012 今は静かな時計の針
「おい、お前――こいつと似たようなモンは知らねぇか?」
悪ガキと自称する青年が、手近に倒れている盗賊の胸ぐらを掴み、訊ねる。
「し、知らねぇ……!」
「本当か?」
「本当だ……ッ! 少なくとも俺たちの持ってるお宝の中にはねぇよッ!」
必死そうに叫ぶ男を無造作に放り投げて、親分と思わしき男の元へと向かう。
「アイツの言っているコトは本当か?」
「あ、ああ――本当だッ!」
「似たようなモンに心当たりは?」
問われて、親分と思わしき男は必死そうに頭を巡らせて首を横に振った。
「悪いが、ないな」
嘘を言ってなさそうなのだ。そう判断した悪ガキを自称する青年は、小さく嘆息する。
「完全にハズレかよ。仕方ねぇ、次行くか」
そうして悪ガキを自称する青年は、盗賊たちのアジトから面倒くさそうな足取りで出ていった。
盗賊たちは誰一人として青年に声は掛けず、その態度を咎めようともしない。
完全に青年の気配が消え去ってから、親分がゆっくりと立ち上がる。
その姿を見、子分の一人が不安そうに見上げてきた。
「……親分……」
「言うな。命あるだけ儲けモンだと思え」
いくつかの金品は持って行かれたようだが、全てではない。全体量として見れば少量だ。
どうやら自分が持てる範囲で奪っていっただけのようだ。そして、本命はそれではなく、情報の方だったと思われる。
「化け物……居るところには居るってコトだろうよ」
たった一人で、五十人は居た自分たちを叩きのめした。
しかも、死者はゼロだ。どれだけの実力差があれば、これほどのことができるのか、見当も付かない。
「動ける奴は、動けねぇ奴の手当だッ!
あのガキに仕返しなんて考えるなよッ! あいつは俺たち全員をブチのめしながら、まだ本気じゃなかったんだからなッ!」
大声で子分たちにそう告げたあと、親分は大きなため息を付いて、アジトの壁に寄りかかるように座り込む。
しばらく盗賊家業は休業するべきか――そんなことを考えていると、ドタドタと音が聞こえてくる。
「なんだ……?」
親分がそれを訝しむと同時に、揃いの軽鎧に身をくるんだ男たちがアジトへとなだれ込んできた。
「フィーニーズの領衛騎士隊だッ、スカル盗賊団ッ、全員大人しくしろッ!」
どうやら、盗賊家業は永久休業となるようだ。
この状況では逃げられそうにもないし、子分を見捨てる気もない。
親分は諦めて、その場で両手をあげるのだった。
★
フィーニーズ南街道をはずれた先。
クロトが迷い込んでいたフレイヤードの森にほど近い場所。
「クリーヴァ盗賊団ねぇ……」
依頼書を読みながら、サリーが呟く。
「元々は盗賊団なんて言えない、盗賊の集まり程度の連中だったみたいだけどな」
「最近になって急成長中って噂は聞いたわ」
サリーと共に道なき道を一緒に歩くのは、変身者クロトと、剣士ケイン、そして光術師ソハルという面々だ。
「手が着けられなくなる前に確実に潰したいんだろうな」
ケインとソハルの話を聞きながら、クロトがそんな推測を口にする。
それに関してはサリーも同意見だった。
「サリーが特別なライセンス持ちなのは、オークの時の戦闘力を見てたから驚かないけど、まさかクロトも特別ラインセスを貰えるなんて思わなかったぜ」
「あれ? ケインは意外に思ってる? 私はそうなると思ってたけど」
特別依頼とはいえ、パーティに関しては受領者に裁量を与えられている。なので、サリーとクロトは、ケインとソハルに声を掛けていた。
盗賊退治のパーティに誘うにあたって、ケインとソハルには、自分たちのことをある程度伝えている。
ギルドのエントランスに張り出してある依頼以外の特殊な依頼だ。しっかり説明しないと、相手に迷惑を掛けてしまうのだ。
「それで、サリー。何か作戦とかある?」
クロトに問われて、サリーは少し考える。
「アジトの様子を見てからになるだろうけど……基本的には、クロト以外のみんなで突撃して壊滅させるだけのつもりかな」
「俺がラクできるのはいいんだけど、二人はそれでいいの?」
「いざとなったら変身してくれるんだろ? ならそれでいいさ」
「そうそう。切り札みたいなものだから、クロトは。
張り切る必要がないなら、それに越したコトはないって」
ケインとソハルに不満がないのであれば、クロトも構わないようだ。
そうして、そのまま雑談をしながら、四人は丘陵地帯を歩いていく。
ややして、日が沈みだしてきた時、ソハルが周囲を見渡しながら提案する。
「そろそろ日が暮れてきたし、あそこの大きな岩の影で今日は野営かな」
「流石に今日中に目的地までたどり着くのは無理か。地図で見ると近いんだけどな」
「強行軍よりはマシじゃない?
それに、明日は早く起きて動けば、盗賊たちの寝起きに突撃できそうだし」
「早起きは苦手なんだけどなぁ……」
サリーの提案に、ケインとソハルはうなずいて、クロトは少し嘆息している。
もっとも独り言のつもりだったようで、それ以上は何も言わずに野営の準備を手伝いだした。
ケインと一緒に持ち運びしやすい簡易テントを組立始めているクロトを、サリーはぼんやりと目で追いかける。
見知らぬ世界。常識すら異なる土地へ投げ出され、芝居以外では使ったことがないという固有術技を用いて戦うこととなった青年。
独り言で言っていた些細な不満以外にも、いくらでも不安や不満はあるだろうに、クロトは何も言わずにこの世界に馴染もうとしているように見える。
サリーはそれを素直にスゴいと思っていた。
「サリー?」
「ああ、ごめん。ソハル。ぼーっとしてたかな」
「クロトを見てた?」
「……うん」
指摘されて少し気恥ずかしくなり、頬をやや朱に染めながらうなずく。
「すごいなぁって」
「すごい?」
「だって右も左も分からず、常識も違う……あらゆるものが急に変わっちゃったのに、クロトはがんばってるんだもん。すごいよ」
「そっか。そう言われるとそうかも。
土地だけでなく、家族や友達とも連絡が取れない状況。しかも心の準備もあったもんじゃない……。確かに、よく平気でいられるね」
だから、なのだろうか。
サリーはクロトのことが気になって仕方がない。
放っておけないというか、一緒にいたいと思ってしまう。
「ソハル。サリー。
戦闘に参加しない分、クロトが夕飯作るってさ。任せてもいいか?」
「私は構わないわ」
「わたしもー」
「なら、決まりだな。有り合わせの材料で異世界料理を作ってくれるってさ」
ケインの言葉に、サリーはソハルと顔を見合わせる。
それは確かに興味がある。
「えへへ、楽しみかな」
「ちょっと期待しちゃうね」
どうして一緒にいたいと思うのか。
その答えが出なくても、クロトを放っておけないのも事実だ。
だから、サリーは出来るだけ一緒にいたいと思う。
いつかクロトが弱音を吐いてしまう時、すぐに聞いてあげることが出来る人がいた方が、良いと思うから――
ちょっと短いですが、キリが良かったのでここまで。