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「ねえ、デートしようよ」
僕は声の方を向いた。
ここは学校の理科室。
春の過ごしやすい陽気の中放課後の掃除を真面目に行っていた。
声の方を向くと一人の女子が立っていた。
理科室に似合わない健康的に肌の白い女の子だ。
満面の笑みで僕の方を見ている。
後ろを振り返るも誰もいない。
「僕?」
「君以外誰もいないじゃない。人体模型にでも話してると思った?掃除ばっかり疲れちゃった。だからデートに連れて行って」
ていうか誰?
それが僕の彼女に対する第一印象であった。
誰しもが思う事だと思う。
見ず知らずの女の子からいきなりデートの誘いなんてどうかしている。
「掃除って、君は僕の班にはいないし、同じクラスでもない。掃除する義務はないはずだけど」
女の子は頬を膨らませるとそっぽを向いた。
「駿君って、思った以上に硬い人なんだね。そんなんだから女の子にモテないんだよ」
「余計なお世話だよ」
何なんだこの女の子は。
「じゃあさ、デートじゃなくて良いから、ご飯一緒に食べに行こうよ」
「ご飯一緒に食べたらその時点でデート。だからパス」
「えー、ケチ。ご飯一緒に行ったくらいで何にもないじゃん。別にホテル行くわけでもないし」
「ホ、ホテル!?なに馬鹿なこと言ってんのさ」
女の子は笑うと僕に顔を近づけ「やっぱり面白い人」と言い、満面の笑みでこう言った。
「じゃあ三十分後に校門前に集合。遅れたらご飯奢ること」
女の子はルンルンとこれ見よがしに呟いて図書館を出て行った。
僕はその後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
丁度三十分後に校門前に行くとその女の子が校門に背中を預け本を読んでいた。
艶のある髪の毛を肩の辺りで切りそろえ、整った顔つきに綺麗な肌。
そして、明るそうな性格の雰囲気。
僕なんか誘わなくたって、一杯友達がいそうなのに何で僕なんだろう。
その前に誰?
すると僕に気づいた女の子はこちらに手を挙げ、読んでいた本をバッグにしまうと僕に言った。
「で、何処に連れて行ってくれるの?」
「何処にって、ご飯食べに行くんじゃないの?」
「ご飯だけじゃつまらないじゃん。しかも、まだ五時で時間早いし」
「もしかして僕騙された?」
「そう、騙されたんだよ。駿君は…じゃあデート開始」
手を上げ選手宣誓でもしているつもりなのだろうか。
何かうまく乗せられている気がする。
で、結局誰?
まずはスカイツリー。
電車で揺られながら彼女は自分の事を根掘り葉掘り話した。
お陰で大体彼女の事は分かった。
彼女は一人っ子で両親もご健在。
家は学校を挟んで僕の家とは正反対の様であった。
学校の成績は中の上というところか。
明るいのは良いがたまに空気を読まないと言われる時もあるようだ。
――それは分かる気がする。
今付き合っている彼氏は三つ年上の大学生の様で、毎日会えないのが淋しいと。
――じゃあなんで今俺と一緒にいるの?彼氏にばれても良いのだろうか。
そんな感じで一方的に自分の事を話す彼女の話しを聞いていたらもとよりの駅に着いた。
入場料を払い景色を見に行くのかと思ったら
「レストラン入ろう」
と僕の背中を押した。
――ご飯にはまだ早いって…
なし崩し的にレストランに入った僕たちは注文をすることになったのだけれども、値段を見てビックリした。
ビックリと言っても休日に食事目的に入るのなら問題は無いのだが、平日のしかも学生同士でしかも当日に決まったことだったので、そんなにお金を持って来ていなかった。
注文しないでいると彼女は笑顔で「頼まないの?」と僕に問うた。
お金が無いとは何かプライドが邪魔するのか中々言えないので「あんまりお腹すいてない」と言いコーヒーのみの注文にしようと決めた。
「せっかくこういうところに来てるのに何も食べないなんて、さてはダイエットだな?」
ダイエットわけないだろと言おうとした時お腹からくぐもった小さい雷のような音が鳴った。
「お腹すいてるじゃない。食べようよ」
彼女は体をゆすり駄々をこねる子供のような仕草をした。
こういうところが年上に好かれるのかな?
僕は客観的に彼女を見ていた。
「あ、もしかしてそんなにお金持ってこなかった?いきなりだったもんね。お金は私が払うから気にしないで良いよ」
「でも、悪いよ」
「大丈夫大丈夫。毎日貯めたお金がありますので」
微笑むと財布の中身を僕に見せた。
するとその中にはパッと見では数えきれない枚数のお札が入っていた。
「高校生でそこまで貯めるのすごいね」
本心から出た言葉であったが、言ってしまった後後悔してしまった。
「ホント?やった、褒められた!今日で一番うれしいよ」
彼女は手で顔を覆い恥ずかしそうにしていた。
何事にも大袈裟な仕草だな。
僕はこのときそう彼女の事を見ていた。
そして注文したメニューを食べた僕らは景色を見に歩き回った。
何かのイベントをやっているようで、プロジェクションマッピングであろうかまるで本当に人やキャラクターがそこにいるような映像で幻想的な空間を醸し出していた。
イベントも佳境に入り音楽も盛り上がりをみせた頃、僕の袖を彼女が引っ張った。
僕より頭一つ分背の低い彼女は、軽く僕を見上げる形でこっちを見ていた。
その目は潤んでいて、僕は少し戸惑ってしまった。
すると、おもむろにスマートフォンを取り出し、何かを打ち込み僕の顔の前に差し出した。
そこにはこう書かれていた。
『私、もうすぐ死ぬの』
僕の耳には時が止まったかのように周りの音は何も聞こえなくなった。




