picture3〜喜びの歌〜
君は哀しい人だ。自分より他人の方が大切なんてこれ以上哀しい事なんて無いだろう。
7月の中間くらいだった。久しぶりに君とテニスをした帰り、君は本当に不意に嬉しい事を言ってくれた。
「あの、遅くなったんですが、前の返事です…付き合っても良いですよ。私で良いのなら。」
その時の君の言葉を僕は絶対に忘れない。
「えっ?本当に??」
「はい。まだ、好きかって言われたら分からないですけど…今は自分の気持ちが分からないです。」
「そっか。それでも嬉しいよ。」
「ごめんなさい、はっきりしなくて…。」
「別に良いよ。これから分かっていってほしいから。」
僕は君を初めて見た時、この子は笑わないのかと思っていた。でもそれは、やっぱり間違っていたんだね。今ではくるくる変わる君の表情が嬉しすぎる。
久しぶりに会えたと思って喜んでいた、一ヶ月後のお茶会の帰りに、こんな提案をしてきたのは驚いた。 「久しぶりに会えて嬉しかったです!洋さん、突然ですが、どこか連れて行ってくれませんか?」
「はっ?どこに?」
「うーん、どこでも良いですけど…全然一緒に遊びに行けないし。」
君のそんな些細な言葉がすごく嬉しくて、すぐ約束してしまった。
「じゃあ…京都か大阪ってどう?」
「良いですね!またどっちにするか考えて来ます!」初めてのデートと言えるものが決まった時、本気で嬉しくてさ、ちょっとだけ泣きたくなった。
僕が、君とのこんな関係に少し楽しさを感じてるなんて言ったら、君は怒るだろうか?
最近思い出した様に脳裏に蘇る。僕は、幼い頃から作家になりたかったのだ。その為に、岩手の出版社に行きたいなんて言ったら、どんな反応をするのだろう?
君とのデートの前日に、楽しみで眠れないなんてどうも子供染みてる。
「今日、京都行くんだよね?楽しみだなぁ!」
君の家に迎えに行った時、君は第一声にそう言った。
「うん、楽しみだね。やっぱり着物来て歩きたいでしょ?」
「もちろんだよー!洋さんも着てよ?」
「分かった、分かったって。」
ずっとはしゃいでいる君を見ていられたら幸せだった。この恋は間違ってなんか無かったんじゃないかと、錯覚してしまう程に。
でも、そんなの僕だけの幻想だ。君には、果てしなく輝く未来があるのに。でも、引き返すには失う物が多すぎただろう?
僕がこんな所に引きずり込んでしまったんだ。
「洋さんー?どうかした?八ッ橋食べたい!」
「ああ、ごめん。八ッ橋ね、五条においしい所があるよ。行く?」
「もちろん!」
「じゃあ、その後着物着て茶室ね。」
「うん!楽しみだなあ。」僕は、我儘だ。君が何かを失っても、この瞬間を守りたいと思った。
「今日はありがと。ほんと、楽しかった!また一緒に行こーね。」
どうか気付かないでくれ。こんな淀みきった僕の心の奥に。純粋な君のままでいてくれ。