013 Break Cloud
まだ薄暗い早朝。
生憎の曇り空ながら、吹き抜ける風は爽やかだ。
早起きは苦手だったはずが、思ったよりもすんなり起きれた黒斗はテントから外へと出る。
「おう、クロト。おはようさん」
こちらに気づいたケインが、焚き火に薪を投げ入れながら挨拶をしてくる。それに黒斗も笑顔を返した。
「おはようケイン。見張りお疲れさま」
盗賊のアジトにほど近い場所。
ましてや街道からも外れていて、時折、魔獣も出没する。
そんな場所で、みんなが同時に寝るわけにはいかない為、交代で火の番と見張りをしているのだ。
「なんか、俺だけ見張り免除って申し訳ない気はするんだけど」
「昨晩だってちゃんと説明したろ? 野営そのものに馴れてないんだ。まずは馴れてからだよ」
現代日本人である黒斗は、レジャーとしてのキャンプの経験はあれど、野営をしながらの移動には馴れていない。
黒斗が野営経験がないというのをチキンと理解した三人は、まずは馴れさせるところからだと、判断したのだ。
「もちろん、それだけが理由じゃない。
馴れてない奴の見張りってのはあまり意味がないからな。見張りってのは仲間の命を預かってるとも言えるんだ」
だから黒斗に任せるわけにはいかない。
黒斗を仲間外れにするのだとか、黒斗を信用できないとかではなく、役割分担みたいなものだと、ケインは説明する。
夜の見張りができない程度で仲間外れにしてくるような人間こそ信用なんてできないだろう――というのが、ケインの弁だ。
世の中には、冒険者見習いでも見張りくらいは出来るだろうと、新人に押しつけることもあるらしいのだが、ケイン曰く自殺行為同然だそうである。
「そんなワケで、お前さんが起きてくれたんなら、美味い朝食でも作ってくれりゃ万事OKって奴だ」
他の二人が起きてくるまでに準備をしておけば、二人も喜ぶだろうと。
ついでに、美容に良い朝食とかなら、女性二人はなおさら喜ぶだろうというアドバイス付きだ。
見張りで役に立てないなら、こういうところでがんばろう。
黒斗は二つ返事でうなずくと、食材の入っている鞄を覗き込んだ。
「ところでこれ、見た目より容量あるよね?」
「光具の一種でな。特殊な技術で内側の容量を増やしてるんだ。便利だぜ」
「うん。便利なのだけは分かる」
何せこの鞄一つで数日分の食料を入れておけるらしい。
しかも、重量も鞄分だけときた。
ちなみに、光具とはこの世界で普及している光石加工技術で作られた道具のことだ。
この鞄のようないかにもな魔法の道具だけでなく、台所のコンロや水道、街灯などにも使われているものである。
光力を宿す石、光石を利用している道具全般を、光具と呼ぶらしい。
「腹持ちが良くて美容に良いかぁ……」
料理そのものは嫌いではない黒斗は、同世代に比べれば上手い自信はある。
もっとも同業者――アイドルや俳優など――の中には、何か普通にプロ料理人レベルの人が混じってたりするので、業界恐るべし、とは思う。
中にはバラエティ番組で料理作るようになってから、料理好きになったという人たちもいるし、番組の中で長いことやってるうちに下手プロや研究者よりも、知識や技量が上にいってしまっている人たちもいる。
そういう人たちは、芸能界引退後も安泰っぽくて良いな……などと考えたこともあるが、そうそう上手く身につくものではないだろう。
閑話休題。
その辺りのことは置いといて、朝食の準備だ。
美容はともかく、腹持ちとしては芋類が良いかなぁ――とジャガイモに似たモノを鞄から取り出した時……
遠くから、どん――という音が聞こえた。
「……ッ!? 爆発?」
「なんだ……?」
思わずケインと顔を見合わせる。即座に、ケインは黒斗へと指示を出した。
「クロト、二人を起こせ」
「わかった」
テントの中で眠っている二人に声を掛けながら、黒斗は思う。
「……この依頼、何事もなく――とはいかないかもな」
爽やかな空気漂う早朝は、先ほどの音によって終わりを告げたようだった。
☆
クリーヴァ盗賊団の一人、コーニャ・ホシリィは混乱の坩堝の中にいた。
持っているだけで、自分の盗賊としての能力が高まる不思議な玉。
それの真の使い方というモノを教えてくれた男がいる。
ボスに相談し、実験としてそれを試した瞬間のことだ――
全身からチカラがあふれ始めた。
盗賊としての術技が、身体の奥底から沸いて出るかのような感覚。万能感と全能感に満たされていく快感。
同時に、その気持ちよさは、決して身を委ねてはいけないものだという直感的な恐怖。
どうして良いか分からず、ボスに相談しようとして、ふと思った。
今の自分はボスよりも腕の立つ盗賊だ。なぜ相談する必要がある――と。
自分はもうボスより強い。
腕も技量も、何もかも。
だというのに、ボスに相談しようとする自分が理解できず混乱する。
いや、意味がない。価値がない。理由がない。
この混乱こそが無意味な困惑。
思考が定まらない。
ボスに相談するのは正しいことのはずなのに、とてつもなく無意味で無価値な行動に思えてくる。
自分の思考と、やりたいことと、やってみたいことと、あらゆる思考と行動と本能がかみ合わない。
「オレは……オレは……オレは……オレハ……オレハ……」
全身が粟立つ。いや、泡立つ。
内側から膨張するように膨れ上がる。
「おいッ、コーニャッ!?」
「ボスッ!! コーニャが化け物になっていきやがる……ッ!!」
バケモノ……バケモノ……
ソウカ、オレハ、バケモノカ……
ナラ、ナニモ モンダイハ ナイ……
「ORE、WAAAAAAAAA――……ッ!!」
バケモノナラ、ボス ニ ソウダン ナド シナイシ、
アバレ、マワッテモ ナニモ モンダイ ハ ナイ!!
――こうして、異形と化した男の元へ、声が一つ落ちてきた。
「おーおー! 今度こそビンゴじゃねーか」
お世辞にも品があるとは言えない語調。
異形と化した男は顔を上げる。
声の主は、アジトに使ってる廃屋の屋根の上に立っていた。
小柄で童顔だと思われる男。
だが、少年ではないだろう。見た目よりも年齢は上のように思える。
「見た感じ、ウィルサーカーが使ってるのは盗賊のガチャプセルだよな?」
そう口にすると、彼は奇妙な道具のようなものを取り出して、腹部に当てる。すると、その道具からベルトが伸びて彼の腰に巻き付いた。
「そのガチャプセル。おれが頂くぜ」
男はさらに、異形と化した男が使っていたのと似た玉を取り出す。
右手にそれを握りながら、正面に付きだした。
親指で弾くように蓋を開き、そのまま引いて、顔の右横へ持って行く。
左手で開かれた玉を撫でると、ガッチャーン! という人の声にも聞こえる音が響き、輝きだした。
玉を撫でた左手は、流れるようにベルトのバックルの右側についてるカバーを開き、そこへ開いた玉をセットしてカバーを閉じた。
すると、ベルトから声が響く。
『仮面の闘士ッ! 高まる闘志ッ! クラスは闘士ッ! アーユー・レディ?』
その音声の終わりと共に、男はバックルの頭頂部に付いているスイッチを右手の親指に押し込み告げる。
「変身ッ!」
『ゲットレディ!』
バックルが光を放つのにあわせて両手を胸の前で一度交差させてから開いた。
ベルトが放つ光は、やがて彼の全身を包み込み、その姿を全く異なる存在へと変えていく。
『ユーアー・マスカレイドゲーマー!!』
変化の終了をベルトが告げると、光の中から全身にフィットするような奇妙な鎧を身に纏った男が姿を現した。
右腕と右足は水色。
左腕と左足は朱色。
頭部を含む中央は濃灰色。
そして、フルフェイスの上からさらに、丸いフォルムの魔獣の骨のようなものをかぶっている。
男はそんな出で立ちの姿に変わっていた。
「だせぇ口上は省略だ。
それでも、これだけは言わせて貰うぜ?」
屋根から飛び降り、右手の親指を自分に向け――
「おれはゲーマリオン。アンタというステージを攻略しに来たぜ?」
不敵に不遜に堂々と、そう宣言した。