026 異なる世界のリオンたち
拝啓 ファンの皆様へ……
こんにちわ。吉田黒斗です。
サリーが悪魔リオンを追いかけていったあと、騒然とした路地裏に、現場検証に来たのでしょうか――金髪ドリルのいかにもなお嬢様がやってきたました。
彼女と喋っているうちに、勢いで弱音を吐いてしまったのですが、その途中にウィルサーカーが出現。
そのウィルサーカーは我が子を守る為に、ウィルサーカーとなった母親でした。
巧さんと裕樹は動けない。
動けるのは自分だけ。
でもそれ以上に、我が子を守るために必死だった母親に、我が子の前で――相手が暴漢とはいえ、殺すようなことをして欲しくなくて……。
ただその思いのまま、拳を握り、変身しました。
戦闘ではちょっとピンチになりましたが、サリーが戻ってきて騎士のガチャプセルを渡してくれたので、それを使ってクラスチェンジ。無事にウィルサーク現象を鎮めるのに成功しました。
もっとも、その直後に、意識を失ってしまったのですが……。
我ながら結構な無理をしたものです……。
★
「回復魔法って便利だなぁ……」
この世界に来てから一番質の良いベッドの上で、高級感溢れる天井を眺めていた黒斗がぼんやりと口にする。
「あれだけの怪我が治っちまうんだからな。
医者なんて、商売あがったりだろ?」
それに乗っかって来たのは、隣のベッドで寝ている裕樹だ。
普段なら色々と憎まれ口を叩くだろうに、ふつうに反応してくるのは、単に寝てるだけなのが暇なのだろう。
「意外とそうでもないよ。
治癒の光術で、治るモノと治らないモノがあるしね。
あと、治るけど自然治癒で治す方が良いモノ。自然治癒で治るけど、治癒術を使った方が良いモノもあるんだ。
それに、病気にはほとんと効かないからね。
治療院そのものは、仕事がないワケじゃないのさ」
詳しく説明してくれるのは、同じく部屋のベッドで横になっている巧だ。
「何より、今実感してると思うけど、治癒術は体力までは戻してくれないからな……」
最後にしみじみとそう付け加える。
先の戦いで倒れた三人は、こうして同じ部屋に放り込まれて横にさせられていた。
ちなみにサリーは隣の部屋だ。
怪我して動けないとはいえ、男が三人もいる部屋に女を入れられないという配慮である。
「でも、撮影の時に治癒術あったら便利だよなぁとは思うよ」
「現代日本に治癒術あったら、今より精神病む奴増えるだろ、絶対」
素直な黒斗に対して、裕樹が肩を竦めた。
労災が降りる前に治癒をして無かったことにする企業が増えそうだという裕樹に、巧はうなずく。
「平行世界の日本とはいえ、そういうところは同じなのか」
しかも、治癒術で治さない方が良い怪我に治癒術かけるトラブルが多発するだろう。
「一番同じであって欲しくねぇとこだろうけどな」
「違いない」
そこで、一度会話が途切れる。
裕樹からしてみれば、一番気になる話題が出たからだろう。
「……アンタ、大崎さんじゃなくて、高堂院 巧本人なんだってな」
「ああ。そっちからすれば信じられないだろうが……。
こっちの世界では、リオンは実在の存在だ。様々なリオンが存在して、その立場や役割によっては表社会には出てこない人もいるけどね」
立場や役割――それは、黒斗や裕樹が暮らす世界においては、シリーズの違いのことだろう。
「まぁオレや黒斗の世界じゃあ、平成からこっち……一年に一度はリオンが増えるからな」
「俺が知らないだけで、こちらの世界でもそういう間隔で増えてるのかもしれないけどね」
そう答えてから、今度は巧から裕樹に訊ねる。
「一年に一度リオンが増える……ということは、一シリーズを一年間はやるのかい? ドラマ撮影でそこまで長期でやるなんて大変なんじゃないか?」
「結構、過酷だぜ。
役者のほとんどが、撮影初期と撮影後期で、顔のシルエットが変わる程度にはな」
しょっちゅう顔を合わせている演者やスタッフ。
あるいは一年間、毎週視聴してくれたお友達は気づきづらいのだが、撮影前の制作発表会の写真と、撮影後のインタビューの写真などを見比べると、変化の大きい人が少なくない。
「そうはいっても、リオンシリーズで主演になった新人や無名の演者は、以降大成するって言われてたりするけどね」
「実際大成してる奴が多いのって、あの過酷なロケを一年ぶっ続けでやるからだろ。演技が初めてだろうがイロハを叩き込まれて、右も左も分からない状態でも一年間ひたすら撮影続けるんだから、終わる頃には嫌でも身体に染みつく」
「あー……なるほど。一年間を乗り切ったコトで自信も付くだろうしね」
撮影半ばとはいえ、実際黒斗もそうだ。
最初に比べると演じることへの自信が増した気がする。
「そして一度、リオンの変身者を演じたら最後、一生付き合ってくコトになるもんな」
「俺は別に嫌じゃないけど」
「それはオレもだけどな」
黒斗にしても裕樹にしても、リオンには憧れがあった。
ちびっ子としての憧れ程度のものかもしれないが、大人になった今、自分がリオンを演じることは、やはり誇らしいものがある。
「一生付き合うって言うのは?」
「定期的に、映画だったりネット配信専用だったりで、別シリーズへのゲストとして顔を出したりするんで。
あるいはスピンオフシリーズが始まったりとか。そういう時って基本オリジナルの演者が呼ばれるから」
「事務所NGとかが無い限りは、TVシリーズが最終回を迎えた後もそういうお呼びがよく掛かるワケ」
「リオンが実在してない世界でも、リオンは大変なワケか」
黒斗と裕樹の解説に、巧は思わず笑みをこぼす。
リオンによっては、戦いと撮影を一緒にするなと怒りそうだが、少なくとも巧はそういう世界の存在は、受け入れられた。
巧からすれば怒る理由はないし、何より――彼らも彼らで、リオンであることを誇りに思い、ファンの為に戦っている闘士であることは間違いないのだと知れたのだ。
「……だから、オレは意地でも元の世界に帰る。
例えクロや巧サンを蹴落とすコトになろうとも、絶対にだ」
そこだけは譲れない――とでも言うように、裕樹が告げる。
裕樹の真面目な顔を見ながら、巧は考える。
露悪的な物言いや、口汚い言葉使いをすることが多いようだが、彼の根は真面目で優しいのだろう。
だから、悪ぶっていても、こうして談笑に興じてしまう。
話の途中で唐突に冷静になったことで、自分の立場をハッキリさせるようなことを口にしたのも、こちらと敵対してでも帰還するのだと、自分に言い聞かせる意味もあるのかもしれない。
(最初はこんな口の悪い奴が平行世界のゲーマリオンなのかと落胆したが……こうして話をしてみると、そう悪いコトもないなと思ってしまったな)
裕樹に気づかれぬように、巧は小さな笑みを浮かべる。
最終的に避けられぬ敵対関係になろうとも、裕樹の誇りだけは汚さぬよう相手になろう。
密やかに巧がそんな決意をした時だ――トントン、と部屋のドアがノックされた。
三人は一度顔を見合わせ、うなずき合う。
そして、ドアに一番近い黒斗がノックに答えた。
「どうぞ」
「失礼しますわ」
そうして、部屋へと入ってきたのは、この部屋――いやこの大きな屋敷の持ち主の娘にして、黒斗たちを保護した少女。
金髪ドリルという髪型に目を奪われがちになるが、その美しい顔からつま先まで、完璧なプロポーションをしている美人。
この街の領主の娘―― である。




