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メタフェーブル

作者: 土性武蔵

あるところに村がありました。

村と言っても住んでいるのは人だけではなく、虫や魚、鳥といった他の生き物もたくさん住んでいました。

彼らはみんな赤ずきんの狼や桃太郎の犬雉猿など、物語に登場したことがある有名な動物たち。

人も動物も植物も、とにかく村にいる生き物は自分の活躍した物語が存在しています。

お互いそのことを分かっていたので、皆時折自慢しては、いじりいじられ、敬意を忘れずに仲良く暮らしていました。


村の中はというと、生活に必要なものは一通りそろっていました。

どこから現れるのか、いつの間にか用意されているのです。

だから、誰も文句を言わない程度には常に食べ物があります。

また、物語の書かれる時代が違うせいで、皆の生活の仕方も随分と違います。

しかし、きちんとそれぞれの生き物が生きるのに必要なものは揃っていました。

だから、人間と他の生き物たちも何一つもめごとは起こりませんでした。


その村には外の世界というものは存在しません。

誰も外に出かけていくことはしないのです。

そもそも村の外へ行く必要がないので、誰も村以外に行こうと考えなかったのです。

その村は大変居心地がよかったので、当然のことでした。


しかし、近頃は村に大勢の人間が押しかけるようになりました。

そう、彼らは新しく作られた物語に登場したので、この村へとやってきたのです。

ここ最近はやってくる数がどんどん増えていきます。

しかも、皆生まれてくる時代も、文化も、国もバラバラです。

特に、危険な能力を持っていたり、異常な性格をした人間がたくさんいるようでした。

村は次第ににぎやかに、悪く言うと喧騒であふれかえるようになりました。

出ていく者もいないので、村の中での人間の割合はどんどん増えていきました。

やってくる生き物は人間ばかりが増えていき、村の中は次第に人間中心の世界へと変わって行きます。

いつの間にか村にある食べ物は人間の好みの肉や酒、穀物ばかりに。

そう、それこそ彼らが生まれる物語が誕生した、元の世界へとどんどん近付いていました。


元々は人間と他の生き物たちはバランスが取れており、仲良く平等に暮らしていました。

その村ではこれまで何一つ不自由はありませんでした。

なぜなら、人間と動物たちがバランス良く存在していたので、いつの間にか用意されていたもので十分生きていけたからでした。

しかしそれも昔の話。今ではすっかり、人間のための村になってしまいました。

昔からいる動物たちは、人間ばかりが増えて、人間が暮らしやすい村に作りかえられていくことを内心恨んでいました。


あまりの人間本位の社会に耐え切れず、ついに反乱が発生しました。

動物たちは人間が出来ないことを利用して懲らしめてやろうとしました。

こうして人間とそのほかの生き物の間で、戦争が起きてしまいました。


先制攻撃を仕掛けたのは鳥類でした。

鳥たちは人間の食べ物を持ち去って高く飛び、人間の手に届かない場所に置き去りにする作戦を立てました。

人間は動物たちにそんな大層なことはできないと高をくくっていました。そのせいで鳥たちの攻撃を予想できず、見事に作戦にはまってしまいました。

おかげで、人間界では食べ物が不足して大飢饉に陥りました。


しかし、人間は道具を持っています。

かなり技術の発達した時代からやってきた人間たちの手によって飛行機が作成されて、食べ物は奪還されてしまいました。

また、自分たちで耕し、食べ物を奪いに来た鳥たちを殺して食料を用意するようになりました。

人間たちを陥れるどころか、殺されて食料にされる鳥たちを見て、他の動物たちは怒りに震えました。


続いて、水に棲む動物たちの攻撃が始まりました。

魚や両生類たちは人間たちを捕まえて、水の中へと引きずり込むようになりました。

水中で呼吸できないことを利用して、進んだ技術を知っている人間を優先して狙って殺す計画でした。

奇襲は成功して、たくさん知識を持った人間を水中に連れ去って、溺死させました。


今度は人間側がしかけました。

物語の主人公になっている人間の中には力自慢の者がたくさんいました。

彼らは総力戦をかけて、水へ引きずり込もうとする動物たちを逆に陸上へと引きずり出しました。

そして、かつての哀れな鳥たちのように自分たちの食料にしてしまいました。


このような一進一退の戦争は昼夜を問わず行われました。

動物たちは必死に知恵を絞って人間の出来ないことを考えだし、能力を生かして人間と戦いました。

また、人間たちも動物たちに不利な戦いを強いられますが、その度に、人間の持つ智恵や力とぶつけて突破していきました。


両者の間には血がたくさん流れました。

その惨状を目にし、戦争への嫌気に駆られて、新たな一派が現れました。

彼らは主に人間たちでした。

彼らは悲惨な現状を思い悩み、怒り、如何に戦わないで済むかを考えるようになりました。

そうして出来た陣営の人間たちは、動物たちに和平条約を結ぶよう提案しました。

人間だけでなく、動物たちの間でも戦いに疲れたという声が大きく、話し合いの場が作られることになりました。


話し合いの場は、かつて村が平和だったころに人間が作った建物で行われました。

その場には三つの陣営が席を並べました。

まず、人間側から政治に詳しい歴史物語の主人公とその側近が人間代表になりました。

動物側からは戦争でも参謀を担当していた猿たちがやってきました。

そして、この和平交渉を持ちかけた人間たち。

彼らは席に着くと、息をつく間もなく舌戦を繰り広げ始めました。


「人間らよ、もうお前らばかり増えてこれ以上血を流すのはたくさんだ」

「我々はもう人間を殺すようなことはしないし、先に攻撃したことは謝るから、もうこれ以上戦わないようにしてくれ」

猿たちは動物派の言い分を開口一番訴えました。

「何故お前らの言うことを聞かなければならないんだ」

「元々人間に攻撃を始めたのはお前ら動物だろうが」

人間派から怒号が飛びます。

「静かにしてください」

「どちらの言い分も私たちはよくわかっています」

「私たちの話を聞いてくれませんか」

和平派の人間たちは何とか場を諌めようとしました。

しばらくの間は一触即発の雰囲気。

しかし、和平派の必死の説得で場はようやくおさまりを見せ始めました。

一度落ち着いたことを確認して、彼らは今の状況について淡々と語り始めました。

「みなさん、今私たちは大変なことをしています」

「事実だけを述べていきましょう。元々私たちはどちらも食料十分、生きるのにも不満はありませんでした。しかし、われわれ人間が増えすぎたせいでその均衡が崩れて、動物たちの間に不満が溜まってしまいました。結果、先に動物たちが人間たちに奇襲を仕掛けて、戦争になってお互いにたくさんの犠牲を出すことになります」

「現状我々は戦いに明け暮れたせいで、いくつも問題を抱えています」

「まず、人間側は数が増えすぎたことと、戦いのせいで余分に食料が足りていないことから大変治安が悪くなっています。一方、動物側は元々少ないことに加えて、人間に殺されたせいで絶滅の危機に瀕している動物がいます」

「そこで私たちは、両者の不満をすり合わせて、これらの問題を解決しようと思うのです」

ようやく和平派の主張が伝わり、周りは幾分冷静にものを考えるようになりました。

特に、完全に怒りに満ちていた人間たちはすっかり落ち着いて、自分たちの横暴を思い返しました。

猿と取り巻きの動物たちも同様に、自分たちがやってしまったことの重大さに気づいて、粛々とした雰囲気になりました。


随分と落ち着いた建物の中は、静寂に包まれました。

どうやら思うようにいきそうだと安心した和平派は胸をなでおろします。


その時、建物の外から人間の男が大声をあげて乱入してきました。あまりに突然のことで建物を見張っていた者にも止められませんでした。

飛び込んできた男は動物たちを指差して、大声をあげました。

「うるさい、そもそもお前らが喋ることができるのは誰のおかげだと思ってるんだ」

「人間様が言葉を持ち、文化を持ち、物語を持ったからだろう。そんな所詮人間様の作りもののお前らが一人前に物を考えるんじゃねぇ」

周りは唖然としてしまった。

せっかく、動物と人間、お互いが手を取り合って再び平和な村に戻ろうとしていた時にとんでもないことを口走ってしまった。

周りの人間たちは陣営問わずに男のもとに向かった。

大暴れした男によって何人かけがをしたが、ものの数分で男は取り押さえられた。


しかし、集まってきていた動物たちには異変が生じていました。

スイッチが切れたように喋らなくなり、元の動物のように気ままに動き始めたのです。

先ほどまであんなに饒舌にしゃべっていた猿は一言も発しません。辺りを見渡して首を傾げるしぐさをするだけです。

取り巻きの動物たちも皆同様でした。

野生に帰ったように動物たちは動き回り、また、話し合いの場は混乱に包まれました。


和平派のおかげで冷静になっていた人間たちは何とか動物たちをおとなしくさせました。

そして、何が起きたのかを考え始めました。


彼らにとって動物たちが話し、人間と戦うまでに物を考えるのは当たり前になっていました。

しかし、本来あの動物たちは元の世界の人間によって物語に登場させられていたに過ぎないのです。

人間たちはハッと気づきました。

あの男の言うとおりに違いないのです。

動物たちが人間と共存して生きていたこと自体、人間が動物たちを使って物語を作ったのがきっかけ。

そう分かると、人間たちは先ほどの反省もつかの間、せいせいした気持ちになりました。和平派の人間もだんだんと心変りしていきました。

ざまあみろ。

人間の操り人形に過ぎない動物風情が反抗してくるなんてやっぱりおこがましかったんだ。

もはや本能に任せて鳴き声をあげるだけの動物たちには何もできません。

何かしようと考えることもしなくなってしまったのです。


とても戦争なんて続くわけがありません。

数日後、人間たちは戦争をすべてやめました。

動物たちには最低限の食べ物を与えて、結局戦争をする以前に増して人間たちは好き勝手を始めました。

何しろ動物たちは何の文句も言いません。


こうして、人間たちは安寧の地を得ました。

村は人間の手によってどんどん発展を遂げていき、ますます暮らしやすくなっていきました。

かつては戦争をした動物に対しても、住みやすい環境を整えてあげました。

こうして人間と動物はどちらも平和に生きていけるようになったのです。


しかし、今度は人間はとても寂しくなってしまいました。

昔のように動物に話しかけても誰も反応しないのです。

当然です。

彼らは人間のような言葉を話し、物を考える魂を失ってしまったのですから。

人間ばかりが難しいことを考えて、悩んで生きていたのです。人間にとっては都合よく物語を作れるから動物に魂を与えてやってたと思っていたのです。

でも、動物たちが喋れなくなった今、人間は自分だけで喋らないといけません。

それがさびしいから動物たちに魂を与えて人形劇をやっていたのです。

人間たちはようやく気付きました。


人間は再び周りを取り囲む野生に帰った動物たちを集めました。

そして、魂を与えて言葉を話させようと試行錯誤しました。

今度はただの好奇心ではないし、彼らに演じてもらいたいわけではありません。

ただ、話し相手になってほしかったのです。


しかし、もう手遅れ、動物たちが喋るようになることはありませんでした。


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