020 異世界乃風
「せぇぇぇ――……ッ!!」
ユーザリオンが踏み込み、手にしたサーベルを振り下ろす。
「ガチャプセル任せにしない戦い方の模索――その発想は悪くない」
だが、謎のリオンは何事もないように手にした盾で受け止め、騎士剣で切り返す。
「ぐ……ッ!」
謎のリオンの剣の先端が胸を掠め、小さな火花が飛び散る。
こちらの攻撃では火花がでないのに、むこうの攻撃では掠っただけで飛び散るというのは、それだけ攻撃力の違いがあるのだろう。
「とはいえ、だ。
時と場合によっては、ガチャプセルに身を任せる方が良い時がある」
言うやいなや、謎のリオンの剣が青く輝き――
「爪牙連刃」
肉食獣が牙と爪で獲物を追い立てるが如き連続攻撃が繰り出される。
「うわぁぁ――……ッ!!」
斬られた箇所から激しい火花を散らし、ユーザリオンが錐揉みしながら吹き飛んでいく。
地面に叩きつけられた時に変身が解けなかったのは奇跡に近いだろう。
「強すぎる……」
その様子を見ていたソハルが歯噛みするようにうめいた。
リオンたちの強さは知っているつもりだ。
黒斗の、ユーザリオンの強さを持ってしてもまだ見習いレベルだとしても――
この街に滞在する数多の強者よりも強いと確信を持って言える。
そんなユーザリオンと、先日は互角の勝負をしてみせたゲーマリオン。
変身能力者としては二人よりも先輩であり、リオンとして戦い馴れているはずのクリエイテリオン。
そんな三人が、三人掛かりで挑んでいるのに、まともなダメージが通っていない。
(いいえ、ゲーマリオンは間違いなく必殺技を当てていた。
根本的に能力差が大きすぎて、どんな一撃もダメージなってないんだ……)
目的不明のリオンは、必要以上の危害を加えようとはしてこないのは救いといえば救いだが――
(様子見? それとも三人をナメてる……?
何であれ、まだ向こうが本気じゃないだけ、マシかしら……?)
逃げる算段を考えながら、変身が解けたゲーマリオンに初級治癒術をかける。だが、傷が深すぎて自分の光術では、気休め程度にしかならない。
こうなると、治療院で働いている巧に手伝ってもらいたいが、彼は今クリエイテリオンとして、謎のリオンと対峙しているのだ。
(もしかして……詰んでる……?)
自分の命だけならば、黒斗と巧からの信用の一切を投げ捨てる覚悟さえあれば、助かるだろう。
ようは、全てを無視してここから逃げ出せばいいのだから。だけどソハルはそれをしない。それが出来るような人間ではないからだ。
自分が逃げ出さず、三人をフォローしつつ、この場をどうにかする。
そんな手段が、簡単に思いつけるような状況ではなかった。
ソハルが胸中で焦りを感じている中、黒斗の毒づくような声が聞こえてきた。
「クッソ……!」
吐き捨てるように言いながらも、彼は立ち上がった。
スーツには切り傷ができ、鎧のような部分はいくつかひしゃげていて、とても満足な姿とは言えない。
だけどそれでも、彼は立ち上がって、謎のリオンを見据えている。
「気合い、根性、努力、不屈……――それらの感情は拮抗した状況においては、最後の一押しにとても重要だ。だけど、最後の一押しなんてものが、役に立つ状況ではないだろう?」
「分かってる……ッ! それでも、オレはみんなを守りたいんだッ!」
「なるほど、なるほど」
吼えるユーザリオンに、謎のリオンは女性的な腕組をしながら、やや真面目な声色となって問う。
「君は何から、みんなを守るって言うんだ?」
「え?」
「確かに今、私と君たちは交戦しているが――これはガチャプセルを巡るものだろう? 少なくともこちらに、ゲーマリオンの治療してる光術師に危害を加える気はないぞ? もちろん、戦闘の余波はともかくとしても、それ以外で明確に周囲の住民を傷つける気もない」
「それは……」
「それを踏まえて――君は何のために立ち上がる? 何を理由に拳を握る? ゲーマリオンと違い、君はそこまでガチャプセルに固執してる訳ではないだろう?」
「…………」
返す言葉がなく、ユーザリオンは立ち尽くす。
今にも膝から力が抜けてしまいそうな中で、それでも膝だけはつきたくないという意志だけはそこにあった。
だけどどうして立ち続けようと思っているのか――それは自分自身でもよく分かってはいない。
「それと、クリエイテリオン。君もだ。
君はこの状況を打破できるだけの力を持ったガチャプセル……シークレットガチャプセルが二つほどその手元にあるはずだ。
なぜ、使わずにピンチになっている? ピンチに陥るというなら使ってなお勝てない時じゃあないのかな?」
思わずユーザリオンは、クリエイテリオンに顔を向ける。
とはいえ、使わないには使わないなりの理由はあるのだろうと、そうは思う。思うのだが――
「巧さん……」
黒斗に続いて、いつの間にか意識を取り戻していたらしい裕樹も、クリエイテリオンを睨むように見据えていた。
「おい、クリエイテリオン……ッ!」
そして息も絶え絶えに、裕樹が叫ぶ。
「テメェ、そんなもんあるならッ、とっとと使っとけよッ!
……いいか、テメェかクロだ。お前らなら良い……。ガチャプセルを手に入れる奴がお前らなら、問題ねぇんだ。おれにとっても。
だが、あいつはダメだ。正体不明。目的不明。そんなやつに、ガチャプセルを奪われるのを由とすんのか……?
あいつの挑発に乗んのがシャクだってーのは理解できる。だけどなッ、今はもうそうもッ、言ってらんねーだろッ!」
「ちょっと、傷が開いちゃうからあんまり大きな声は……ッ!」
「……ぐッ!」
「ああッ、もう!」
ソハルは小さな小瓶を取り出してそれを一気飲みすると、空となった瓶を放り投げて、裕樹にかけている治癒術へ込める光力を高める。飲んだのは、精神力を回復させるポーションだ。傷や体力を癒やすものと比べると、割高だがそうも言ってられなかった。
裕樹の傷がこれ以上開くようなら、全力を越えた全力でかけなければ、危険なレベルなのだ。
少なくとも、ソハルの使える治癒術ではそれが必要となってしまうくらいには、ひどい怪我をしている。
ソハルは治癒術を唱えながらも、謎のリオンへと視線を向ける。
恐らく、謎のリオンはクリエイテリオンが隠し球を使うことを期待している。あるいは、その実力を見たいのだろう。
口車に乗るのは悪手かもしれないが、この状況を打開する手段など、他になさそうである。
縋るように、ユーザリオンも叫ぶ。
「クリエイテリオンッ! この状況を切り抜けるには――ッ!」
巧がためらう理由がわからない。
あるいは、ためらうだけの理由があるのだとは思う。
「……いいだろう」
絞り出すように、クリエイテリオンがうなずき、見慣れないガチャプセルを取り出した。
金色をベースに青で縁取りされたそのガシャプセルを開く。
その内側を撫でると、
『ガチャガチャガッチャーン!!』
通常よりも派手な音声が流れた。
クリエイテリオンは自分のバックルの左側のカバーを開き、そこに金色のガチャプセルをセットして、カバーを閉める。
『ガチャッとチェンジ? シークレット・チェンジ? アーユーOK?』
その音声に対して、迷いの混じった声でクリエイテリオンが叫ぶ。
「力を貸してくれッ! 高き者のガチャプセルッ! シークレットクラスチェンジッ!」
声と共に、ベルターの頭頂部のスイッチを押し込む。
『ゲットセット! 戦を歌え! 詩を死を敬え! ユーアー・シークレッ……ザザ、ザザザッ……ザザ――……』
途中までは、多少普段と音声は違えど、いつも通りだった。
だが、ベルターが最後の口上は途中でノイズへと代わり、それが晴れた直後、誰ともしれない威厳に満ちた老人の声が響く。
『今の汝に、我を纏う、資格なし』
瞬間、金色のガチャプセルはクリエイテリオンのベルターから強制排出され、同時にクリエイテリオンの全身から火花が飛び散った。
「あ……ぐ……」
うめきながら膝をつくクリエイテリオンを見ながら、謎のリオンは大きく息を吐いた。
「何だ……使わないんじゃなくて、使えなかったのか」
心の底から残念そうにそう言うと、ベルターのタッチパネルをなで、頭頂部のスイッチを押し込む。
『剣騎士! クリティカルクラッキングフィニッシュ!』
「ほんと、残念」
動きを止めているクリエイテリオンに狙いを付けて、剣を構えた。
(まずい……ッ!)
クリエイテリオンを守らないと――その一心だけで、ユーザリオンはバックルのタッチパネルを撫で、頭頂部のスイッチを押し込む。
『剣盗賊! クリティカルタ~イムフィニッシュ!』
クリエイテリオンと謎のリオンの間に滑り込み、盗賊サーベルを構える。
そして――
「ダークネスクリティカルブレイク」
謎のリオンは、黒い雷を纏った剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣からは、黒いスパークを放つ斬撃が放たれ、地面を削りながら突き進む。
「激震クリティカルワイルドハート!」
ユーザリオンはサーベルに巨大な狼と化した光力を乗せて、その剣を突き出す。
光の狼は、闇の刃に食らいつき――その威力を削るものの、刃に飲み込まれて消滅する。
「あ」
減衰しながらも消滅しなかった闇の刃はユーザリオンもろとも、クリエイテリオンも飲み込んだ。
二人とも地面へと転がり、自動的に変身が解ける。
身体のあちこちから血を流し、ぐったりと倒れる二人に、ソハルの顔が青くなる。
謎のリオンはベルターから騎士のガチャプセルを取り出すと、それを示してソハルに告げた。
「このガチャプセルはもらっていく。三人にそう言っておいてくれ」
そうして踵を返し、去っていく謎のリオンの背中を、どうして良いのか分からないまま、ソハルは見送るしかない。
完全敗北――そんな言葉が脳裏によぎる。
だが、それはこの場にソハルしかいなかった場合の話――
「ソハルッ!」
遅い――と文句は言いたくなるのをグッと飲み込んで、この場へと駆けつけた少女と友人の名前を口にする。
「サリーッ! ケインッ!
あいつッ! あの変なマントのリオン! あいつが三人を倒して、騎士のガチャプセルを持ってったッ!」
「了解ッ! ケイン! この場は任せたッ!」
「任されたッ! 行ってこいッ、サリー!!」
敗北の苦み渦巻くこの場の空気を吹き飛ばすように、サリアリアという希望の風が、黒いリオンを追いかけて、吹き抜けていった。
<NEXT Level――
「そうか――お前は今代の……」
「三人の中で、オレが一番傷が軽いから……」
「わたしはッ、この子を守りたいの……!」
「クロト……これを使ってッ!」
「誇れッ、契れッ、立ち上がれッ! ユーアー・マスカレイドユーザー・騎士スタイル!!」
――迷子の迷子の特撮ヒーロー
『Lv5.Guardian! 守る為に立ち上がれ!』>
次の対戦相手は、君だ!
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