が男っぽくないような気がするけど」
「そういう態度の方が女の子は嬉しかったりするんだよ。でも駿君ってほんと異性に興味無さそうだよね」
「そんなこと…」
「ま、周りの女子が駿君に釣り合わないのかもね」
「どういうこと?」
彩は微笑むと窓を開けて空気を取り込んだ。
すると遠くの方から犬のようなそうでないような鳴き声と共に大人の怒号が聞こえてきた。
「何事だ?」
僕も気になり窓から外を除くと図鑑やテレビでした見たことのないオオカミを大人の男性が追いかけていた。
パッと見分からなかったが、目を凝らせばオオカミだと判別できた。
横を見ると彩が真っ青な顔をして震えていた。
僕は驚き、声を掛けようとすると、血相をかいて部屋から飛び出していった。
急な事に動揺するも後を追いかけようと部屋を出ると妹と出くわし「ドジったね」とニヤニヤしながら言った。
僕は「どこへ行った」と妹に詰め寄ると「外に出て行ったよ。泣きながらね」と答えた。
特に『泣きながら』のところを強調しながら。




