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ガジェット。  作者: 朝日 湊
ガジェット。 桜
5/6

桜 part1

「もしもタイムマシンが発明されたら、なんて空想をしたことはあるかい?」

 左手で長い髪をかきあげて、未来は秋良少年に尋ねた。

「そりゃ、まぁ。誰だってする想像なんじゃないですかね。未来さんだってあるでしょ、空が飛べたら、宝くじが当たったら、とか。それと並ぶくらいよくある妄想じゃないですか」

 少年、秋良は肩をすくめた。

 未来はかすかに口角を上げる。

「そうだろう? そうなのだよ、秋良くん、その通りなのだ。誰もがする妄想、『時』を操作するという妄想。では、君は『タイムマシン』を信じるかい?」

「ええー……わかんないですね。そりゃ、もし実現したら面白いですけど」

 二人のやり取りを見ていた春霞が、自分の猫毛を指で引っ張りながら口を開いた。

「未来は、また回りくどい話し方をしますですね。とりあえず漫画などに出てくるようなタイムマシンは無理でしょう。タキオンを超える物質が観測されたという話もありましたですが、結局ガセでしたし。万が一、いや幾那由多が一に本当にそんな物質を見つけたとしても、任意に指定した時点に移動するということは……」

「解説ご苦労、春霞。だが今私が話したいのはそういう話ではないのだ」

 話を遮られた上に解説を拒絶され、春霞は眉根を寄せて押し黙った。



 『ガジェット。』として活動を始めてから一ヶ月。

 なにか大きな活動をしたかと言えばそういうわけでもなく、時々、未来が何かにかこつけて二人を呼び出し、他愛もない雑談を交わすような日々が続いていた。

 秋良は思いのほか活動らしい活動のない現状に首を傾げていた。しかし、春霞に言わせれば、研究や簡単な検証程度なら未来一人でできてしまうようで、未来は雑談の中で自分の好奇心の方向を探っているのだという。

「なにかしたいことが見つかれば嫌でも呼び出されますですよ」

 ため息混じりにそう呟いた春霞を見て、秋良は納得することに決めた。



 今日は、「『お茶をしばく』というのは『お茶をする』のとどう違うのか検証したい」という名目で未来に呼び出され、秋良と春霞は未来の家に来ていた。以前訪れた時と同じ来客用の部屋である。

 未来の様子を見る限り、名目はやはりあくまでも「単なる名目」だったようだ。



「さて。先程秋良くんはこの『時間移動』という空想を『空を飛ぶ』『宝くじが当たる』という空想と並べたが、私が思うに『時間移動』は他二つと異なる特徴がある。さて、君たちはなんだと思う?」

 未来の問いかけに秋良は「ううん」と首をひねり、春霞はそっぽを向いた。

「そうだなぁ……なんというか、規模は違うかなー、とか?」

「そうだ、規模、いいところを突くね秋良くん! だが惜しいんだ、規模が違えば何が違う?」

 未来のやや大げさな身振りや情感を過剰に込めた話ぶりに、春霞は大きく嘆息した。こいつは本当に、この自分と血の繋がった従兄弟なのだろうか。

「そりゃ、できることの範囲とか……影響のある人の数とか……」

 春霞の心の内を知る由もなく、秋良は未来の話に乗り続けている。

「人の数! おお、いいぞいいぞ秋良くん、その調子で私の心を代弁して言ってくれたまえ! 影響が大きければその因果は目にしやすく、観測する人の数も増える、つまりは!」

 徐々に熱を帯びてきた未来の様子を観測しながら、春霞は考える。ああ、きっと今こいつにバケツ一杯の冷や水を浴びせたところで、こいつは何事もないかのように話を続けるんだろう。そのままバケツを頭に被せたとしてもきっと話は止まらない。

「ええ、つまり、なんだ……。わかんないです、ヒントください」

「そぉうだ秋良くぅん! つまりは行為が起こされたことを、他の人間は観測し察知しうるのだ! 自分以外の誰かがタイムマシンを作り時間移動を起こせば、それが使用されている現場を直接見ていなくても、『あ、これ誰かタイムマシン完成させたんじゃないか?』と推測することができるのだ!」

 秋良は顎に当てていた右手を力なく落とした。あ、俺関係ないわ、返事しなくてもことは進んでいくんだ、これ。

「勿論これは、過去改変によって現在の認識に変化が起きない場合のタイムスリップだ! つまりパラレルワールドを生むタイプの時間移動ものの場合ということだ!」

 秋良が「え? え?」と混乱し始めたのを見かねて春霞が耳打ちをした。

「過去が変わったら今の状況が変わるでしょ? 例えば秋良の両親が出会わないように過去を変えたら、秋良は生まれないことになる。過去を変えた場合、現在がそれに合わせて作り変わるというパターンと、そういった過去から進んだ未来が、僕たちのいる今とは別に存在するというパターンが考えられるんです」

「待て春霞、わからん、ちっともわからん! もっとわかりやすく頼む!」

「ええい面倒な男ですね、未来が言っているのは、結局人造人間がいなくなっても青年トランクスの元の世界は変化しなかったでしょっていう話です!」

「ああ、なんだそういうこと」

 納得した秋良は未来の方に向き直った。二人が話している間もなにやら喋り続けていたらしい。

「そして! どうやってタイムマシンの完成を察知するかというと! 私は胡椒市場に目を向けていればよいと気付いたのだ!」

「コショー?」

 予想外の単語に、秋良と春霞は疑問符を合唱させた。

「そうだ胡椒だ! 過去、西洋で胡椒が金と同等の価値を持っていたことは知っているだろう? タイムマシンができたならば、現代では安価で入手可能な胡椒を大量に買い占め、過去に戻り莫大な財産に変えて現代に戻ることができる……。つまりは、時空間錬金術!」

 不可思議なポーズを決めた未来を眺めながら、秋良が「ああー、へぇー」と頷く横で、春霞は苦虫を噛まずに舐めているかのような顔をしていた。本当にこの従兄弟は頭がいいんだか悪いんだかわからない。

「いやー、でもあれっすね。最初にお金にいくもんですかねー、やっぱ大人ってそういうもんなんですか?」

 未来の息継ぎの合間に、秋良が疑問を挟んだ。今度は未来の耳にも届いていたらしい、未来はコホンと咳払いをして秋良に向き直った。

「もっともな疑問だ、さすが私の秋良くんだ。では秋良くん、君ならばどうする? タイムマシンを手に入れて、まず何を願う?」

「そうっすねー……別に俺、どこかの時点からやり直したいとかあんまりないしなぁ。もう一回経験したいこととかならありますけど。中学の修学旅行の時、俺うっかりすぐ寝ちゃって勿体ないことしたんですよ。後で聴いたらクラスの奴らみんなで女子部屋覗きに行って色々見てきたらしくて。あの時の自分を起こしに行こうかな」

「少年のように目を輝かせて言う希望がそれですか、スケベ眼鏡」

 秋良は春霞の冷たい視線からゆっくりと顔を背けた。

「ほう、ちなみに色々とは? 君の友人は女学生の何を見たと言っていたのだい?」

「あんたもノリノリか! 変態ロン毛!」

「失礼な。私は変態は変態でも紳士だ!」

 未来はこほんと咳払いをして、改めて秋良に向き直った。

「で、どうなんだ、秋良くん」

「え、なんか普通に、下着姿とか?」

「下着! おパンティー! 素晴らしい!」

「未来! そんなに下着に興味があるなら、私のをご覧なさい!」

 突然派手な音を立てて部屋のドアが開き、下着姿の京子が現れた。

秋良は唖然として目を見張り、春霞はマグカップを持ちあげた状態で静止した。

 未来は慌てる様子もなく、「ん?」と振り返った。

「京子、君はそういうんじゃないから。ほんといいから。服を着て、戻れ」

 ドアの前で仁王立ちした京子は唇を尖らせた。

 秋良は京子を見つめながら机の下で小さくガッツポーズをとった。

 京子は表情を引き締め直すと、そっと未来の前まで歩み寄った。

 春霞は停止状態のまま、茹で蛸のように赤くなった。

「えー、下着に興味があるんでしょう? だったら、私のを思う存分ご覧なさいな。あなたを想って今日も明日もいつの日も勝負下着なのよ」

 そう言いながら体を屈め、未来の足元にすり寄る。

「高らかに宣言されても困る。なんというか、君の身体は整い過ぎている。たしかに美しい、無駄のない素晴らしい肉体だ。肌の質感も言うことはない。だが、 美しすぎるのだ。彫像的なのだ。そこにエロスを挟む余地がない。そんな君が下着姿で『どうぞこの下着をご覧あれ』と現れたところで、君は『完全無欠の下着かけ』なのだ。CMの外国女性のようなものだ。マネキンに近しい。なにかほんの少し崩れた部分があってこそ未完成の『ああぁ、いい!』という狂おしき何かが生まれるのだ」

 先程までとは打って変わって冷淡な未来の論調に、秋良は目をしばたいた。

「褒められてるんだか貶されているんだか、よくわからない感想ね……」

 未来は屈んで京子に視線を合わせ、静かに答えた。

「美しさとしては褒め称えているが、今は別問題だ。秋良くんを見たまえ。どうだ、特別美しいわけでもなく、さして無駄のない作りの顔はしていないだろう。だが、その顔に、あの黒縁眼鏡が非常にマッチしている。なにかこう、『ああ、いい、いいね! しっくりくるね!』という思いが沸き立つ。ただの完全無欠の眼鏡かけではないだろう?」

 未来に突然指をさされ、京子に釘づけになっていた秋良は狼狽した。よもやこんなところで自分の顔面偏差値が話題に上るとは想定外かつ、至極不本意であった。

「……悔しいけれど、あたなの言うとおりだわ」

 京子にまで顔面偏差値の凡庸さを認められ、秋良は胸を抑えて俯いた。その肩に春霞がそっと手を置く。

「どんまいでございます」

「その言い方は、お前、さすがにおちょくってるだろ」

「素でおます」

「お前……。そういえばいつの間に動き出してたんだ」

「秋良がいじられてたら、動かざるを得ないでしょう?」

 満面の笑みを浮かべる春霞に、秋良は苦笑した。

「お前は昔からそういうやつだよ……」

 二人が言い合いをしている内に決着がついたらしい、京子はすっくと立ち上がるとドアに向かって歩き出した。そしてノブに手をかけ、未来を振り返る。

「……私、研究してくるから。『ああ、いいねいいね、その下着の感じ、いいねぇ!』ってあなたに言わせるような体になってくるんだから!」

 そして、京子は勢いよくドアを開け出ていこうとした。その刹那、京子の手首を未来が掴む。

「待て、待つんだ。君のその美しい体は稀有なものであり、変えてしまうべきではない。『ああ、いいねいいね、その下着の感じ、いいねぇ!』という女性は探せばそこらにいるだろう。だが、君のような彫像的美しさを持つ女性は他にない。早まるんじゃあない」

「で、でも、私はあなたに喜んで欲しくて……」

 二人が部屋の出入り口でもめている一方、秋良と春霞は部屋の奥のソファで並んで静かにお茶を飲んでいた。

「なんですかね、この茶番」

「だんだんちょっとしたコントに見えてきた。俺の中での京子さんのイメージ、ちょっと崩れたかもなー……」

「あの、前にも言いましたけど、あの人もたいがい変態ですからね」

「言ってたっけ?」

「言ってませんでしたっけ? まぁ、なにしろあの未来に心酔してる女性ですからね。常軌を逸しているのは推して知るべきですます」

 カップに注がれたストレートティーをぐっと飲み干し、秋良はため息をついた。

「ほろ苦……」



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