007 真実を惑わせる鏡
ダックステイルとポンパドールを組み合わせた髪型――日本ではリーゼントという名称のイメージが強い髪型だ――の彼は、ふと足を止めた。
「あれは……」
流旅行者互助協会の建物を見上げる男の姿が目に入ったのだ。彼は思わず果物を売っている屋台の物陰に隠れた。
物陰から様子を見ながら、彼は思案する。
「俺の知っているアイツにそっくりだが……雰囲気が違うな……」
だが、あの見上げる男の着ている服は、この世界のものではない。明らかに地球のものだろう。
物陰から目を眇めていた彼は、知り合いに瓜二つの男が流旅行者互助協会に入っていくのを確認すると、完全に物陰に引っ込んだ。
そのまましゃがみ込み、屋台に背を預けて思考していると、不思議そうな顔をして、屋台のおばちゃんが訊ねてくる。
「……兄ちゃん、何をしているんだい?」
「あー……悪い。ちょいと怪しい奴がいてな」
「おばちゃんからすると、兄ちゃんが一番怪しいわ」
「そう見られても仕方ないコトをしてる自覚はあるな」
「自覚があるならいいけどね。ローディアの仕事かい?」
「まぁそんなところだ。迷惑を掛けた」
彼は立ち上がると、ウニのようなシルエットをしたリンゴに似た果物を一つ指さした。
「アプドル、一つ貰うよ」
「毎度あり。50ドナだよ」
「お釣りは迷惑料だ。持ってってくれ」
そう告げて、彼は屋台のおばちゃんに100ドナ硬貨を渡すと、颯爽とその場を去っていく。
「変な髪型だったけど、顔と雰囲気は完璧だったねぇ……。私もあと二十年くらい若かったら、手を出してたところなんだけど」
去っていく彼の後ろ姿を見ながら、おばちゃんはそんなことを独りごちていた。
☆
「うーん……結局、コレなんなんだろうなぁ……」
フィーニーズの中央広場と呼ばれる場所の噴水前のベンチで、冒険者の一人が手のひらサイズの玉を弄びながら首をひねる。
道具屋や商業ギルドに鑑定して貰ったものの、結局は不明という結果だけが分かった。
「お宝な気はするんだけどなぁ……」
たまたま出くわしたゴブリンを倒したら落としたものだ。変異種というほどではなかったが妙に強かった。
そんなゴブリンが落としたことを考えると偶然とは思えなかったので、こうやって持って帰ってきたのだが、どうして良いかは分からなかった。
商人たちに買い取ってくれるか訊ねはしたものの、正体不明すぎて値段が付けられないと断られてしまったのだ。
どうしてもと言うなら買い取る――とは言われたものの、二束三文で売るのは勿体ないと直感した。
「おや、珍しいモノをお持ちのようですね」
「ん?」
彼があーでもないこーでもないと言いながら触っていると、黒いローブを身に纏いフードを目深に被った男が声を掛けてきた。
声は若いが雰囲気は随分と老成している。声や立ち振る舞いからはなかなか判断の付かない怪しい人物だ。
「アンタはコレについて何か知ってるのか?」
「ええ、まぁ――それはクラスガチャプセルと呼ばれるモノ。何らかのクラスのチカラの結晶のようなものです」
「クラスのチカラの結晶?」
気になった言葉をオウム返しにしながら、冒険者の男は眉を顰めた。
クラス――それはこの世界において、当たり前となっているチカラだ。
外付けの才能とも呼ばれる、十個のチカラ。これは女神イードーナが人々にもたらした、祝福の一つとされている。
安価とはいえないが高価とも言えない値段で売られているサイクリスタルと称される石と契約を結び、その石にクラスのチカラが封入されると、本来の自分の能力や才能に、封入されたクラスの補正が付与されるというものだ。
冒険者――いや流旅行者にとっては、必須のチカラゆえ、当然彼も知っていた。
「十あるクラスのうち、何かしらのクラスのチカラの塊――それを上手くサイクリスタルへと封入できれば、クラスマスターと呼ぶに相応しいチカラが手に入るというものです」
クラスマスター。それは何かしらのクラスを極めたモノに与えられる称号だ。この結晶は、そのチカラを与えてくれるというものらしい。
眉唾のような話だが、この黒いローブの男の言葉には、不思議な説得力を感じる。
「どうすればいい?」
「これを」
「手鏡?」
「少々、ガチャプセルを失礼します。なに、持ち逃げしたりはしませんよ」
黒いローブの男は一方的にそう告げると、いつの間にやら冒険者の男の手からクラスガチャプセルを奪い取っていた。
思わず冒険者の男は立ち上がるが、黒いローブの男はそれを制して、手鏡の使い方をレクチャーしはじめる。
「この手鏡の柄の先で、ガチャプセルのこの部分をまずつつく。するとガチャプセルが開きます。内側には失われた時代の文字と絵が描かれています。文字の方を鏡の裏で撫でますと、ガチャプセルがこのように光を放ちます」
ゴクリ――と、冒険者の男は喉を鳴らす。
黒いローブの男の説明通りに、ガチャプセルが動いているのだ。
「あとは光を鏡で映し、反射させ、その反射した光をあなたのサイクリスタルに当てれば良いのです。直接光を当ててはいけません。あなたのサイクリスタルが壊れてしまいますから」
説明を終えると、黒いローブの男はクラスガチャプセルをこちらへと返却し、手鏡を一緒に手渡してくる。
「この手鏡そのものは、そう珍しいものでもないですからね。本物のクラスガチャプセルを見せて貰えたお礼です」
そうして、黒いローブの男は一礼して去っていく。
怪しい男ではあった。
だが、実演されて見せられた光景は、決して偽りのものだったとは思えない。
これは自分が見つけたお宝だ。誰にも渡すわけにはいかない。
クラスマスターになるのは自分である。そんな思いが、心の奥底から溢れてくる。
「……いきなり実戦は危険か。まずはギルドの訓練場で試してみよう」
そうして彼は歩き出す。
明らかに怪しい黒いローブの男と話をしている間、通行人の誰一人として目を向ける者が居なかったという不自然に気づかないまま――
次の更新は日曜日の予定です。