いんたーみっしょん 「三悪 逃亡記」
「「「な、なんじゃこりゃあああああああっ!!」」」
ロサより迷宮のコアを運び出して早四日目、漸く辿り着いたマカンの町で我等を待ち受けていたのは、我等三名の指名手配書の羅列と、賞金稼ぎの群れであった。
「殺すな! 生け捕りにしろ!」
「取り囲め! 取り囲め!」
「逃がすなよ! 此の侭連れて行けば賞金は倍だ!」
「ヒャッハー! 今度こそ童貞卒業だぜ!」
そう、口々に言っている目の前の四人の男達には、見覚えがある。たしか、なんちゃらジェラとか言うS級のパーティーだった筈。
「ちくしょー! 折角金持ちになったのに、使う前に捕まってたまるかぁぁぁぁっ!」
二刀を駆使し、四人を相手に奮戦している相方の喜死朗には、申し訳無いが、正直、ババを掴まされた感は否めない。多分、あのような大きな宝玉は、この町では、捨て値でも買う者は居ないだろう。
「ふん! 姐さん。正直、ここは、抵抗せず捕まった方が傷は少ないと見ましたが如何がしますか」
「悔しいけど、その通りだろうさ。ここを抜けても次々とこんな奴らの相手しなきゃいけないんじゃ、気が休まらないよ」
「そういう事だ! 喜死朗。ここは、大人しく捕まっておこう」
「ちくしょー!!」
「ふんっ! 気持ちは判るが、死んでは元も子も無いぞ」
こうして、我らは逃亡四日目にして、縛に就いた。
サムズアップ ジェラ のリーダーと名乗った男の話では、我等を生け捕りにすれば、賞金は十四万ドロップとのこと、ふむ、教会の動きが予想外に早かったのは想定外であったが、賞金は安いな。尤も、裏稼業に居た我らの知名度からすれば、こんなものかも知れんが。
「時に、リーダー殿。この後連れていかれるのは教会であろうか?」
「へ? いや、冒険者ギルドだが」
「ん? むはー。不可解な。我等教会を離脱した罪で裁かれると思っておったのだが」
「そうじゃなくて、ロサのギルドがお前たちの持ってる宝玉を皇帝に献上するとか、どうとかって話なんだが」
ふむ。どうやら某の先走りし過ぎだったようである。成程、皇帝なら、あのような大物を買い取ることも出来る。これなら、捕まったことも成功と言えよう。
思えば、某、落ちてきた時から逃亡の歴史であったな。
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八年前にこの世界に転移して以来、逃亡に次ぐ逃亡の繰り返しであった。
某はこれでも、東大で、黒毛和牛の研究をしていた研究者であった。
その、某の目から見て、この世界の人間の姿は一種異様に見えていた。
純朴で従順。見目は麗しく、人助けが三度の飯より大好きで、決められたルールを愚かなほど遵守する、正に、「ザ 善人」 とでも称したくなるような、一般市民の姿に、戦慄したものだ。
その一方で、本当に暴力的な解決法をまず使ってくる聖職者とはとても思えぬ「教会」 の関係者たち。
我ら、「落ちもの」 は、まず追いかけられ、捕まえられ、謎の「洗礼」 と言う名の呪いを受けることで、漸くこの世界に生きる事を許される。そして、「洗礼」 を受けたものは、教会と、国家に従順な豚も同然の生き方を嬉々として生きることとなる。その後、「洗礼」を受けた者たちは、およそ四十年の生涯を善良に、穏やかに生きていくだけである。
一方、同じ「落ちもの」 であっても、「冒険者ギルド」 に保護された者たちは、また別の生き方ができるようになる。「闘い」 を生業とする生き方ではあるが。
実のところ、某も、転移直後にこの「冒険者ギルド」 の勧誘を受けている。受けているのだが、いきなり現れて、「あなたの命が狙われています」 などと言われれば、むしろ、そちらを訝しむのも無理はなかろう。我等三人も、この誘いを断り、逃亡者をやっていたのは、「冒険者ギルド」 が信用できなかったからである。ご丁寧にパンフレットまで用意して、勧誘してきたのだが、某派教会の勧誘を思い出してしまって以来、関わりを絶つようにして、今日まできてしまった。
そうして、疑問と、理不尽と、空腹を抱えて二年ほどの年を過ごしたころ、某は、オリーワという都市の近郊にある小さな農村で、医師兼獣医師をやっていた。
毎日のようにやってくる純朴な農民たちに、簡単な治療を施したり、牛のお産を手伝ったりしながら、こうして穏やかに死んでいくのも悪くはないかと、思い始めた頃だった。
「村長の孫が生まれるべ。先生、お産を手伝ってやってくれろ」
と、村人たちが頼みに来た。正直、人間のお産など、居心地が悪くて仕方ないが、お産そのものは手伝えない旨、予め言い含めて村長の家まで来た。
お産そのものは、安産であり、大過なく無事生まれたが、そこで、某は、恐ろしいものを見てしまったのだ。
それは、オリーワの教会から派遣された司祭様が赤子に祝福を授ける場面である。火の点いたように泣き叫ぶ赤子に「祝福」 と称してあの、我らが落ちてきた日に施そうとした呪いのようなものを掛けているのだ。そして、あろうことか、
「これにて、この子は、生涯、敬虔で、善良で、温厚な人物として国のため、神のために生き、死ぬことでしょう」
にこやかな顔で、この司祭様はのたまったのだ。その時、某は全ての絡繰りに気づき得心したのだ。
この国の民は、こうして、疑念を持つことも、異論を言うこともなく生涯を終えるのだと。
そう思うと、この村の人たちの純朴さも何か恐ろしいものに見え始めた。
その日の内に某は夜逃げした。
そうして、何日も、こけつ、まろびつ、どこへともなく逃げ延びていく。
やがて、正体を取り戻すと、某はマルスの町中でホームレスをしていた。
そこで、ゴミ拾いをやり、日銭をもらい、集まる金で酒を買い、たまに、色町で女を買い。
姐さんと出会ったのは、その色町で、客としてであった。
いかにもな、源氏名と、下の毛のおかげで、「落ちもの」 であることは一目瞭然であったので、恥ずかしながら、某は縋るように一回り若い彼女を抱き、ぐちを零していた。
「なあ、この世界の人間たちは、変だと思わないか? あんな善良な人が自然に生まれてくるなぞ、ありはしない。あれには絡繰りがあって、かくかく、しかじか……」
このような益体も無い話を繰り返し聞かされても、姐さんは、真摯に聞いてくれた。そしてある日、
「てめぇか! 会う奴会う奴、益体も無い話を吹き込んで回ってる野郎ってのは!」
そう、喜死朗に目を付けられたのだ。奴は、既に教会の仕事をしていて、某は、神の威光に逆らう神敵であった。
「聞け! この世界の人間は異様である。我等〝落ちもの〟は、一致団結して、この異様な世界をいきのびなければならないのである」
「問答無用!」
「こんのぉ! スカポンタン!」
バシッ! と、良い音で喜死朗を叩いたのは、姐さん。剛力 殺女であった。
「男が命がけで語りかけてくる言葉を聞きもしないで、何様のつもりだい!?」
呆気に取られる喜死朗が、殺女を見ている。まずい! と、思ったが
「あんたは、今後出入り禁止にしたっていいんだよ!」
と言うと、慌てて
「ヒー! それは勘弁!」
と言い出した。なんだ、ご同輩か。
いずれにしても、漸く話をする態勢が整ったので、某の知る情報を披露した。
曰く
① 教会は、「落ちもの」 を捉え、教会や国に従順になる呪いを掛けて管理しようとする。
② この世界の人々は、生まれた時に、この呪いを受け、一生を過ごす。
➂ この呪いは時限式で、四十を過ぎた頃、それまで健康な者が、急激な血管の収縮により死亡する。
➃ この、呪いを受けていない者は、教会から命を狙われ続ける。
「なるほどなあ。でも、補足するとしたら、こういう事もあるんだぜ」
喜死朗が、ここで自分の知る情報を教えてくれた。
⑤ これらは例外があり、貴族、皇族、教会首脳陣、そして、国に貢献した者はこの呪いは受けない。
「俺っちは、この例外扱いで呪いを受けずに済んだんだ」
⑥ 冒険者になった者は、ギルドが身分保障するため、政治的圧力でこの呪いを受けなくても良い。
「なら、あたしらで、冒険者になってしまえば、呪いの心配をしなくて済むようになるんだね!?」
そういえば、彼女も「落ちもの」である。なら、某同様、今迄命を狙われていたのか?
「それなら、姐さん! 俺達のリーダーになってくださいよ!」
「え~!? 面倒くさいよ」
「なに、面倒な部分は某がサポートするのである。是非にお願いしたい」
「俺っちからも頼む! この通り」
両手を合わせて拝む喜死朗。某も便乗して手を合わせる。
「ったく、しょうがないねぇ。……やるかっ!」
こうして、冒険者になった某たちは、パーティー「三悪」を結成したのだ。
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こうして、冒険者ギルドまで連行された我等に、ロサのギルドマスターからの手紙が渡された。
曰く、こちらの手違いにより、乱暴な召集法を使い申し訳ない。ついては、報酬については、悪い事にはしないので、聖王都で皇帝に件のコアを献上して欲しいとのこと。
「ふんっ! 姐さん、こういうことなら、行くべきかと」
「そうだねぇ。なにも、無理して喧嘩別れすることもないねえ」
「俺っちは、文句ねーぜ」
こうして、我等、元来た道を逆走し、ロサ経由で聖王都へ向かうことと相成った。
次回予告
「しっかし、あっち行ったり、こっち行ったり、忙しないねぇ」
「ふん! しかし、安全に換金できるのならば、それにこしたことはないかと」
「そのと~り! 俺っち達は、〝安全第一〟 がモットーだからな」
「そのわりに、連日賭場に行っちゃあ負けてくるのは、どうしてかしらねぇ?」
「ぎくぅ!」
「財布ぼっしゅー♡」
「ええええっ! ご無体なぁ~」
次回 「ふたりはプチ凶悪!?」
「さあ、我らが栄光の未来のため、聖王都へしゅっぱーつ」
「「アラホラサッサー!!」」




