【4】早くも何だか面倒事の予感がした
「えーっと、これは……どういう?」
ーー絶賛アリスは困惑中だ。無理もない。
入学パーティーの翌日、アリリエスは朝早くに学院に到着していた。そんな彼女を待っていたのは生徒たち(主に女子生徒)の切望の眼差しだった。
どうしてこんな状況になっているのか分からないアリスに、中等部からの取り巻きガールズが駆け寄って来た。
「アリリエス様っ」
「あらルル様、ご機嫌よう」
「ごっ、ご機嫌麗しく……ってアリリエス様それどころじゃありませんわ!」
あえて呑気に挨拶をしてみれば速攻返事が返って来た。何をそんなに慌てているのだろうか。とりあえず言葉の続きを待ってみる。
「王太子殿下が……アリリエス様をご指名なさったの!」
「……はい?」
◆
ルル嬢からのお知らせに思考を巡らせていると、改めて教授からの指示があった。何のことはない、殿下の指名とやらは、この学院の案内係をアリリエスに任せたい というだけのこと。面倒な。他に希望しているご令嬢はたくさんいるだろうに。
指示された時間に指定の場所に行くと、件の王太子殿下とその取り巻き……ごほん、従者たちがざっと5,6人ほど揃っていた。
「アリリエス・フォン・レイウェル、只今参りました」
「あぁ、レイウェル嬢。急な要望で申し訳ない」
少し疲れたような殿下の様子に、面倒に思っていた気持ちを奥へと引っ込めた。殿下はそのまま従者を1人だけ残すと、他の従者を下げさせた。そうして息をつく。そんな彼にアリスは深くお辞儀をした。
「昨日はお助け頂きありがとうございました。あのご令嬢はその後大丈夫でしたか?」
「ん?あぁ、問題ないし あんたが気づいてくれて良かった……あの後少し大変だったけどな」
ぼそりと呟かれた最後の言葉は聞こえないフリをした。全部丸投げで殿下に押し付けて帰ったのだから無理もない。これは予想だが、主人公エリーちゃんから多分に感謝されたのだろう。そして宥めるのに少々苦労されたようだ。
「……それは良うございました」
何事もなかったかのように安心した表情を見せるアリスを、殿下はじっと見つめた。その視線に、アリスは不思議そうな顔をする。
「あぁいや、昨日も感じたが、あんたは他のご令嬢とは違うと思って」
またこれだ。自分が周りから少々浮いていることはなんとなく分かっている。今まで波風立てず過ごして来たのに……どこで間違ったのか。
「あぁすまない、別に悪い意味ではなく、」
アリスが考え事をしているのを気を悪くしたと思ったのか、少し慌てて弁解しだした。やっぱり正直者な殿下にほんの少し微笑んだ。が、すぐに表情を引き締める。こんなところで変なフラグを立てるわけにはいかない。すっかり忘れていたが彼もゲームの攻略対象だ。
「お気にならさず。それより……少しお疲れのご様子ですが、学内観光は後日になさいますか?」
「……いや大丈夫だ。頼めるだろうか」
「承りました」
◆
学内観光は恙無く行われた。初等部から通うアリリエスはこの学院を熟知しているといってよい。非常にわかりやすく説明していった。殿下とその従者も感心して後に続く。勿論、その間の切望の眼差しは全無視だ。気にしていたらキリがない。
普通ならこのような大役を任されたアリスに対し、ご令嬢達からのお呼び出しがあるのでは?と思われるところだが、そこは何せレイウェル公爵令嬢。立場というものが違う(そもそも そんなものは初等部のうちに打破している) 。容姿端麗 成績優秀な彼女には むしろ尊敬の眼差しが多く含まれていた。
ーーこれがもし他のご令嬢だったらと思うと、色々と面倒くさそうで想像したくない。
ここへ来て漸くなぜ殿下が自分を指名したのか理解できたアリスだった。アリスが遠い目をしていると、否応無しに物語が進みだした。
「レオン様!」
ーーーこの声は。
「カトレット嬢か」
うん、だよね。栗色の髪をふわふわとなびかせ、真新しい制服に身を包んでこちらに……殿下に駆け寄るはエミリア・カトレット嬢その人だった。そんなに走っては転……
「きゃあっ」
ぶよね、そりゃあ。しかし彼女は地面につくより前に支えられていた。ちなみに残念ながら殿下ではない。彼が動くよりも先に従者殿が動いていたようだ。
彼女は昨日もやらかしていたので従者殿の注意リストにでも載ったのだろう。昨日の今日だもんね、まあ学ぶよね普通。
「……大丈夫か?」
「も、申し訳ございません!お助け頂きありがとうございますっ」
殿下の言葉に、ささっと従者殿から離れると ぺこりとお辞儀をするカトレット嬢。元気なのは良いけれどもうちょっと落ち着こう? ここ一応王国最高峰の学院だから。
アリスが若干引き気味に眺めていたのが分かったのか、殿下は苦笑していた。まあそんな顔をするな という視線がいたい。不可抗力だ。
「それはそうと、そんなに急いでどうかしたのか??」
殿下がエミリアに向き直ると、不思議そうに問いかけた。
「え??あ……えっと、レオン様のお姿が見えたものでつい……昨日のお礼もしたくて」
そう照れたように言うエミリアに少し呆れるアリス。昨日の件で殿下に対する好感度があがったのは仕方のないことかもしれないが、ちょっとは時と場合を考えよう主人公。お姿を見つけたくらいでご令嬢が走ってくるな。
そしてまだ物語に大きく巻き込まれたくないので、自分のいないところでしてほしい。
ーーってもう遅いか。
恒例になりつつあるアリスの考え事を他所に、殿下は思い出したようにアリスを見た。……何だか嫌な予感がする。
「そうだ、昨日といえば……
ーーーカトレット嬢を見つけることが出来たのは彼女のお陰なんだ」
おい殿下ぁあ!私を巻き込むな……!
あぁほらエリーがアリスを認識してしまったじゃないか……!
内心絶叫しているアリスだが、勿論表情には出さない。ご令嬢の基本だ。
「まあ、そうでしたの!……ではあのローブはあなたが」
茶色の瞳をまっすぐ向けられ、私に逃げ場はなかった。
「ーー私はただ物音がして不思議に思っていただけで何も……。殿下が来て下さらなかったら きっとあなたをお助け出来ませんでしたわ」
少し儚げな目線で告げるアリス。あくまでも殿下のお陰であることを強調しておく。私はまだエリーの中では通行人Aでいたい。……無理そうだけど。
「いえっ、助けて頂いた殿下は勿論ですけれど、あの時あの温かなローブにどれだけ心が救われたことか……! 」
エリーの純粋な瞳がアリスを捉えた。なんだろうね、主人公あるあるなのかな この純粋さ。あと……猪突猛進。
「あのっ、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか??ローブもお返ししたいですし!
あっ、私はエミリア・カトレットと申します」
紹介の仕方は なってないが、花のような笑顔を向けられれば誰だって悪い気はしない。
が、認識されてしまったからには仕方ない、ここは少し心を鬼にして ツンとした態度を心掛ける。そう、今日から悪役令嬢本番だ。
「アリリエス・フォン・レイウェルと申します。
それとあのローブでしたら もう着ませんのでお返し頂かなくて結構ですわ」
自分で言っておいてなんだが、結構冷たい声が出せたと思う。あなたの着たローブなんてもう着れなくってよの意味だ。ツンとした表情のまま ちらりと窺い見ると、エリーはぽかんとしていた。無理もない。ちょっぴり罪悪感がわくが今後の為だ、仕方ない。
ーーそう思っていたのに。
「アリリエス様と仰るのね!素敵なお名前ですわ!
それでは、親しみを込めてアリス様とお呼びしますね!」
込めるな呼ぶな。何この子伝わらない。
かなり本格的に戸惑ってきたアリリエスは 何も言えずにいた。そんなアリスを他所にエミリアは嬉しそうに微笑んでいた。
「あっ、私次の講義があるんでした!
それではレオン様、アリス様、失礼いたしますね!」
うふふと笑って手を振ってその場を去るエミリア。
その場に残された殿下、従者殿、アリスの3人は、ただ呆然とその姿を見送った。
「殿下……」
「あーいや何だ、明るいご令嬢だよな?」
ーー慰めになっていません。
アリスにじとりと見られた殿下はちょっぴり申し訳なさそうにした。アリスを盾にした自覚はあるようだ。
まあ先にまるっと押し付けたのは昨日の私だけど。
早くも何だか面倒事の予感がしたアリスであった。