【7】やってしまった……。
「あの子大丈夫かしら……」
魔導師コースの講義は外の訓練場で行われていた。
アリリエスとレイチェルはたまたまそこを通りかかっただけなのだが、なんとも言えない状況に思わず足を止めて見ていた。
「まあ、王太子殿下もいらっしゃるようですし、下手な事は起こらないと思いますけれど。アリス様がお気になさることでは ございませんわ。
例え訓練で怪我をなさっても、無知な彼女の自業自得でしてよ」
流石悪役令嬢の取り巻きガール。主人公に対し些か……いやかなり厳しめだ。
「そうねえ……」
それにしても周りは男子生徒ばかりだし、彼女はきっと自分の魔力の使い方すらよく分かっていないだろう。
悪役令嬢としては、いい気味だと笑うべきなのかもしれないが、オリオン曰くの元来お人好しなアリリエスにとっては放って置けない状況なのである。
『ーーそんなに心配でしたら あなたも参加なさいますか?』
突然ふわりと舞い降りてきた声に、アリスは驚き振り返る。が、周りには誰もいなかった。
「アリス様?どうかなさいましたか??」
きょろきょろするアリスを不思議そうに見るレイチェル。彼女には聞こえていない……?
「いま、何か聞こえませんでした?」
「ええと……訓練場からの声が聞こえるくらいでしょうか」
何か、という漠然な問いに なんとか答えてくれるレイチェル。訓練場からは確かに、講義が始まったようで教授や生徒の声が聞こえてくる。
しかしそれではないのだ。やはり先程の声は聞こえてないのか。
「そうね、気のせいだったようですわ」
そう言って笑うアリス。何故自分にだけ聞こえたのか よく分からないが、おそらく気のせいなどではない。何となくだがうっすらと魔力の跡を感じる。
また何か嫌な予感がするアリスだったが、レイチェルを不安にさせるわけにもいかない。
アリスは磨き抜かれたご令嬢仮面を貼り付け、何事もなかったかのように訓練場へと目を向けた。
訓練場では、今まさに主人公エミリアが魔法を使おうとしているところだった。訓練の一環なのか適性を見るためか、エリーは擬似魔物を相手に手を掲げていた。
盾の魔法か攻撃魔法か、どのように対応するかを見ているようだった。
ーーーしかし、彼女の様子がおかしい。
噂によると魔力量は申し分ない筈なのに、一向に魔法が放たれることはなかった。いくら使い方を知らないとはいえ、そこは主人公補正だ。どうにかなるに違いない。しかしそんな思いとは裏腹に、エミリアが動くことも、魔法が発せられることもなかった。
向かいくる魔物に徐々に焦りを見せる周囲。
教授が一度、擬似魔物の魔法を消そうと手を掲げるも……それが消えることはなかった。
このままではーーー。
「危ない!!」
ーー誰かの叫び声が聞こえた時。
レオン殿下が魔力を帯びた剣を構え、エミリアと魔物の間に身体を滑り込ませた時。
オリオンがエミリアと殿下に向かって盾の魔法を作動させようとした時。
その一瞬を貫くように、鋭い魔力の光の線がその場を駆け抜けた。
「な……っ」
周囲が驚きの色に染まる。
迫り来ていた擬似魔物の魔法は、光の線に貫かれ跡形もなく消え去った。そしてエミリアと彼女を背に庇った殿下の前に、光の結晶が輝いていた。
へたり。
緊張が解けたのか、エミリアがその場にへたりこむ。半ば放心状態の彼女に気づくと殿下は慌てて声をかけた。
「大丈夫か?!」
「あ…………わたし……」
エミリアの瞳が漸く殿下を映す。怖い思いをしたであろう彼女に、極力優しく声をかける。
「もう、大丈夫だ。驚いただろう」
「殿下っ!あの、助けていただき、ありがとうございましたっ」
「いや、私は何も。
ーーーどうやら、また助けられたようだな」
彼女にーーそう言って殿下は未だ驚きながらも、どこか納得をしたようにある方向を見つめた。殿下の視線の先を辿るとそこには……
「ーーーアリス……様?」
アリリエス・フォン・レイウェル嬢がその白い腕を真っ直ぐこちらに伸ばして立っていた。
誰もが分かる、その光景。光の線を放ち魔物を消し飛ばし、エミリアと殿下に光の結晶……盾の魔法を施したのはアリリエス公爵令嬢その人であった。
◆
莫大な魔力をぶっ放し、その場にいた者の視線を集めた張本人、アリリエスはというと……
ーーーやってしまった……。
この一言に尽きる。あぁもう何やってるんだ私。あのまま放っておいても殿下もリオンも動けていた筈。それなのに自ら動いてしまうなんて……!気付いた時にはもう遅かった。
なんということだ、自分も人のこと猪突猛進だなんて言えないじゃないか。
「あ、アリス様?だ、大丈夫ですの……?!」
すぐ側にいたレイチェルが放心状態から戻り、慌ててアリスに声をかけた。大丈夫じゃない。今めっさ見られてる……!さてどう言い逃れしようか。
基本的には貴族のご令嬢と言えど、魔導師やらその卵に匹敵する魔力など持ち合わせてはいない。アリスの場合は、物語のラスボスという位置づけ上、莫大な魔力を持っていることは仕方のない設定なのだ。
とはいえ……あんまりバレたくなかったんだけどなぁ。目立つから。
「あの、お身体の具合は?!」
んん、お身体??急に思考を遮られ きょとんとするアリス。なにやら食い違っていた考えに、一度立ち止まる。はて、お身体とは?表情が物語っていたのか、レイチェルはすぐに言葉を繋いだ。
「もうっ、あんなに多大な魔力をお使いになって!魔力不足でいつ倒れてもおかしくないのですよ!」
あぁ、そっちか。そういえばうっかり山を消し飛ばした云々の時に魔力不足で倒れたっけ。
基本的には莫大な量のこの魔力に、この程度でなくなるという考えが抜け落ちてしまっていたアリスは、漸くレイチェルの焦り具合に納得した。
そりゃああれだけの魔法を魔導師でもない一般人が使えたとして、ぶっ倒れないと考える方が難しいだろう。
ーーそうか、一回倒れておけばいいのか。
成る程ありがとうレイチェル嬢。これでピンピンしている方が異常だと思われるだろう。レイウェル公爵令嬢は、殿下達に危害が及ぶからと 火事場の馬鹿力でその才能を開花させた、と思われる方がまだよい。
そう考えに至ったアリスは、少し辛そうな表情を見せ、一気に身体の力を抜いた。
レイチェル嬢が慌ててアリスを支え、心配そうに声をかけてくれる。ごめんね心配してくれてありがとう。やっぱり根はいい子なんだなぁと呑気なことを考えるアリスであった。