12th 「ロサの涙」 Bパート
「ええと、今 フッカー卿 と、おっしゃいましたよね?」
スーたちが、揃って前のめりになって坊ちゃんを問い詰める。
「なんだ、知らぬのか? このロサの迷宮88階層を初の単独制覇した偉人こそ、こちらにおわす黒の勇者 聖ゴーリガンこと、フッカー準男爵その人なるぞ!」
「「「「「「「えええっ!」」」」」」」
「つまり主様は貴族様だったでゴザルか?」
「旦那様、どうしてそんな大事なことをお教えいただけなかったのだ?」
「あらあら、ハリセンの準備をしないと」
「お仕置きするなら手を貸しますわよ!」
「うーっ。夫婦間の秘密は、めーですぅ」
「だんなさま、流石にこれは、かばい切れないよー」
「せめて、せめてこのスーにだけは教えて欲しかったです」
わいわい、がやがや!
嫁一同ブーイング。
「あれ? でも、黒の勇者って? ゴーリガンの色ってきれいな青だよねー?」
と、チヨが言ったところで、
「そうですわ。あんな綺麗な青の鎧見たことありませんでしたわ。黒というのは、間違いでは?」
「黒いゴーリガン♡ ちょい悪系でしょうか?」
と、嫁たち不思議そう。
「それはだねぇ、当時Ver.2のスーツが大破して使い物にならなかったからでねぇ。それでプロトタイプ、というか、型起こし用原型モデルのアシストも付いていない只の鎧を着用していたんだねぇ」
ヒロシが助け舟を出してくれた。
「ついでに、あたしも、当時は教会に誘拐? 幽閉? されて居なかったんだよね。ヒロシもその時に大怪我して、意識不明の重体だったらしいし」
アコまでが助けてくれる。
二人とも、この頃の話になると、いつも、申し訳なさそうにするので、俺の方こそ申し訳ないんだよなぁ。
「当時、ここに来たばかりのこいつの面は見れたものじゃなかったぜ。仲間は行方不明と意識不明、おまけに自分自身も酷い消耗していた。それでも、ここの迷宮に高位の治療薬があるかも知れないってあやふやな噂にすがって、この町に来たんだよな」
マスターが、止めとばかり、嫁たちに俺の境遇を話してくれる。
「きっと、一番つらい時の話だ。君らに聞かせたくなかったんだろうよ」
「本当に、あの時のフッカーちゃんは、危なっかしかったわぁ。いつ、帰ってこなくなるかハラハラしてたのよー」
おばちゃんまで。すまん。
当時のことはとてもじゃないが、とてもまともに話せない。
誰も、知らない、知られちゃいけない。
俺はどこまでバカなのか。
誘拐されたとはいえ、相手はアコだ。
本気で心配するというより、誘拐した方を心配していた位だ。
瀕死の重症とはいえ、ヒロシの命に別状なしと聞いていた。
魔法のある国と、高を括っている部分もあるだろう。
周りが思うほど心配していない自分がいた。
そして、この状況を〝おいしい〟と思う自分がいた。
自分の境遇に酔って、中二全開だったなんて。
毎日のように増える二つ名に内心喜んでいたなんて。
毎日迷宮に潜る俺カッケー! とか、思ってたとか。
だめだ、知られたら、知られたら、俺が死ぬ!!
「「「「「「「そ、そんな壮絶な過去があったなんて!」」」」」」」
……今日ほど嫁たちがチョロインであることを感謝したことはない。
「あのー、そろそろ話の続き、してもいいか?」
ああ、坊ちゃんのこと忘れてた。
「それで、坊ちゃんは、どこのどちら様で?」
とりあえず、一瞬前の葛藤を棚上げして、聞いてみた。
「……」
逡巡しているのか、言いづらそうだ。
「こちらにおわすのは、先の十二教皇の一人、ウィノク=サバラン猊下の御子息、エルノス様だ」
マスターが代わりに紹介してくれた。 え? うぃのく?
「「「「「「「「エエエッ!」」」」」」」」
嫁たちもびっくり! よし、ごまかせた。
「反乱の首謀者の息子だとぉぉぉぉっ!」
もちろん、俺もびっくり! だけど。
神聖帝国は、文字どおり、帝国であるため皇帝が国のトップで一番偉いことになっている。
しかし、皇帝は、国教である神、パーパスに仕える僕でもある。ここで逆転現象が起こり、国家主権者より、神の僕で、教会のトップである十二人の教皇の方が地位としては上になってしまう。
ぶっちゃけ、この国で偉い順は、
1 十二教皇 (席次順に偉い)
2 皇帝
3 宰相 (実務機関のトップ)
4 各大臣
の順である。
参考までに、教会での偉い順は、
1 十二教皇 (席次順に偉い)
2 大司教 (各地方の教会トップ)
3 司教
4 司祭
5 侍祭
6 シスター
となる。
なお、アコが呼ばれている〝神官様〟というのは、教会の正式な役職ではなく、正確には、アコライト(礼拝奉仕者)の中で、神の声を聞き、神の奇跡を起こすことの出来る者が、国家に奉仕することで得られた名声に対して付けられた称号である。
また、ドメーヌの〝聖女様〟というのも同様で、神の奇跡を起こし、偉大な功績を残した者に対する称号である。
閑話休題
つまり、坊ちゃんはこの国で一番偉い人の息子だったのである。席次は一番下だが。
「父は、反乱を興したわけではない。既に限界に達していた迷宮の討伐に向かったところ、あのドメーヌという女に邪魔されて、その時参加した兵を集めた罪で政治的に他の教皇に付け込まれたのだ」
ん? ということは、あの女、ありもしない反乱を治めた功績で〝聖女認定〟受けたのか?
「そんなわけがありません!」
と、ここでスーさんが声を荒げた。珍しい。
「当時、私はこの町に滞在していましたが、実際、反乱軍の兵士たちが町に侵入し略奪や殺人を犯した所をこの目でしかと見ていました。その窮地をドメーヌ様に救って頂いたのも間違いありません!」
??? どういうことだ?
「ああ、もう、だから表で騒がせたくなかったんだよ!」
マスターが頭を抱えてる。
「いいか、坊ちゃん、嬢ちゃん。これから話す内容は、国家機密に該当する重要な秘密だ。外でべらべら喋ったら殺し屋を差し向けるから、そのつもりでいろよ。他のみんなもだ!」
その迫力に全員押し黙ったままコクコクと首肯する。
「この事件の背後には、十二教皇を仲違いさせて、国家を分裂させようとしている第三勢力の存在がある。最初は、魔王国の情報部が暗躍しているのかと思っていたが、どうも、奴らの手口とは勝手が違う。例えば、魔王国なら、直接教皇に接触して、彼ら本人の堕落を助長する。賄賂やハニートラップなんかが常套手段だ。手間もかからず、秘密が漏れる心配も少ないため、昔から行われる方法だ」
納得できる話だな。
「ところが、今回、肝心のウィノク=サバラン教皇は完全に蚊帳の外で、下っ端の兵士たちを薬や魔法で操って虐殺行為をさせていた奴がいる。その数じつに五百余名。彼らすべてに一度に接触した形跡はない」
「と、いうことは、個別に接触して、一斉蜂起させた。そんなことが個人や少数のグループに可能とも思えないねぃ」
ヒロシもそう思うとなると……
「そうなると、怪しいのは、やはり、ドメーヌ……」
「いや、彼女は完全に白だ。当時はほぼ単独で動いていた。反乱軍に対応したのも、ここで人を集めた後だからな」
「つまり、第三者説が信憑性を増すということか」
「実際、幾人かの人間で城門から入場していながら、退去の記録がなくそれでいて、事件後忽然と姿を見なくなったという連中がいる。有名処だと、スパイダー ネスト とかな」
「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」
そんな奴らと接触して自ら雇ったのか? よく雇えたものだな。
「実際、ザンゲ公国討伐の選定でも他は子飼いの忍者部隊、地元出身の良く知るパーティーで脇をかためていました。身元のはっきりしない人達は、旦那様達とあのパーティー位です」
「とはいえ、俺ら相当調べられたしな」
と、スーの話にアヤメを見ながら答える。
「然り。ここへの照会や、三人組の冒険者パーティーに金助 を渡して情報を得たとのこと」
「ちょっと待て! その三人組って、この間の喜死朗たちのことじゃないか?」
「ん? お? おおおっ! 正にぴったりの条件ですぞ! 流石、根来忍軍!」
くっそう! 俺達を金で売るとは、今度会ったら手痛いお礼をしてやる!
「この際、父上の汚名返上は、後回しでいいのだ。問題は、父上のしようとしていた迷宮討伐を早く進めなければ、この町、いや、六都市全てが危険なのだ!」
驚いた。こんな子供が依頼することだから、てっきり父の敵討ちとか言い出すだろうなと思っていたが、それよりも町を救うことを優先させてくるとは。
「頼む。是非、迷宮を討伐してくれ。父も、私も、この町が大好きなのだ。この町を救うため、力を貸してください。お願いします」
俺たちに向け頭を下げる坊ちゃん。貴族の子弟なんて、碌でもないと思っていたが、なんだ、立派な人もいるじゃないか。
「頭を上げてくれ。実は、たった今ギルドからも 指名依頼 を受けた所だったんだ。ギルドも既に承知していて、対応策を進めていたんだよ。だから、心配するな! 後は俺たちが引き受けた!」
「お、おおっ!? 本当か! ありがとう。ありがとう……」
後は嗚咽になって聞き取れなかった。が、無理矢理に涙を拭うと
「と、なれば私からも依頼料に上乗せさせてもらう」
そう言って手持ちの鞄から何かを取り出す。
「これは、パーパス神聖帝国大金貨だ」
と、透明の水晶のようなものに覆われた大金貨、でけーっ! 一キロ位ありそうな金貨を出した。
「ふむ、コレクション用途のプルーフ金貨という奴だねぇ」
「これが三枚ある。たとえ、コア討伐の報酬が得られなくても、これで他の国まで亡命できるだろう」
「死刑判決は決定的なのかよ! マスター、どうにかならないのか?」
「うーん、現時点では最善手かなぁ。だが、坊ちゃんもお家取り潰しとかで何かと物入りだろう。いいのか?」
「なに、この後の寄る辺もこの町でできた。新しい友達もいっぱいな。後の憂いは 迷宮 のことだけだ。それに、流石に無一文になってまで報酬を用意するほど清廉潔白でもないぞ」
なら、安心だ。俺は、差し出された大金貨を二枚坊ちゃんに手渡し、
「なら、俺達の報酬は一枚で十分だ。残りは、取っておいてこの町がまた困った時に使ってくれ」
「! 良いのか? 何ともはや、清廉潔白なのは、お主たちの方じゃないか」
そう言って、こらえていた涙がまた溢れてくる。
「流石は私たちの旦那様♡ ですわ。それでは、マスター様、私たちの冒険者登録をお願いします」
「ええっ! 嬢ちゃんたち、迷宮に潜るつもりかっ!?」
そういや、そのためにここに来たんだっけ。
「この日のために、訓練を受けてきたのです。まして、愛しの旦那様♡が死地に赴くのに付いていけない妻では、情けないというものですわ」
「いや、流石にちょっと危ないから今回は諦めてくれないか?」
「「「「「「えええっ!」」」」」」
「今更それはひどいよー!」
「やはり、ハリセンの用意が……」
「お仕置きするなら手を貸しますわよ!」
「うーっ。夫婦間で仲間はずれは、めーですぅ」
「せめて、せめて私だけでも連れてってください」
「私は剣をちゃんと使えますよー!」
「……大丈夫。わたしとアヤメでフォローする。今のみんなならそうそう危ないことにはならない。今の迷宮の状態なら、凄腕少数の精鋭よりも、手数の多さの方がメリットは大きい。まして、数の多くないビームキャリバーを遊ばせるのは、勿体ない。重ねて言う。わたしとアヤメでフォローする。だから、みんなは安心。みんなで一緒に行こう」
! アイナちゃんの長台詞、初めて聞いた。
「その通りでゴザル。拙者たちがみんなには指一本触れさせんでゴザル。主様方は安心して迷宮攻略をしてほしいですぞ」
「アイナちゃんもアヤメも、ありがとう。ようし!全員で迷宮討伐に向かうぞ!」
「「「「「「「「「「「おぉっ!」」」」」」」」」」」
こうして、ロサの迷宮討伐ミッションが始まった。
次回予告
「は~い、それじゃみんな、この申請書に記入してね」
「「「「「「は~い」」」」」」
「うんうん、みんなちゃんと字が書けるのね。偉いわー」
「もちろん、アルカン のエリートですもの」
「それじゃ、この六人で1パーティーでいいのね?」
「拙者たちは、状況に応じて主様たちと組むこともあるでゴザルからな」
「……肯定。機動性が我らの売り」
「じゃあ、パーティー名を決めてね」
「もちろん、パーティー名は」
「「「「「「ゴーリガンガールズで~す!」」」」」」
次回 「荒野の11人」
「ホント、無理だけはしちゃダメよ。おばちゃんと、約束ね」
「「「「「「はーい」」」」」」




