024 眠っていた強い心
投稿準備してなかったせいで、更新が夜になってしまいました。すみません。
ウィルサーカーと対峙する。
相変わらず怖いし、さっきの戦いでの身体の痛みが、殊更に恐怖感を煽る。
もっと痛い目にあうかもしれない。
こちらを殺す気のなかった先ほどのリオンと違い、ウィルサーカーは手心など加えてくれないだろう。
(だけどッ、それでも――だッ!)
親子を助けたいと思った。
身を挺して、ウィルサーカーになってまで子供を護ろうとした母親に、その手を汚してほしくなかった。
その思い。
ささやかとも言えるその思いが、黒斗の身体に活を入れた。
「子供を守るんだろ。なのに何で子供を突き飛ばした?」
「マモルノヨ……マモッテルノヨッ!!」
ただ子供を守りたい。
その意志だけが暴走しているのだろう。自分が何をしているのか、わかっていないようだ。
ユーザリオンがハエーナランサーを構える。
「マモリタイノッ!」
ウィルサーカーの右腕が斧に変化する。
「いくぞッ!」
「ジャマヲシナイデッ!!」
振り下ろされる斧を躱し、ハエーナランサーで横に薙ぐ。
ハエーナランサーの切っ先がウィルサーカーの胸を切り裂き、火花を散らす。
ユーザリオンは素早く槍を構え直すと、それを突き出す。
それはウィルサーカーの腹部を捉えると、鮮血の代わりに火花を舞わせ、吹き飛ばした。
(……よしッ、行けるッ!)
裏ギルドの構成員が変身した騎士のウィルサーカーは、元々高かった戦闘力がウィルサーク現象によって引き上げられていた為、強敵だった。
だが、この戦士だと思われるウィルサーカーは、変身者は一般人の母親だ。
黒斗は本調子と言えるほど身体は動かないが、それでも何とかなりそうである。
「ぜぇぇぇぇいッ!」
踏み込みながら、ハエーナランサーを袈裟懸けに振り下ろす。
すかさず横薙ぎを繰り出し、最後に突き出すという三連撃。
光力などを用いた武技や光術と比べれば拙い連撃だが、それでもリオンの身体能力に任せたもの。下手な騎士や戦士が使う武技よりも鋭く速い。
火花を放ち蹈鞴を踏むウィルサーカー。
だが、今度は吹き飛ぶことなく踏ん張ると、お返しとばかりに斧と化した右手を振るう。
一般的な動きと比べれば速くて重いその技も、ガチャプセルを使う者同士の戦いとして見れば、そこまでのものではない。
ユーザリオンは余裕を持ってそれを躱し、ハエーナランサーの柄についているタッチパネルを撫でた。
『時短ダ! ハエーゼ! タ~イムッ、アタックッ!』
槍が、それに応え、切っ先が蒼く光り輝く。
「ライトレス・トライ・トラストッ!」
放つはひと突き。
だが、ウィルサーカーが散らす火花は三カ所同時。
ハエーナランサーの持つ瞬間的な加速能力によってスピードを高めて繰り出されたそれは、一瞬で三度の突きを可能とした。
クライマックスアタックなどと比べると総合力が一段劣るが、タメがほとんど必要ないので、使い勝手はかなり良い技だ。
「……マモリ、タイノ、ニ……」
フラつくウィルサーカー。
そのタイミングで、ハエーナランサーが準備完了の合図を出す。
『リミットタ~イム! チャ~ジOK!』
ゲーミングベルターのタッチパネルを撫で、頭頂部を押し込めば、準備は完了する。
『ファイナルタ~イムアタック!』
そうして、ユーザリオンがハエーナランサーを構えた時、だ。
彼とウィルサーカーの間に、男の子が割り込んできて、両手を開く。
男の子はまっすぐにこちらを見据えながら、叫んだ。
「ダメッ! ママをいじめないでッ!!」
ユーザリオンの動きが止まる。
よく見れば男の子の身体は震えている。
当たり前だ。ふつうの冒険者や傭兵ですら二の足を踏む戦いに割り込んできたのだ。怖くないわけがない。
「いや、俺は……」
思わずその子へと、説明をしようとユーザリオンは口を開く。
その時――
「マモルノォッ!!」
ウィルサーカーは右腕を振るった。
右腕から斧が切り離され、弧を描いて男の子を飛び越えると、ユーザリオンを切り裂いた。
「ぐあああッ!」
目の前で火花を散らしながら吹き飛んでいくユーザリオンを見て、男の子は目を見開く。
「ママ、ダメ!!」
振り向いて、今度はウィルサーカーを止めようとする。
だが、ウィルサーカーは止まらず、左腕を剣に変えると振り上げた。
「危ないッ!」
男の子に横から飛びついたのは、先ほどまで黒斗と話をしていた金髪ドリルのお嬢様だ。そのまま一緒に地面を転がる。
一瞬遅れて、先ほどまで男の子がいた場所に剣が振り下ろされた。
「ママ、なんで……?」
お嬢様越しに見た母親の行動に、男の子の顔が悲しげに歪む。
「ユーザリオンの邪魔をしてはダメですよ。あの青い人は、あなたのお母様を元に戻すために戦っていたのですから」
「そう、なの……?」
自分に覆い被さるお嬢様の顔を見ながら、男の子の顔はますます泣きそうに歪んだ。
だが、彼が涙を流す前に、ユーザリオンが叫ぶ。
「アンタはッ、子供を守りたいんじゃなかったのかッ!」
「ソウヨッ、マモリタイノヨッ!!」
ユーザリオンはよろよろと立ち上がりながら、拳を握り、負けてたまるかと声を張り上げる。
「だったらッ、アンタが今ッ、その剣を向けた相手が誰だったのかッ、よく見てみろよッ!!」
ウィルサーカーの動きが止まる。
男の子を守るように覆い被さる女性。その下にいるのは、よく知った顔。
「ア、ア……」
それをどう思ったのか、ウィルサーカーは震えながら剣を構える。
「ソノ子、から……離レ、なさイッ!!」
僅かに声に理性が戻る。
しかし、判断力までは戻りきっていないようだった。
「クッソ、そうなるのかよ……!」
毒づきながら、地面を蹴る。
ユーザリオンは痛む身体に鞭を打って、そこへと無理矢理割り込み、振り下ろされる剣を身体で受けた。
「ぐぅぅうぅ……」
激しく飛び散る火花。
それが本物の血であったならば、もはや絶命しているのではないかと思うほどに吹き出す。
バックルの――ゲーミングベルターのタッチパネルが明滅する。
ユーザリオンは直感的に変身が解除されそうになっていると気づいた。
だから、バックルからガチャプセルが排出されないようカバーを鷲掴みしながら、叫ぶ。
「まだだッ! 変身は維持だッ!!
ここで解けたら……誰も救えないしッ、誰も救われないッ!!」
ゲーミングベルターに意志があるかはわからない。
だけど、それでも――きっと通じたのだと、黒斗は思う。
変身は解除されなかった。
だが、ダメージが大きいのも事実。
ハエーナランサーはさっきの投げ斧を受けたときに吹き飛ばされてしまっている。
無理矢理にでもクリティカルアタックを使うべきだろうが、それで決着が付くかはわからない。
それでもやるしかない。
そう思ってゲーミングベルターの頭頂部に手を掛けた時――
「クロト……」
サリーの声が聞こえた。
そちらの方へと視線を向けると、随分とボロボロの姿のサリーがいた。
「これを使ってッ!」
彼女が投げたらしいガチャプセルが飛んでくるのが見えた。
それを受け取ろうとすると、ウィルサーカーが動き出す。
一瞬の戸惑い。
「お前はそれを受け取れッ!」
直後に聞こえてくるのは、ケインの声。
その声を信じて、戸惑いを払い、ガチャプセルに手を伸ばす。
「子供を守りたいんだろッ、お前はッ! 轟砲獣戦吼ッ!」
割り込んできたケインは剣をまるで野球のバットのように構え、フルスイングする。
ケインの剣から、まるで獣の咆哮のような轟音を伴い、強烈な衝撃波が放たれた。
「だったらウィルサーク現象なんかに負けるなッ!
その意志を歪まされるコトを受け入れるんじゃねぇよッ!!」
ふつうの人間であれば大きく吹き飛ぶ一撃だったのだろう。
だが、ウィルサーカー相手では数歩後ずさらせるのが限界だった。
しかしケインは、それで充分だと胸中で笑う。僅かでも時間を稼げればそれでいいのだ。
ユーザリオンがガチャプセルを受け取る。
それは騎士のガチャプセルだった。
サリーが取り戻してくれたのだろう。
色々とサリーからも話を聞きたいが、今は後回しだ。
左手で持った騎士のガチャプセルを開き、右手で上から下へと内側を撫でる。
『ガッチャーン』
ガチャプセルが起動する。
ガチャプセルを撫でた右手はそのまま真っ直ぐ下へと向かい、ゲーミングベルターの左側カバーを開き、そこへとガチャプセルをセットし、カバーを閉める。
『ガチャッとチェンジ? アーユー・チェンジ?』
ゲーミングベルターからの音声に応えるように、ユーザリオンは告げる。
「クラスチェンジ」
言葉とともに、バックル頭頂部のスイッチを押し込むと、ユーザリオンの周囲に、いかにも騎士が身につけていそうな剣と鎧が、うっすらと浮かび上がった。
『ゲットセット! 変わる変わるぜクラスが変わる!』
続けてユーザリオンが光り出すと、周囲に浮かんでいた剣と鎧がバラバラになって、光に包まれたユーザリオンへと吸い込まれていった。
『誇れッ、契れッ、立ち上がれッ!』
そして光が晴れると、蒼い騎士鎧を身に纏ったユーザリオンが姿を現す。
『ユーアー・マスカレイドユーザー! 騎士スタイル!』
腰元に帯びたナイトソードを抜いて、ウィルサーカーへと切っ先を向ける。
「ウィルサーカー、何度でも訊くぞ。アンタは、何をしたいんだ?」
「わたしはッ、この子を守りたいの……!」
今までと比べるとかなり理性的な声。
しかし、彼女が言う『この子』は、ユーザリオンの背後だ。彼女の近くにはいない。
「そうだ。だから俺はアナタを守るんだ。この剣と騎士のガチャプセルでッ! アナタにウィルサーカーから元に戻ってもらいたいからッ!」
クラスチェンジをしたところで傷が治るわけではない。体力が回復するわけではない。痛みが止まるわけでもない。
それでも、不思議と気力が湧いてくる。
戦いのあと、しばらく動けなくなるかもしれないけれど――
(子供の前だもんな。
俳優・吉田黒斗としても、闘士・氷室龍也としても、カッコつけなきゃいけないよな)
だけどそれでも、剣を構えるのをやめられなかった。
(ああ、そうか――)
少しだけ、自分自身のことが理解できた。
(俺はどうして拳を握るのか――何となく、わかった気がする……)
それに気がついたからなのか、不思議と力が湧いてくる。
「決着を付けよう……」
だからユーザリオンは全身に力を込めて、地面を蹴る。
「勝負ッ!」
優しくて勇気ある親子、その絆を守るために――




