023 立ち上がるのは
「ふぅ……」
大の字になっていた黒斗は大きく息を吐きながら、上半身を起こす。
それを見て、ソハルが慌てたように顔を上げた。
「クロト、大丈夫なの?」
「うん。裕樹や巧さんと比べればね」
全身が痛いことには変わりないが。
それでも、ソハルに二人の治療を優先するように手で示し、あぐらをかいた。
そのままうなだれるように、黒斗は呟く。
「……強かったな、あのリオン……」
圧倒的だった。
次元が違う。
イメージはRPGの隠しボスだろうか。
ラスボスを倒したパーティで意気揚々と挑んで、別格の強さを見せつけられてゲームオーバーになってしまったような、そんな気分だ。
ゲームであれば、まずはレベルをあげて挑み直す。
それで勝てないのであれば、勝てない要因を暴きだし、それを対策した上で再度挑む。
そう、ゲームであれば何度も挑むことで希望が見える。
だが――これは虚構ではない。現実だ。
あの謎のリオンも、何度も手加減してはくれないだろう。
(そうだ……くやしいけど、完全に手加減されていた。
手加減をしていたあいつに、オレたちは手も足も出なかった)
謎のリオンが本気であれば、自分たちは死んでいただろう。
生きていただけでも儲けモノだと――そう思うべきだろうか。
「クロト、ちょっといいか?」
「ん? ケイン?」
ぼんやりと考えごとをしていると、ケインが声を掛けてくる。
それに、顔を上げると、横には覚えのない女性が立っていた。
この街に来てから初めて見るような、見るだけで高価だと思うドレスを着た女性だ。
(金髪ドリル髪……!? 現実に存在してるんだな……いや、待て。この状況で、高そうなドレスを着た金髪ドリルってどう考えても貴族……お偉いさんの娘とかなんじゃッ!?)
立った方がいいだろうか。
そう思って、腰をあげようとすると、女性が手でそれを制した。
「無理はされないで結構。そのような怪我をしている者に立って挨拶をしろなどと無体を言うほど傲慢ではありませんので」
「はぁ、ありがとうございます」
状況が分からず生返事のような礼を返してから、ケインを横目で見る。
彼が困り果てた顔をしているのを見るに、この女性の存在はケインにとってもイレギュラーだったのだろう。
「貴方が今、巷で噂になっている謎の戦闘技能者――リオンでよろしくて?」
「えーっと……」
再びケインの方に視線を向けると、目を逸らしてヘタクソな口笛を吹いている。
女性がカマを掛けてきているだけならば、役者モードをオンにして切り抜ける自信はあるのだが、横にいるケインが誤魔化し切れないだろう。
「誤魔化す自信はあったようね」
「こう見えて、芝居は苦手じゃないですので」
こちらの視線の意味に気づいて、女性もケインに視線を向けて苦笑する。
それに、黒斗は素直にうなずいた。
「この人が横にいて助かりましたわ」
「俺の不幸はケインが君に横にいたコトですね」
両手を挙げて降参を示してから、黒斗は認める。
「不本意ながら、一応リオンの一人ってコトになってるよ」
「不本意……ですの?」
「そう――不本意。あるいは偶然。そうでなければたまたま。
どれでも良いんだけどね。でも――そうだな。自分でなりたくてなったワケじゃない」
初対面の女性に言うようなことではないことは分かっている。
ただ、黒斗の中で様々な感情が渦を巻いていた。
何となく口にしたら、それが止まらなくなってしまったのだ。
「元々はリオンを演じるただの役者だったんだ。気が付けば本物になっていた。意味が分からない。
本格的な戦闘なんてしたのは本物になってからだし、戦闘のたびに怪我するし……今回なんて、そのせいでボロボロだ。ほんと、意味が分からない……」
あぐらのかいたの足の上に乗せていた手が、ズボンを力強く握りしめる。急に震えだした身体を誤魔化すように。
今になって、最初の戦いからこれまでの戦いでの恐怖心がわき出してきたかのようだ。
「貴方は……先ほどまで戦っていた第四のリオンに対して、誰よりもその前に立ちはだかっていたと、聞いておりますが」
「ああ、そうだよ。だって、そうでもしないと、動けない巧さんにあいつのクリティカルアタックが直撃してた。
いくらリオンスーツが高性能だからって、限度があるから……動ける俺が守らなきゃ、って」
必死に吐き出すようなその言葉に、女性の眦がわずかに下がる。
だが、そのことに気づくものは誰もいない。
「そうした結果が、その怪我なのですよね? 助けなければ良かったと、そう後悔されているのですか?」
「まさか。助かって良かったと思ってるよ。
巧さんもそうだし、ソハルがいたから裕樹も無事だ。
裕樹とは今は敵対に近い関係になってるけど、元々は役者仲間だ。やっぱり目の前で死んじゃうのは嫌だって、そう思ったんだ」
助けたかったのもの本心。
助かって良かったというのも本心。
どうして自分がリオンなんだというのも本心。
だからこそ、謎のリオンの言った言葉が心に残る。
――君は何のために立ち上がる?
――何を理由に拳を握る?
立ち向かった時は、巧や裕樹を守るためだった。
だけど、こうして冷静になると、その言葉が引っかかる。
「俺は……何のために立ち上がったのか。
何を理由に拳を握ったのか……自分で自分が理解出来ない……」
そう呻くように告げたあと、黒斗はうなだれた。
目の前のリオンだという男を見下ろしながら、彼女は困惑していた。
目撃情報の増えているリオンなる戦士について知りたかった。そんな折り、この裏ギルドに関連する通りで戦闘が始まったと聞いて、家を飛び出してきたのである。
実際に会って何をしたかったと言えば難しい。
ただ漠然と――勇者に類するような力を得て調子にのっているのだろうと、思っていた。だから、それを咎めるために会いたい程度のものだったのだ。
だが、実際に会ってみて――この男性は、どうだ。
突然手に入れた力に戸惑い、それでも力を持つものの責任を漠然と理解しているかのようではないか。
自分の心と、感情と、理性と、頭と、精神と、本能と――きっと様々なものが一致しないのだろう。
それを責めることなど出来はしない。
人間は、それらが簡単に一致することがないことを彼女はよく知っているからだ。
「貴方は……」
何を言っても、今の彼には届かない。
ましてや自分は初対面。
こうして心の内を吐露したのは、理性の抑えが効かないほどの苦悩となっているからなのだろう。
(何のために立ち上がる……何のために拳を握る……。
突然、力を得たものからすれば、これほど難しい問題もないかもしれませんね)
貴族のように、民を守って当たり前などという精神はないだろう。
それでも、このように悩むのは、きっと彼の根幹は善性で構築されているからに他ならない。
(見極めはまだまだ必要ですが、信用は出来そうな殿方で助かりましたわね)
他の貴族に目を付けられないうちに、リオンたちは確保しておきたい。
自分の為というのもあるが、同時にリオンたちの為にも、だ。
少なくとも目の前でうなだれているリオンには、他人の思いなど気にも掛けない貴族どもの手に渡すわけにはいかない。
「ねぇ、貴方……」
決意を胸に、声を掛けようとした時だ。
「やめてぇぇぇぇぇ――……ッ!!」
女性の声が聞こえて、彼女は振り返る。
そこには貧民街の女性が、どこかへ向かって手を伸ばしている。
その視線の先、明らかに品のない男が、ゲスな顔で幼い男の子の首を握って持ち上げている。
「うるせぇ! このガキが俺にぶつかってきやがったんだ! やめて欲しけりゃ金と酒をもってこいや!! ま、その頃までにコイツが生きてりゃいいけどな!」
ゲスが――そう思いながらも、自分には戦う力がない。
「いい感じのクズだが……ここじゃ、当たり前か」
「助けないのですか」
「助けたいよ。だけど助けると、面倒が増える。
こっちには怪我の手当や裏ギルド関係者をしょっぴいてる最中だ。迂闊に動けば、裏ギルド連中に隙を見せるコトになる」
自分の横に立つ男――ケインと言ったか。
表情は怒りに満ちているが、状況を把握し、自分を御している。動くに動けないことを歯噛みしているようだが。
だからこそ、上に立つものとして自分が彼へと指示をだそう。
戦う力がないのであれば、責任を背負うことで、それを借りてやればいい。
そう思った時だ――
「痛ってぇぇ……」
突然、男が呻いて、男の子がお尻から地面に落ちた。
「ガッツのあるガキだ。嫌いじゃないぜ」
口元に笑みを浮かべるケイン。
今なら彼を後押ししやすい。
そう思った時――男は、刃物を抜いた。
「ガキ相手に何してんだよアイツは……」
「ケインでしたね。責任は私が取りますので――」
だが、すべてを口にする前に、状況が一転する。
「やめろと言ってるでしょぉぉぉぉ――……ッ!!」
母親から膨大な光力があふれ出た。
光に包まれ、そしてその光が収まると、そこには人型をした異形がそこにいる。
「あれは?」
「……ウィルサーク現象……まじかよ」
チラリと、ケインが背後を見る。
「あれは何?」
「オレも詳しくは知らねぇけど、生き物の異形化現象だ。
ハンパなく強くなるせいで、リオンくらいしか、アレを止められない」
「でも、あれはあの子の母親でしょう?」
「今まで見てきた現象から考えるに、理性を失うんだぜ、あれ」
「…………」
まずい――と女性は思った。
異形化した母親が、男に向かって走り出す。
「マモルノォォォォ――……!!」
「な、何だよッ、おいッ!!」
男が手にした刃物を突き出すが、母親は意にも介さずに、男を殴りつけた。
壁まで飛んでいく男。
命はあるようだが、完全に意識が飛んでいる。
だが、彼女はそんな男の頭を容赦なく踏みつぶそうとして――
「ママ!」
「…………」
そんな彼女に、男の子が抱きついた。
「ママすごいね! カッコいい!」
「マモル……」
「うん。守ってくれた!」
「マモラナイト……」
「ママ?」
「マモルタメニ……コイツヲ……オマエハ、マモルノヲジャマスルノカ……?」
「ママ……?」
キョトンと男の子が首を傾げる。
「カイヲマモリタイノヨォォォ!!」
「ママ!?」
男の子が突き飛ばされる。
「痛いよ……ママ……」
彼に見向きもせずに、母親は意識を失った男に向き直った。
「これ、不味くないかしら……」
「あの馬鹿の自業自得だが、寝覚めは悪くなっちまいそうだ」
ケインはそう呻いて剣を抜こうと手を掛け――
「クロト?」
「抜かないでいい。俺が行く」
その柄に、先ほどまでうなだれていた男が手を添えていた。
「三人の中で、俺が一番傷が軽いから……。それに――」
「それに……?」
どこからともなく取り出した奇妙なモノを、クロトは自分の腰に当てる。
すると、その奇妙な光具から、ベルトが生えて腰に巻き付いた。
「見過ごしたくないんだ……ッ!
あんな姿になっても子供を守りたかった母親に、守る以上のコトをさせたくないッ! そう思ったら――今、俺は拳を握れたッ!」
クロトは右手に球状のモノを握る。
『ガッチャーン』
左肩の前でその球状のモノを構えると奇妙な音を立ててそれが開いた。左手で左上から右下へ払うように、その開いた球状のモノを撫でる。
そのまま左手で、ベルトのバックルとなった光具の右側カバーを開き、球状だったものをそこへと差し込み、カバーを閉じる。
『仮面の闘士ッ! 高まる闘志ッ! クラスは闘士ッ! アーユー・レディ?』
左手の人差し指と中指をそろえて前に突きだしながら、右手でバックルの頭頂部にふれながら、クロトは告げた。
「変身ッ!」
奇妙な光と線に包まれ、クロトの姿が飲み込まれていく。
『ユーアー・マスカレイドユーザー!』
そして光が弾けるように消えると、濃い青色を基調とした奇妙な全身鎧に身を包んだ怪人が、姿を見せた。
「ケイン、こっち側は任せた」
「おう。行ってこい」
どこからともなく取り出した奇妙なデザインの槍を携えて、リオンとなったクロトが走る。
「そこまでにしておけ、ママさん」
「オマエモ、マモルノヲジャマスルノ?」
意識を失った男へトドメを刺そうとしていた手を止めて、ウィルサーカーが振り返る。
それに、彼は力強くうなずいた。
「そうだ」
「ナラ、テキネ?」
「そうだッ! お前の今日の対戦相手は……この俺だッ!」




