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きままに読み流し短編集

悪役令嬢なんてレッテルだ

作者: 菊華 伴

 ――悪役令嬢が断罪され、大団円になる。


 乙女ゲームにおいてのあるパターンに、疑問を持つ人は多いのではないだろうか?

 そういう私も、その1人である。庶民である主人公が、王侯貴族のなかに飛び込むのは、並大抵のことじゃないし、本人の努力も必要だ。

 だが、実際には溶け込めるのだろうか……?

 庶民育ちで実は王族、というパターンであったとしても、三つ子の魂百まで、という言葉があるとおり、変わるには大変な労力が必要なのではないだろうか。


 そんな風に思ったのは、私がとある乙女ゲームのヒロインとして転生してからの事だった。ごく普通の家に育つヒロイン。だが、実は王族だったという典型的パターンに転生する自分に、甘い声をかけてくる攻略対象の人々と、目の敵にする悪役令嬢。その中で記憶を取り戻した私は、正直貴族社会に溶け込もうとする気概がまったくなかったのである。そう、両親が亡くなるまでは。

 私は誰一人攻略する気はない。ましてや、この世界があのゲームと同じとは限らないのだ。だから私は下手に動かず、その世界のその時代、そして自分の身分に合った生活をしていた。

 しかし、ゲームの『流れ』なのか。私は両親亡き後後継人である若者――男爵となった叔父――に引き取られ、この貴族の子息・令嬢が集う学院へと向かう事となった。自分で働きに出ようとしたが「父との約束だから」と押し切られた。ジーザス。


 ならば身の丈にあった相手を探し、それまでに社交界に出ても恥ずかしくない淑女になろうとマナーなどを学び、攻略対象とはなるべく接しないように動いていたわけだが、どういう訳か皇太子の婚約者であり、このゲームにおける悪役令嬢が、私にいちゃもんをつけてきた。

 くどくど長い話を纏めれば、「私の皇太子様に色目を使わないで」という事らしいが、私には全く身に覚えがない。その事を正直に言うも、信じてもらえず悩んでいたのだが、わたしはふとこんな事を言ってみた。

「メリベル様、皇太子様のこと、どれだけ知っていますか?」

「何を言うの? 私はもう10年も婚約者をしていますのよ」

「ならば、何故皇太子様は貴方さまを放って私のような者に声をかけるのでしょうか。私は、貴方さまと皇太子さまはお似合いだと思いのですけれどね」

 傍観していたかった。攻略対象たちから離れて、彼らがどう動くのか。選択肢にない行動をとり続けた場合、一体どんな風に流れていくのか。けれども、それももう、おしまいだ。自分が動いた時点で傍観者ではいられない。

「……ナーサニア。貴方、何を……」

「私、ナーサニア・ブルム・フォーサイスは、貴方さまに皇太子さまの傍にいて頂きたいのです」

 私は知っている。公爵令嬢メリベルが、妃として相応しくなるべく血の滲むような努力――交流のある国々の言葉を学んだり、その国々の風習を学んだり、マナーやダンスを練習したり、王に尽くすべく見聞を広めたりなど――をしていた事を。私は知っている。メリベルが皇太子に助けられた事で心から愛するようになった事を。私は知っている。その実る努力が、皇太子の弱い心を圧迫していた事を。

「皇太子様は、ああみえて精神的に弱い面がおありだと思います。メリベル様のように努力している人を眩しく思い変われない自分に鬱屈を抱えているのではないでしょうか?」

「そ、そんな……」

 メリベルは、それを知らない。皇太子の妻に相応しくなるべく努力しているだけなのに。それがあまりにも悲しい。私は、だからこそ、ここで発言してしまったのかもしれない。

「メリベル様。どうか、やわらかい女性となってください。殿方は、女性に心を包まれたいのです。本音をさらけ出せる相手になれるよう、動いてみてはいかがでしょう?」

「どうやれば、いいのかしら……」

「そうですね、堅苦しい空気を抜きましょう。たとえば、名前で呼んでみたり、甘えてみたりするとか」

 私も、前世ではごく普通に恋をして結婚した。夫は平凡な人だったけど、凄くやさしい人だった。「共にいて安らげる君と暮らせて嬉しい」と言われて本当に照れてしまったものだ。

 前世、嫁ぐ前に母から聞いた事を1つ、私は伝えた。これで少しは、メリベルの苦労が報われればいいのだが。そう願いながら私はメリベルを見つめた。


******


 あれから一ヶ月が経った。

 メリベルと皇太子の仲は、少しずつ改善されていた。なんでも、皇太子は少しずつメリベルに心を開き始めたらしい。いつのまにか、ヒロインに起こるはずのイベントが、メリベルの物になっている。私の記憶にある、ヒロインと皇太子のスチルがメリベルと皇太子のものになっている。それが、私は嬉しかった。

 今、メリベルと皇太子が初々しく手をつなぎ、校庭を歩いている。私はその姿に微笑みながら1人紅茶に口をつけた。

「おしあわせに、メリベル様」

 私はあれ以来、メリベルと話す機会が増えた。彼女は悪役令嬢などではなく、ごく普通の女の子だった。そう、私というヒロインが邪魔をしなければ、彼女は幸せになれたのだ。

 恐らく、他の攻略キャラクターに対応したライバルたちもそうだろう。アドバイス1つで其々の想い人との仲を改善していく。そして、私はというと、攻略キャラでもましてやサブキャラでもない、子爵家の子息となんとなく居心地の良い関係を築いている。

 これでいい。メリベルと皇太子が幸せになれば、彼女が追放される事もヒロインが顔にやけどを負う事もない。


 空は実に平和な青。

 初々しい未来の国王夫妻に微笑みながら、私は想う。


 ――身の丈にあった生き方こそ幸せへの道なのだ、と。


(終)

読んでくださりありがとうございました。

たまには、こういうのもありかと思う一方こういうネタ書いている方も多そうだな、とおもいつつ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金持ちで雁字搦めの生活か、育ちと同水準でのんびりかと問われれば……そりゃあねぇ?
[良い点] いいおはなしでした。 [一言] 実は、王族という設定関連な話はないのですか?
[一言] 身の丈にあった生き方こそ幸せへの道なのだ…その通りだと思います。
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