目覚め
唐突に目が覚め、急激に意識が覚醒する。起き上がろうとするが体中が軋み、体を起こすことすらままならない。
仕方がないので顔を動かし、今ある自分の状況と周辺を確認してみる。…崩れた大理石の柱、ボロボロな天井、大きな力が働いたであろうと思われる大きく穴の抉れた床、質素で清廉な装飾があったと思われる祭礼の机や椅子が散乱し無残にも散らばっている。
どうやらここは神や偉人を祀っていた聖堂だったと思われるが見る影もないくらい破壊の跡などが残っている。
僕はなぜ倒れているのか、何があったのか…そもそも僕は……
「つっ…!」
朦朧とした意識の中、今まで何があったか思い出そうとしたが激しい頭痛がして、意識が飛びかける。
(ダメだ、痛みで思い出せない。)
助けを呼ぼうと思ったが誰も周りにいない。そんな状況でどうしようか思案している中、こちらに近づいてくる音に気付く。
ガシャガシャガシャガシャ
鎧を付けた人間? 今この動けない状態で魔物に出会ってしまったら成す術もなく殺されてしまうので、魔物よりは安心だが油断はできない。といってもこの動けない状況油断も何も体が動かないのでどうしようもないのだが。
ともあれ助けを呼ぼうと声を出そうと口を開こうとしたとき、
「ここで間違いないか。」
「間違いありません、まだ例の”魔女”の魔力反応もが一つまだ残っております。」
「よろしい。手負いとはいえ油断はするな。突入後は速やかに対象を確認次第、手筈通り魔術の攻撃したのち作戦を開始したまえ。」
「かしこまりました。それと、ここで戦ったと思われる彼はいかがなさいましょうか?」
「相手はあの”魔女”だ。反応も無いなら生きてもいないだろう。これも我らが神のお導きである。」
「はっ! 了解いたしました!」
なにやら不明瞭な会話が聞こえてきた。少しだけだが”魔女”という言葉をトリガーに思い出した。確か”魔女”とは請け負っていた任務の討滅対象で、僕が請け負っていた任務で…それで…彼女はたしか…そして……それから?
ドッ・・・ゴオォォォン!!
次の瞬間聖堂の大扉を魔術か何かで破壊して、鎧を着て盾と剣を装備した戦士と、後ろには杖をもった神官の格好をした何人かの人間が中に入ってきた。そのなかでリーダーと思われる上位の神官の格好をした男がこちらを見て、
「対象を確認した。倒れているが”神核奪いの魔女”本人と断定。攻撃を開始しろ。」
っ…!冗談じゃない!? 話の内容から光の神殿に所属している神殿戦士や神官なのは間違いないが僕は生きている。だがこのままだと攻撃されてしまい無事でなくなるのは分かりきったこと。それとそもそも自分は格好からして魔女ではないことが分かるだろうし何故攻撃されるのか訳が分からない。このままでは不味い、
そこで僕は攻撃されないようにとっさに口を開いたが、
「待ってくれ! 僕は魔女じゃない! よく見… え……?」
思ったより大きな声が出てビックリしたがそれとは別に驚く。今の声は僕の出した声とは到底思えない高い声であって、まるで女の子のような声であった。でもその声は自分の喉から出ている。
だが驚いているのも束の間、次の瞬間に全身を貫くような痛みとともに激しい光が貫く。
「ア゛アァ゛アァァァァ!!!! グギィ!!!」
到底人間とは思えない出してはいけないであろう声が出た。
炎、氷、雷、風、光、それらの魔法が僕の体を焼き、凍らせ、感電させ、切り刻み、沸騰させ、絶え間なく痛みを与える。なぜこんなことに…? 分からない分からない…痛い、怖い、悲しい、暗い、辛い、あぁ…なぜこうなったのだろう。
どうして…どうして…?自然と涙が出てくる。どうして”私”はこんなにも…また
理不尽だ
***
時は前に遡る。
「ハァッ!」白刃が煌めき、四本の脚をもつ中型の魔物がズゥンと音と共に地に倒れる。
「よし、こっちの魔物は倒した!」
地にひれ伏した魔物を確認し、前方で戦っているであろう二人に僕は振り返った。
「いいねお兄ちゃん! こっちはもう少し掛かりそうだよ!」
「やるじゃねぇか! こっちも負けていられねぇな、行くぞミリ!」
そう言って二つの曲剣を持った男が先ほど倒したモノの大きさより一回り大きい魔物の前に飛び出す。
だが魔物はそれを読んでいたかの様に前に飛び出し、空中で方向を転換し男の背後に着地する。
「そう来たか、だがまだまだ甘いぜ!」
曲剣を地面に突き刺し、それを軸として前に進んでいた体を遠心力でしなやかに方向転換させ、その勢いでもう片方の曲剣で魔物の顔に深く切りつける。
まさかとっさに反応され攻撃されると思っていなかった魔物は切りつけられた傷と自らの血に怯みよろめく。
「その一撃は如何なる障壁も貫かん!闘争の神、ドラングの怒りよ! ライトニングランス!」
ミリと呼ばれた少女の詠唱が完成し力の奔流が槍の形となって魔物の体を貫く。
「はははっ! 派手にやるじゃねぇか!」
「まだ油断はするなっ。次が来る!」と僕は魔物を切りつけた男に声を掛ける。
そして一瞬動きが止まっていた魔物が、目の前の敵を再認識して、襲い掛かろうと身を屈め飛びかかってきたが、魔物は男に到達する前に固い石レンガの床に落下した。
「光の一刀…なんてなっ!ま、このガイルズ様に勝とうなんて100年早いぜ。」
男は既に腰に曲剣を収め、仕事は終わったとばかりニヤニヤとしながらこっちに歩いてくる。
この目にも止まらぬ早業で魔物を仕留めた筋肉隆々の曲剣二刀使いの男の名前はガイルズ。傭兵であり冒険者であり、主に荒事を専門にしている。
そして剣を教えてくれた自分の剣の師匠であるが、同時に気の合う大事な親友である。
「も~、別にガイルズ一人で倒した訳じゃないんだし私も頑張ったんだよ~。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
もう一人神官の服を着た小さな女の子がこっちに駆け寄ってきた。彼女の名前はミリ。小さいころから一緒に暮らし、僕の最後の唯一の大切な家族だ。
そこで地に倒れ伏した魔物を見つめた。骸の瞳は光を失い二度と動かないであろう。
「おいレヌ、魔物に対して同情はするな。こいつらのおかげで周辺の村人が襲われたりしているんだ。今更だぞ。」
「分かっているさ。だがこの魔物たちもここまで人を襲ったりしなければ…」と思わず暗い顔になってしまう。
「まぁ、お兄ちゃんは優しすぎるんだよ。でも、そういうところがお兄ちゃんの良いところでもあるんだけどね。」と言ってミリははにかみながら言った。
今回の任務は周辺の村人を殺して回り、攫っていった魔物退治の任務だ。村人の手に負えない魔物などが暴れまわると主に神殿や魔物退治を生業としている冒険者の組合に依頼が来る。それで今回は神殿から僕とミリに魔物退治の任務が伝えられ、荒事に得意で信用が置けるガイルズと一緒に同行し魔物の住処と思われる廃墟都市に来た。
それと魔物の退治は僕とミリの所属する神殿に属する者の役目だったりもする。村を襲われ残った村人はいなかったが、これ以上の犠牲は出すわけにもいかないため魔物を退治しなければいけなかったわけだ。
「ほんじゃ、攫われた村人がいるかもしれねぇからもう少し探索してから切り上げるとすっか。」とガイルズが歩き出し、僕とミリは後を付いていった。