2nd 「三匹が切る」(主に領収書を)
「手形……ですか?」
「はい、約束手形です」
どうやら、またぞろ面倒なことになっているようだ。
前回の報酬の授与式があるので、城塞都市アルカンまでやって来たのだが、俺達にだけ、二時間前の登城を指示された。領主様から何やら秘密の話があるということだったが、こういう場合の悪い予感はよく当たるということだな。
「正直なところ、皆様の活躍ぶりは、仕事前から聞き及んでおりましたし、皆様の戦果もある程度予測しておりました」
まだ幼い顔立ちだが、目力の強い美少女が正面に座り、俺たちと相対している。
ブルネットの黒髪をストレートに伸ばした彼女こそ、この地方を束ねる領主様。ルテイナス子爵夫人である。
「ですが、正直勝ちすぎです。三人パーティーで二百万ですか? 。そのうえ、大金貨十九枚なんて、一地方都市にあるわけありません。中央の王族でも、そんなに持ってるのはコレクター公爵くらいです」
「しかし、元々この報酬額は想定されていた金額の筈です。それこそ、各地で兵を挙げて戦争状態になれば、この程度の支出ではなかったはずですな」
とは、ヒロシの弁。
「お言葉を返すようですが、あの段階で兵を出してくる貴族など誰もいません。あれは、檄文を送ることで腕利きの冒険者を集めるための口実を作っただけです。実際目ぼしい冒険者は、あなた方同様一本釣りで集めていますから。報酬も、同じことです。取りこぼしが多数でることを想定していたら、一人残さず討伐してしまうなんて……皆様といい、スパイダー ネストといい、わたくしの期待値以上に凄まじい方々ですね。あなた方は」
うーん、と考える両陣営。
「具体的に、どういった条件でなら支払いできますか? 我々としては、せめて全額でなくても、現金が欲しいのですが」
と、俺。
「大金貨に関しては、ザンゲと四天王の分、計八枚は、わたくしの実家から取り寄せて何とかします。しかし、武器類の買取りは、この領地では出来かねます。聖王都まででも行かなければ、そもそもあの武器の買い手も居ませんでしょう。あとは、金貨で支払うにしても、大金貨の移動だけで半年程度、移動には、護衛などの費用も必要ですし、それだけで大事業です」
「私たちが閣下の実家まで引き取りに行くのはどうでしょうか?」
アコが珍しく真っ当そうな意見を言う。が、それは……
「ふつうなら、いきなり貴族の領地に行っても、騙りとして、相手にもされないでしょうね」
うーん、と唸る両陣営。
「それを考慮しての手形決済ですか」
なるほど、納得はいく。しかし、大金貨でプレミアムが付くことを期待していたのに、手形決済にすれば、金額が大きすぎるため、下手に割引をすると、需要の関係で、額面の半額近くまで減ってしまう。実質現金が十五万、プラス手形割引で四十万。武具は残るものの、いつ現金化できるかわからない。想定の四分の一かよ。それが嫌なら半年待てか。
この世界での一ドロップの価値は、大体百円位だと思って間違いない。しかし、現代日本と違って金銭の使い道の限られるこの世界では、高額通貨ほど、その価値は高まっていく。大金貨一枚は、額面は一千万位の価値だが、こちらでは、その金で都市一つの冬季の食糧を賄えるほど価値がある。
「もちろん、この提案を受け入れていただけるなら、半年後に受け取る大金貨のうち、最低二枚は〝パーパス神聖帝国大金貨〟を入れることを約束いたします。他の大金貨についても、決して買叩かれるような通貨を入れません。これは、わたくしの名において確約いたします。それと、利息はつけられませんが、移送の為の費用は、全額こちら持ちにしましょう」
うーん、と唸る俺たち。この辺りが落としどころだろうか?
俺たちの足として使っている車は、レンジローバー5.0スーパーチャージド ヴォーグ。それに、10m級の大型のキャンピングトレーラーを牽引して使用している。こちらでは、ガソリンが手に入らない。が、魔素を含んだ魔水というのがある。ヒロシは、これを触媒に通すことで、燃料として使用できるようにした。
ただ、これがバカ高い。満タンに入れるだけで金貨1枚飛んでいく。予備タンクまで入れても、航続距離は500キロ行くかどうか。その代り、前回みたいな荒事に使用した場合はすっごく頼りになる。
重ねて言うが、ランニングコストが高いのだ。稼げる時に稼がねばならない。
それに、俺達が今後半年の間に元の世界に帰還してしまったら、完全にパーである。分の悪い賭けなのだ。
しかし、俺の白堡流詭芸術の血が、その教えに従うことを示唆する。
曰く、有力者に対しては恩を売ることを躊躇するな。そこで得た好は、必ず己の命と立場を守ってくれる、とな。
この3人の中では、こういった場合、俺が最終決断を下す場合が多い。アコは言わずもなが、であるが、ヒロシも大概脳筋な決断をしがちな為だ。
俺は、領主様にお願いした。
「わかりました。その条件でお願いいたします」
領主様は、約定を一字一句違えずに契約通りの手形を発行し、俺たちは、それを確認した後三人連名で間違いなく受領したことを記入した領収書にサインをする。これで、契約成立だ。
俺と領主様は、握手を交わし契約の成立を祝い合う。なんだかんだで、いい時間になっていた。
「この後、謁見の間で今回の褒賞授与の式典を行い、その後、祝宴を行います。皆様楽しんでいってくださいまし」
そういって、領主様は準備のため、退出した。後に残った俺たちは、一応の確認事項を話し合ったが、妥当な落としどころだろうと二人から褒められた。
ややあって、
「謁見の間へご案内いたします」
と、年若い黒髪の少女がやってきた。黒髪といっても、明らかに領主様とは色が違う。俺達の方に近い色。それをサイドポニーで縛っていた。たしか、この子は……
「敵攻めの時はご苦労様だったな」
と、声をかけると、
「! ご存じでしたか!」
と、驚いていた。
俺達の後をずっと付いてきていた。恐らく領主様の間者であろう。
「ああ、移動手段が違うと、付いてくるのは大変だったろう」
「それを知って移動速度を落とさないのだから大した玉でござる」
ござるキター! ちょっと恨めしそうな物言いに、かわいそうになってきた。
「ちょっと待って。戦利品の分配やるよ」
と、言ってアポートする。
短いが直刀の日本刀である。
「随分と良いもののようですな」
「ああ、このレベルの刀は、俺達の世界では打ち方を失伝してしまった。俺たちが持っていても宝の持ち腐れだ。魔法刀ではないが、良かったら使ってくれ」
「しかし、拙者は見ていただけですぞ」
「そういうな。戦利品があったら、まず良い使い手の処に嫁に出すのが、俺達の流儀だからな。お前程の手練れならと思っただけだ」
そこまで言うと、流石に揺れたのか、
(そういえば、みんなで分け合うのが彼らの流儀でござったな)
「……そこまで言って下さるなら、ありがたく頂戴します。申し遅れましたが、拙者は、根来忍軍のアヤメでござる。この国で困ったことがあったら何でも相談して下され」
根来忍軍こっちにもあるのか!? ともあれ、アヤメに案内され、控えの間で待つことしばし、俺たちは、謁見の間で、領主様から褒美(という名の目録)を下賜された。
この後は、宴である。せっかくなので、たっぷり頂いていくとしよう。
次回予告
宴だ! 宴だ! たべるぞ! わっしょい!
と、思ってはっちゃけようとしたら、もうちょっと大人しくしなさいって。
ちぇっ。
それに、私たちに群がる人、人、人! 一体なにを聞きたいのさ?
どうする、どうなる、私のお肉!
次回、「三人祭り」
経営者のみんな、約束だ。
領主様のまねをして、突然手形決済とか、持ち出したりしないでね。
中には倒産しちゃう会社もあるからね。
アコとの約束。忘れたらマウントパンチしちゃうぞ♡