溢れる泉は、いつか枯れる時まで
彼は、私を『うらやましい』と言った。
自分には溢れ出す才能がないと。
私は、彼の方が凄いことだと思っていた。
話を順序よく組み立て、構成し、矛盾を許さない、その完璧な物語に。
無口で普段は聞き役の青年は、もう一度、話を聞かせて欲しい。そう私に言う。
私は、それが才能と言えるものなのかどうなのか分からないまま口を開いた。
幼少時の空想好きなこと、一人っ子でそれしかなかったこと、本は小学校4年生から友人に誘われたことがきっかけで読み始めたこと。
彼「もっと早くから多くの本を読んでいたかと思ったよ」
どう思っているのか分からない、無表情に近いまま彼は言う。
私「そうかな・・・・・・」
音楽や、言葉、絵など一つで、何かしらのスイッチさえ入れば、
こんこんと溢れ出す泉のように、時にはとどめておけないほどの洪水のごとく話を思いつく。
ただ、それだけだった。
彼「最近は本、読んでるの?」
人の顔を伺うような、その表情が嫌いだ。
何一つ見逃さないと、じっと観察し、嘘なんかついても見抜いてやると言わんばかりの表情を上手く隠しているつもりの顔だ、と思う。
クスッと、自分こそが深読みしすぎているかもしれない心に対して笑った。
気分を彼は害したのか、
眉間に一瞬、シワを寄せたのを見逃さなかったけれど気がついてない振りをする。
彼はなんて女性らしいのだろう、と良い意味で思う。
男性にしては感受性が強く、ほとんど自分から喋らない代わりに表情が感情を物語る。
彼の内面の思いに関しては、あくまで私の勝手な想像だが、きっと当たっているんじゃないかと思う。
私「最近、忙しいから読んでないわよ」
素っ気なく、だけど優しさを薄い紙一枚分だけ込めて返事した。
彼は、そうか・・・・・・、と落胆したように顔を俯ける。
彼「ありがとう・・・・・・」
それだけ言うと彼は席を立ち、自分のコーヒー分のお金をきっちり置くと『帰る』とも言ってないのにカフェから出て行く。
小説家って変わった人が多いのかしら?
それとも彼が変わっているのかしら?
浮かんだ疑問は解決出来ないだろうと思いそれ以上考えることを止めた。
それが彼に会った最後の日だった。
彼は自ら命を絶ったらしい、と聞いたのは一ヶ月後のことだった。
彼の見知らぬ友人たちと、泣いている女性。
私は葬式で、彼のことをほとんど知らない自分に気がつく。
私にとって小説を書くのは趣味であり、その趣味がこうじて小説家の卵の彼と出会ったに過ぎない。
とくに、それ以上の思い入れもなく他に“夢”がある私には彼の苦しみは分からなかった。
そんなことを、ぼうーっと考えていると一人の中年の女性が私に近寄ってきた。
女性「あなた○○さんね?」
初対面の女性に名前を呼ばれて驚いた。
そうです、と返事すると悲しい表情と気を遣ってくれているような変な顔のまま、クタクタになっている紙を手渡される。
女性「私、あの子の母親なの。あなたのこと、すごい人だって聞いていたから・・・・・・」
なんとなく分かったわ。
そう言うと涙を流しながら、去って行く。
静かに何も言わずに去って行くところなんて、親子そろって似ているな、と思った。
こんな時にまで、冷静で感情に波立たない自分が嫌になる。
私は、手渡された紙を開く。
そこにはボールペンで書き殴ったような文字が並んでいた。
『君の才能が、うらやましい』
『僕も、君みたいにアイディアが泉のように溢れだす才能が欲しかった』
なにを馬鹿なことを、と唇を噛む。
悔しかった。
彼はなにを見ていたんだ、と。
たしかに私は、きっかけさえあればアイディアが泉のように湧き出す。
でも、何もかもに対してではない。
自分か幼い頃に好きだったファンタジーや憧れる恋愛話が主だし、
なにより想像力が豊かになったのも一人っ子で友達と遊んでない時間が暇だから始めたに過ぎない。
私のほうこそ彼がうらやましかった。
私は叶えたい夢の一歩さえも届いてないのに。
彼は小説家の卵として一歩を踏み出していたのに。
目指す場所が違っても、彼は一歩を掴んでいたのに、何故。
涙が初めて流れた。
悔し涙だった。
私「私は止めたりしない」
誰も聞いてないなか、一人、つぶやいた。
いつの日か、彼が『うらやましい』と言った才能は涸れるかもしれない。
でも私は書き続ける。
作家を目指そうと、そうでなくても。
私の湧き水が枯れたとたん、役立たずと見向きをされなくなっても。
いつの日か私の中の溢れる泉が枯れる時まで、いや、その時が過ぎても。
私は諦めたりしない。




