【8】そしてここはどこなのかしら。
ーーーぱちり
ん??あれ、記憶がない。あぁいや、記憶喪失的な意味ではなくって。もちろん自分が実はゲームの中のラスボスで倒されるかもしれなくて……云々は覚えている。いっそ記憶飛ばしたかったな!じゃなくて。
あの後倒れたふりをしてから目を開けるまでの記憶が……ない。
まさか……眠ってしまったのか。移動した覚えもないのに景色が変わっているし、その後の成り行きを私は知らない。まあ、あのままピンピンしているのもマズかったし結果オーライということにしておこう。
「そしてここはどこなのかしら。」
「第一声がそれかよ」
独り言に対し少し呆れた声が返ってきた。アリスが寝ていたベッドの横に腰掛けている蒼い髪の青年。言わずもがな、腐れ縁もとい幼馴染のオリオンだ。
「あら、だって記憶がないんだもの。移動した覚えもないのに景色が変われば誰だって気になると思うわ」
「そりゃあお前が倒れた後 オレが運んだからな。んでもってここは医務室。魔力の使いすぎと疲労だろうってさ」
「そう……リオンが運んでくれたのね。ありがとう」
目が覚めて早々通常運転のアリリエスに、内心安堵しつつも本当に大丈夫かと逆に心配になるオリオン。あれ程の魔力を使っておきながら、倒れはしても数時間で目を覚まし けろっとしている。普通なら魔力不足で何日も目を覚まさない程だ。潜在能力が余程高いのか……。
「身体は大丈夫なのか??」
少し心配そうな顔をするオリオンに、アリリエスはきょとんとした。はて。あぁ、この下りレイチェル嬢ともやったなそういえば。あれだ、フリをしないといけないやつだ。
「ええ……そうね、まだ本調子ではないみたい」
目線を下げて儚げに呟けば、それはそうかと納得気な反応が帰ってきた。と同時になんだか安心された気がする?
「まだ今はもう少し眠って「アリス様!!」うおっ」
勢いよく開け放たれた医務室の扉に、危うく餌食になりそうだったオリオン。そんなの御構い無しに部屋に転がり込んできたのは、件の令嬢エミリア・カトレットだった。
「あぁアリス様!私がきちんと力を使えなかったばかりに……!申し訳ございません!」
大きな瞳をうるりとさせ、心底申し訳なさそうにアリスのベッドに駆け寄った。あぁだからどうしてそう寄ってくるかな。
「ーーそんなことよりエミリア様、ここは医務室です。どのような理由があれ、そのように仰々しくいらしてはいけませんわ。他の方のご迷惑になります。」
そう、特にあなたの蹴やぶらんとする勢いで開いた扉の攻撃を受けそうになった彼とか彼とか彼とか。
「あっ、私ったらつい!申し訳ありません」
しゅんとなって謝罪するエミリアに後から来た声が苦笑して言った。
「まあ、レイウェル嬢、今日のところは大目に見てやってくれないか?カトレット嬢もあんたが倒れて気が気じゃなかったようだから」
「王太子殿下」
突然現れた彼に礼をしようとしたアリス達だが、すぐさま制止させられる。倒れて本調子でない筈のアリスに対する配慮だろう。
「身体の調子はどうだ?レイウェル嬢のお陰で助かったが、あれ程の魔力を消費したのだ。皆一様にあんたのことを心配している」
ーー主人公といい この王子といい、ほいほいラスボスのところに来すぎじゃないのか。まあアリスがラスボスだとは知らないだろうけど。
「ーーこの度は皆様にご心配をお掛け致しましたこと、お詫び申し上げます。ですがこれは私の不甲斐なさが故のこと。皆様がお気になさる必要はございません」
そうしっかりとした瞳を向けて言えば、殿下は肩をすくめて苦笑した。やはりあんたは強いな、と。
「ーー此度のこと、不審な点が多くてな。落ち着いたらレイウェル嬢の意見も聞きたい」
「不審な点、ですか……」
「まだ調査中なのだが。とにかく今はゆるりと休んでいてくれ。魔力消費には休息が1番だからな」
「お気遣い痛み入ります」
ゆるりと礼をすると、殿下は医務室を後にした。
何しに来たんだあの人……とか言っちゃいけない。様子を見に来てくれたのだ。
「さ、そういう訳だ。アリスはとっとと寝る!オレがついてるからカトレット嬢ももう講義に戻って大丈夫だ」
「ーーはい……」
未だしゅんとしたまま立ち去ろうとするエミリアに、アリスは内心苦笑しながらも声をかけた。
「エミリア様、ご心配お掛けして申し訳ありません。あなたがご無事で安心いたしましたわ。怖い思いをなさったのに、私のことを気にかけてくださってありがとうございます」
「アリス様!あぁもう私はなんという罪深いことを。私の力が足りなかったのです。これから更に精進して、アリス様を守れるようになりますわ!」
エミリア嬢はそう息巻くと、やる気に満ちた目で医務室を後にした。あれ、うっかり励ましちゃった?いやだってあんな顔をされてしまったら、ね。
元来優しいアリリエスは、そこまで悪にはなれなかった。まあ、近すぎなければそれで良いかと開き直ってきたアリスであった。
◆
「それで……これは一体どういうことなのかしら」
アリスの手には一枚の通知書が。
ーーーそこには、
【魔導師コースへの特別参加を認める】
そう書かれていた。いや、認めなくてよろしい。
なんでこんなことに。
と考えるまでもない、例の火事場の馬鹿力で魔力開花させちゃった事件によるものだろう。
とりあえずお断りの連絡をいれよう。
そう思ったアリスであった。
ーーーのだが。
「アリリエス・フォン・レイウェル嬢かな?」
断りの連絡をいれた後にアリリエスが回廊を歩いていると、ふと後ろから声をかけられた。すらりとした長身で、明るい茶色の髪をゆるく後ろで束ねた若い男性だった。不思議そうに眺めていたのが分かったのか、少し笑うと言葉を繋げた。
「あぁ失礼。僕は魔導師コースの講師をしている、アドニス・ド・レイガーといいます。」
あぁ、例の。なんだか面倒くさそうタイミング的に。そんな思いは勿論見せることなくふわりと笑うアリス。
「左様でございましたか。ご挨拶が遅れ申し訳ございませんレイガー先生。仰る通り、私がアリリエス・フォン・レイウェルにございます。」
完璧な礼をするアリリエスに、アドニスはにこりと笑った。
「さすがはレイウェル公のご令嬢ですね。
ーーーそんなあなたが魔導師コースを受講されるなんて公爵も鼻が高いでしょう」
にこにこと続ける彼は、無邪気にそう告げた。この、周りに生徒達がいるところで。2人の声が聞こえたのか、周囲がざわめく。
「いえ、レイガー先生。何かの間違いですわ。私などがそのような講義に参加できるはずがありません」
「そうかな?君の実力を鑑みれば相応のことだと思うけれど」
この人……やはりあの場にいたのか。講師は何人かいるらしいが、この人も見ていたらしい。もしやこいつか!変な通知送って来たのは。面倒な。
「実力……ですか。あの時はただ殿下達に危害が及ぶと無我夢中で」
「それが素晴らしいことなのです。あなたはあの魔導師コースを受けるに相応しい人材ですよ」
若干引き気味に答えていたアリリエス(勿論顔には出さない) に気にせずにこにこと続けるアドニス。するとそんな2人の会話を聞きつけたご令嬢が近寄って来た。
「まあ!公爵家のご令嬢が魔導師コースの受講を認められるなんて何年ぶりでしょう!」
「さすがアリス様ですわ!容姿端麗 成績優秀なだけでなく、魔力もこの国随一のものだなんて!まさに才色兼備ですわ!」
うっとりと褒め称えるのはアリリエスの取り巻き令嬢達だ。思いの外 例のアリスの起こした行動は学院での印象はそう悪くなく、むしろアリスの評判をあげていた。だから何故そうなる。君たちエミリア嬢の時は褒めるどころか袋叩きにしていたろうに。
「……」
なんとも言えない気分のアリスだが、ここまで噂も広がってしまった後ではこの通知を拒否することも難しい。あぁもうどうしてこうなるかな。
そうしてアリスは仕方なく、本当に仕方なく魔導師コースに参加することにしたのであった。