003 Wake Up , The Hero ~ 立ち上がれ
本日三話目です。
「みんな、もっと離れてッ! こいつ、ただのグランオークじゃないッ、グランオークの――変異種だッ!」
「な……ッ!?」
目を見開くカップル冒険者の横で、黒斗は首を傾げた。
「変異種?」
「教えてやるから、とりあえず下がるぞ」
剣士に手を引かれて、戦場から距離を開ける。
「モンスターの中には進化ってパワーアップをする奴がいる。それは知ってるな?」
サリーとグランオークの戦いが見やすく、逃げやすい場所に移動したあとで、剣士がそう訊ねてきた。
戦闘前にサリーから聞いていた話なので、黒斗は素直にうなずく。
「変異種っていうのは、その進化の過程で通常とは異なる姿を得た進化種のコトね。だいたいが通常よりも凶暴で、通常よりも強力な種になってるわ。
私たちはグランオーク自体を見たコトがなかったから分からなかったけど、あの娘の言うとおりグランオークの変異種だったらとんでもない話ね……」
二人から話を聞く限り、グランオーク自体が出現すると上位の冒険者や騎士団長などの高い戦闘能力保有者が緊急出動するレベルの相手らしい。
それの変異種となると、どれほどの強さなのか想像もできないそうだ。
「でも、サリーはふつうにやり合えてるけど……」
「それはオレも驚いてるけど、あの娘は見た目とは裏腹に高位の戦闘能力保有者なんだろう」
「私たちだけだったら、こんな長期的な足止めは出来なかったかも」
「サリー……グランオークくらいなら、足手まといがいても問題ないとか言ってたな」
黒斗がそう口にすると、二人の冒険者は顔を見合わせた。
「それだけのレベルの娘が苦戦してるのか……」
「まずいわね。急いで逃げるべきだとは思うけど……」
「この人を任されちまったしな……」
「私たちのせいで、あの娘がここへ駆けつけたんだから、無責任はできないわよね……」
チラリとこちらを見る二人の様子に、黒斗は申し訳なくなって、そんな気分を誤魔化すように、サリーとグランオークの戦いを見る。
(やっぱり、足手まといになってしまった……)
想定外の相手だったことを差し引いても、なんだか申し訳ないやら情けないやらだ。
(ゲーミングベルターがあったところで、クラスガチャプセルがなければ変身は出来ないし……いやまぁさすがに変身できても、俺に出来るコトなんて……)
自分は、クールで頼れる兄貴分の氷室龍也ではなく、オタク気質の気弱な俳優・吉田黒斗でしかないのだ。
(龍也なら……こんな時、どうするのかな?)
ふと、自分の演じる役のことを考える。
余裕で勝てると言っていたサリーが、倒しきれない相手だ。
本物の戦闘なんて経験したことがない黒斗では、援護も何もできない。
だが、ウィルサーカーという怪人たちと戦ってきた龍也であれば、変身できなくても何か対策を立てられるかもしれない。
(龍也なら、たぶん観察する。調べる。
ゲーマーとしての龍也も、仮面闘士としての龍也も、事前の情報が得られる相手であれば事前に調べてたはずだ。
そうでなくても、現地で観察して把握できるコトは把握する……)
それこそ特撮の戦いを思わせるようなハデな戦いを演じているサリーとグランオーク。
そんな中でも、グランオークに意識のフォーカスを合わせていく。
サリーの攻撃を左腕で受け止めて、右手の拳を繰り出す。それをサリーは躱すと、彼女は左拳を光らせて拳を打ち出す。
人間で例えるならば、ヘソの辺りにその拳をめり込ませるが、グランオークは耐えてニヤリと笑った。
サリーがまずいという表情で顔を上げた時、グランオークが乱暴に振り上げた足が彼女を捉える。
(あれ……? あの両腕と両足……皮膚が硬質化したようなものみたいだけど、あの形状どこかで……)
無造作なその蹴りによって、サリーはボールのように宙を舞って、地面に落ちる。
彼女がダメージを受けたことに若干の焦りを覚えるが、自分が焦っても事態は変わらないと言い聞かせる。
事態を変えたいなら、変えられるレベルのネタを見つけださなければならない。
「ゲホ……ッ! まだまだァ……ッ!!」
口の中の血を吐き捨てて、サリーは地面を蹴った。
踏み込み、握った剣で切りつける。
彼女の放った横薙ぎの一閃は、しかしグランオークを捉えることはなかった。
「え?」
グランオークは巨躯とは思えぬほど軽やかに飛び上がると、サリーに向かって空中から回し蹴りを放ってみせる。
それによって、サリーが吹き飛ばされて、地面を滑って黒斗の横まで転がってきた。
だが、サリーが蹴られた瞬間に、グランオークの首元にチラリと……マフラーに隠されていたと思われる首飾りが見えた。
その首飾りとなっている小さなボールのようなものには見覚えがある。
(……そうか……ッ! 生物のウィルサーク現象……ッ!
なんでファンタジーな世界で、ゲーマリオンの世界のような現象が起きてるかはわからないけど……ッ!)
気付きを確信に変えた黒斗は、剣を支えに立ち上がるサリーに告げる。
「サリーッ、マフラーだッ! その下に隠れてる首飾りの玉を俺にくれッ! 俺が戦うチカラを得る為に必要なアイテムを、何故かそいつが持ってるッ! それがあれば援護できるはずだッ!」
「信じていいのかな?」
その言葉に、黒斗は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
(龍也なら……龍也ならなんて答える……?)
僅かな逡巡のあと、黒斗は告げた。
「信じる信じないはサリーに委ねるしかないな。
だけど、俺が援護できれば、後ろの二人を逃がす時間を稼ぐ余裕はでるだろ?」
「付き合ってくれるんだ?」
「こんな怪しい奴に親切にしてくれたお礼だよ」
黒斗の言葉に、サリーは笑顔を浮かべる。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるグランオークを見て、肩を竦めた。
「あの余裕ムカツクよね」
「まったくだ」
「信じたよ」
「ああ。信頼には応えたいと思う」
「OK」
サリーが駆けた。
グランオークの攻撃を潜り、マフラーを切り裂く。
その下に隠れていたボールを見つけ、続けざまに首紐を斬る。
グランオークの首から落ちるボールをキャッチして、飛び退こうとした瞬間――
「グゥゥゥガァァァァッ!」
グランオークが吼えた。
同時に、グランオークが右手を輝かせてアッパー気味のブロウを放つ。
「あ――……がっ……」
それの直撃を受けたサリーが、三度目の宙を舞う。
しかし、今回は空中で受け身を取ろうとする素振りがない。
「サリー……ッ!」
思わず黒斗は駆け出す。
「あッ、ちょっとッ!」
冒険者カップルが慌てて制止の声をあげるが、その程度で黒斗は止まらなかった。
落ちてくるサリーを受け止めるが、格好良くお姫様だっこの形で――などということはできずに、一緒に倒れ込んでしまう。
「えへへ……ごめん。ありがと」
弱々しく笑う彼女を、自分の上から優しくどかす。
サリーは横たわったまま、笑みを浮かべた。
「でも、取ってきた」
「ああ」
「だけど……ちょっと、戦うのシンドイかな……。
薬とか使って回復するから、ちょっと待てる?」
「これがあれば、時間稼ぎくらいはできるさ」
「うん。お願いするね」
倒してしまってもいいだろう――なんて、格好良く言えればよかったのだが、黒斗はシラフのままそれを口にはできそうになかった。
だけどそれでも――
彼女がクラスガチャプセルを持ってきてくれたのは確かだ。
だから、黒斗はゲーミングベルターを取り出した。
そしてサリーを守るように、オークの前へと立ちはだかる。
「お、おい……」
「二人とも、サリーをお願いするよ」
今の自分は、吉田黒斗なのか氷室龍也なのかが自分でもわからなくなってくる。
だが、それがどうしたというのだろうか。
そのどちらの人間であったとしても、この場から逃げ出してしまうような人間ではないのだ。
戸惑いも恐怖も握りしめろ! 勇気に変えろ!
戦う力は――ここにある……ッ!
「……【変身】……。ちゃんと使えるコトを祈る」
小さく呟いて、ゲーミングベルターをお腹へとかざす。すると、バックルだけだったゲーミングベルターからベルトが現れて、黒斗の腰に巻き付いた。
「CG処理とかじゃなくて、実際にベルトが発生するってこんな感じなんだな」
我ながらのんきな――と思いながらも、感想を口にする。
グランオークはだいぶ近くまでやってきている。
右手の中にあるクラスガチャプセルのフタを親指で弾く。
中には『仮面闘士』と書かれた文字。フタの裏には仮面闘士ユーザリオンの顔が彫られるよう描かれている。
見慣れたアイテムそのものだ。
文字の描かれた面を左手で撫でる。
するとそれに反応して、アイコンが青く輝き、ガッチャーンという音声に近い音が鳴る。
左手でバックル右側のカバーを開き、そこへ文字やアイコンの面を自分側に向け、右側からスライドさせるようにセット。
右手はバックルを通りすぎるように動かし、引き戻しながらカバーを閉じると、バックルが声を上げる。
『仮面の闘士ッ! 高まる闘志ッ! クラスは闘士ッ! アーユー・レディ?』
左手を銃の形にし、左足は半歩踏み出す。
銃の形をしている左手をまっすぐに相手に向けながら、右手の掌でバックル頭頂部にあるスイッチを力強く押し込み、その言葉を口にした。
「変身ッ!」
次の更新は明日の予定です。