027 唇を噛み締めた時
ここがどこか――をサリーは分からなかった。
豪華なベッドの上だ。恐らくはどこかの貴族の家だろう。
どうしてそんなところで寝てるのかは分からないが、少なくとも身体の傷は治っていることから、手当をして貰えたのは間違いないようだ。
「……完全に敗北だった、かな……」
見知らぬベッドの上でサリーが思い出すのは、森の中の戦い。
向こうが手加減をしてくれてたからこそ、生き残れたという出来事の回想だった。
空中に投げ出された無防備なサリーへと、エネルギーの奔流を纏った悪魔のようなリオンが迫った時。
しかし、悪魔のようなリオンは、サリーを通り過ぎて森にいた謎の人物へと攻撃をぶつけた。
大爆発が起こる中でサリーは何とかダメージを最小限にするように着地して、爆心地を見やる。
「逃げられたか……。何者だ……あの男」
その中心地では、悪魔のようなリオンが佇んでいた。
そのリオンは小さく息を吐いてからサリーを見ると、ゆっくりと近づいてくる。
それから、左手をサリーに向けて掲げて呪文を紡ぐ。
「一時回帰治癒光術
聞き慣れぬ呪文ながら、含まれてる言葉から察するに治癒術のようだが――
悪魔のようなリオンが紡いだ呪文と共に、美しいとさえ思える黒い光がサリーを包んだ。
「え?」
その効果にサリーは目を見開く。
傷が完全に回復した。失われていた体力や精神力も戻り、そして疲労すらも解消されたのだ。
「こんな治癒術があるなんて……」
「カビが生えるほど古い禁呪だ。ちなみにロク効果じゃないぞ」
「え?」
そんなものをこちらに掛けたのか――と、サリーが文句を言う前に、悪魔のリオンは球体のモノ一つ、サリーへと投げ渡す。
「気が変わった。あんな男が暗躍しているというのであれえば、それはおまえたちの手元にあった方がいいだろう」
それをあわててキャッチして、手の中を見るとそれはサリーが追いかけていた騎士のガチャプセルだった。
「貴女は何をしたいのかな?」
「お前を適当に痛めつけたら、今のように回復して渡してやるつもりではあった」
「その目的を聞いているんだけど」
サリーの問いに、悪魔のようなリオンはどこか笑みのような気配だけを漂わせて、背を向ける。
「せめて名前くらいは教えてくれないのかな?」
逃げられる――とは思うが、追いかけたところで勝ち目はない。
不本意ではあるが、当初の目的であるガチャプセルが手には入ったのだ。不用意に踏み込む必要はないだろう。
「ルシフ……いや、サタナエ……――サタナリオンだ。どうしても名前が呼びたければそう呼べ」
こちらに視線だけ向けてそう答えたあと、サタナリオンは歩きだそうとし、何かを思い出したようにこちらへと向き直った。
「ああ――そうだ。
お前に掛けた治癒術だがな、対象を一時的に万全の状態へと戻すだけだ。
しばらくすると、術を掛ける前の状態に戻る。急いで帰らないと、街へ戻る前に傷も体力も元に戻って倒れるぞ」
「……ッ! それは早く言って欲しかったかなッ!?」
直感的に、サリーはサタナリオンが本当のことを言っていると思った。
だからこそ、そう大声で毒づきながら、踵を返し、その場から駆け出すのだった。
☆
「慌ただしいことだねぇ……」
そんなサリーの背を見送りながら、サタナリオンは小さく笑う。
「ちょいとやりすぎた感もあるが、ハッパ掛けるにゃこんくらいやらんとな」
ただの独り言。
端から見ればそうだろう。
「悪かったなノリノリで。
それより、さっきの兄ちゃん。何者なんだか調べとけよ。
ワタシはこの世界にそこまで干渉できないんだからな」
だが、それは明らかに誰かとやりとりしているようだった。
☆
黒斗たちが寝ている部屋へと入ってきたのは、この部屋――いやこの大きな屋敷の持ち主の娘にして、黒斗たちを保護した少女。
金髪ドリルという髪型に目を奪われがちになるが、その美しい顔からつま先まで、完璧なプロポーションをしている美人。
この街の領主の娘――メロアルナ・ペルティルアだ。
「ごきげんよう、みなさま。お加減はどうですか?」
「みんな体力以外はだいたい大丈夫かな。それもちょっと疲れが残ってる程度だ。お抱えの治療師は優秀な術者でもあるようで、助かりました」
代表してそう口にするのは巧だ。
黒斗はなんと答えればいいのか分からず戸惑っていたし、裕樹に至ってはそもそも上体を起こしてすらいない。
だがメロアルナはそんな裕樹を気にしてはいないようで、部屋を見回してから一つうなずくだけだった。
「さて、簡易的なご報告ですが――リオンという戦士に関しては、可能な限りの情報操作をさせて頂きました。
人前での変身および変身解除がありましたので、どこまで隠せるかは分かりませんが、みなさまに不都合がない程度にはなっているハズです」
メロアルナの告げる言葉に、黒斗は小さく安堵する。
あれだけ派手なことをやらかしてしまったのだ。街の中を歩けなくなるのでは――という懸念があったのだ。
それが最低限なんとかなっているようなのは、非常に助かる。
だが、メロアルナの言葉に安堵を覚えたのは黒斗だけだったようだ。
メロアルナに背を向け横になったままの裕樹が問いかける。
「解せねぇな。おれらを助けて、アンタになんのメリットがある?」
「助けて頂いたコトに感謝はしますが、私も裕樹と同意見です。我々を助けた理由について、お伺いしても?」
「当然の疑問ですわね」
裕樹と巧の問いに、メロアルナも納得したようにうなずいて見せた。
それに対して、黒斗は思わず何とも言えない表情を浮かべてしまった。
(と、当然の疑問なんだ……)
胸中でそう呻いてから、黒斗は自分のオタク知識からこの状況の類似ネタを引っ張り出す。
そうすると、確かに似たようなシチュエーションでは、主人公やその周囲の人物が、こういうやりとりをしていたような気がする。
(……俺には言葉の駆け引きとか難しいし、裕樹と巧さんに任せよう。うん)
わりと情けない決意をして、黒斗はメロアルナへと視線を向けた。
「まず一番は、他の貴族たちがあなた方に旗を立てるのを防ぐ為です。
少なくとも当家ペルティルアが後ろ盾となれば、強引に接収しようとする貴族は防げるコトでしょう。
ヒロキ様はともかく、タクミ様とクロト様に関しては、我が家の後ろ盾があった方が動きやすいのではありませんか?
いかにギルドといえども、上位貴族相手の防波堤としては些か頼りないですから」
一理ある――と、巧は小さく漏らす。
正体がバレてしまった時の対応を思うと、重要なことだろう。
変身すれば強引な接収からも逃げられるかもしれないが、その場合、自分たちが世話になっていた人たちが、こちらを誘い出す為の呼び水としてひどい目に遭わされる可能性がある。
特に黒斗はそれを無視できないだろう。
そうなると、黒斗の変身能力は権力者たちの兵器として使われ兼ねない。
元の世界に帰りたがる黒斗に対して、そういう権力者たちはのらりくらりと協力するふりをして使い潰すことに終始するだろう。
だが、それは――
「アンタがおれらを使い潰さない保証はねぇよな?
もっと言うならアンタが完全におれらの味方でも、アンタの両親や親類はどうかな?」
裕樹の言う通りの懸念が解消された場合に限るのだが。
「それは……そうですね。それを証明する手段を私は持ちません。
ですが、両親や親類に関しては、あなた方を利用しないでしょうし、利用させません」
彼女は真っ直ぐな瞳で、キッパリと断言する。
「両親は王都の屋敷におります。
私は今――この屋敷の当主ならびに領主である父の代行としてここにおります。
つまり私の行いはペルティルア家の行い。あなた方の保護は、ペルティルア家の総意となります」
どこまで信じていいのか。
三人の変身者は、それぞれに真意が探るべくメロアルナを見る。
しばらくにらみ合いのような空気が部屋に流れた時――激しく打ち鳴らされる鐘の音が、屋敷の外から響いてきた。
明らかな警鐘。それもかなり切実で緊急性の高いもののようだ。
「何事ですかッ!?」
メロアルナの反応がもっとも早い。
廊下へ向けて声をあげると、どこからともなくバタバタという足音が聞こえてくる。
巧もベッドから飛び降り、窓を開け放って外を見渡す。
「……まじか」
思わず――といった様子の巧に、黒斗と裕樹は顔を見合わせ、二人もベッドから飛び降りて巧の元へと向かう。
そうして、二人も窓から外を見て――
「……まじか」
「……まじか」
二人もまったく同じ言葉を漏らすのだった。




