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ガジェット。  作者: 朝日 湊
ガジェット。 雪
3/6

雪 part3

「さて、ではついてきてくれ」

 未来はそう言うと、上着掛けに掛っていたファー付きのミリタリーコートを羽織った。ジーンズにミリタリーコートという簡単な格好だったが、スタイルがいいのでそれでも様になっている。

 外に出ると、空はどんよりと灰色だったが、雪は降っていなかった。

 未来は二人を連れて駅に向かった。

 電車のダイヤは多少遅れていたが、それほど待たされることもなく乗り込むことができた。二駅ほど電車に揺られ、そこから五分ほど歩く。

「見えてきたぞ」

「ここって……」

 姉ちゃんの通ってる大学じゃん、と言って秋良はたじろいだ。大学の名前とおおよその場所は知っていたが、実際に訪れたのは初めてだ。

「私もここに通っている」

 未来はそれだけ言うと、さっさと敷地内に入って行った。春霞もそれに続く。

「え、部外者が入ってもいいのか」

「大丈夫ですよ、堂々としていれば」

 春霞に促され、秋良は滑って転ばないよう気をつけながら駆け足で二人に追い付いた。



 煉瓦造りの建物に入り、エレベーターに乗り込む。未来の指示で秋良は五階のボタンを押した。

「あのー、ここって……?」

 秋良の疑問に、未来は「言ってなかったっけか」と首を傾げる。

「私の所属している研究室がある。そこに学内で使うような私的な物を置いていてな。目的地である部室の鍵がそこにあるのだ」

 言い終えると同時にピンポンと軽快な音がして扉が開く。春霞が「開」のボタンを押してくれている間に二人は廊下に出た。



 未来は研究室の前に二人を待たせ、目的の鍵を持ってすぐに出てきた。

「では行こうか」

 未来に先導され、今度は一階に向かってエレベーターに乗る。外に出て少し歩いたところにプレハブ小屋がいくつも並んだエリアがあり、未来はその中のひとつの扉に鍵を挿し込み、くるりと百八十度捻った。

「ようこそ、我が城へ」

 からり、と軽い音を立てて扉が開いた。

 小屋の中にはデスクと椅子、一人掛けのソファがひとつ。その他は、大小様々な用途のわからない器具で溢れ返っていた。

 さぁ入れ、という声に促されて秋良と春霞は中に入った。散らかってはいるが、こまめに掃除はしているようだ。埃っぽくはなかった。

だが、さすがに暖房が効いているわけではなく上着は脱げそうにない。

「はぁー。やっぱりここは落ち着くなー」

 未来はそう言いながらデスクの上の物を隅に追いやり、空いたスペースに腰掛けた。そして「座っていいぞ」とソファと椅子を指さす。

 春霞がデスク前の椅子に座ったので、秋良はソファに座った。さすがに未来の家の物と比べると座り心地はよくない。

「今エアコンのスイッチ入れたから少し待て、その内あったかくなるから」

 秋良たちはありがとうございます、と礼を言った。

「さて、落ち着いたところで、未来の頭の中にあるプランを聞かせて頂きたいのです」

「俺も聞きたいです。手伝うっつっても、何するかわからないし」

 二人の声に未来はうむ、と相槌を打つ。

「少なくとも気温は零度は下回っているから、水分を空気中に撒いたらいいかなと思っている」

「えっそれだけ?」

 さすがに秋良も呆れる。

「いやいや、待て待て。さっき春霞が発生条件を教えてくれたからな、風がない場所を選ぼうと思っている。煌めかせるためにも光は欲しいから、あまり熱を発しないライトも要るな。湿度についてはなんとかする目処は立っている」

 秋良は「はぁ」と曖昧に頷いて先を促した。春霞は黙って聞いている。

「それでだ、なにもダイヤモンドダストを人工的に見ようと考えた人間は私だけではあるまい。きっと先例があるはずだ。春霞、どうだ?」

 水を向けられた春霞が仕方なさそうに口を開く。

「さっきはやる気になられたくなかったから黙っておりましたですが、人工的にダイヤモンドダストを起こした例は実際にあります。とはいえ小規模なものが多いですよ、箱の中で、とか。それから、先程は氷点下一〇度以下と言いましたですけど、マイナス二度で観測された実例もあるにはあります。どちらかと言えば風が弱い状態という条件の方が優先されるようですね」

 一通り黙って聞いていた未来は「ふーむ」と言いながら腕を組んだ。

「現在の気温は、……マイナス三度か。これから日が傾いていくことを思えば、風にさえ気をつければ可能性がなくはない、か……?」

 壁にかかった温度計を眺めながら独り言のように呟いた。

「であれば、場所はちょうど良いだろう……湿度はあれでなんとかするとして……うーむ」

 考えあぐねた未来は、思い立ったようにいつの間にか手首につけていたヘアゴムを使い、慣れた手つきで長い髪を束ねた。研究室から持ってきたのだろうか。

「うむ、やはりこうすると頭がすっきりして、良い」

 どうやら未来のジンクスのようなものらしい。心なしか少し冴えた目つきと表情でしばらく顎に手を当てていたかと思うと、不意に座っていたデスクから飛び降りた。

「よし、行こうか」

 どこに。とか、結局どうするんだ。という疑問はあったが、どこか自信に溢れた未来の態度に気圧されて、秋良は咄嗟に「は、はい!」といい返事をしてしまった。

「じゃあ、春霞はこのたらいにその辺りの物を入れて運んでくれ。秋良くんはそっちにあるでかいのを運んでくれ。時間が惜しい、すぐに出よう。私はこっちで別の用意をする」

 打って変ってきびきびと動きだした未来に圧倒され、秋良と春霞は慌てて指示された物の用意に取りかかった。


 様々な備品を持って、三人は部室を出た。秋良たちは未来について大学構内を歩いていく。

 未来は長い電気コードを束ねたものと、ライトをひとつを持っている。春霞は未来の持っているライトより一回り大きなライトを、金属製のたらいに入れて運んでいる。たらいの中にはその他細かいものも入っているようだ。そして秋良は、台車を使って扇風機の頭だけを巨大化したような装置を運んでいた。後で取り付けるのだろうか、おそらくこの扇風機らしきものを支える脚のようなパーツが四本台車に乗っている。

「未来さん、これってなんなんすか?」

 秋良の質問に未来がちらりと後ろを見やる。

「昇雪機だ!」

「昇……? 降雪機じゃなく、っすか?」

「そうだ、昇雪機。いつのことだったか、なぜ降雪機はあるのに昇雪機はないのかと疑問に思ってな」

「二年前です。僕も巻き込まれました」

 いい加減に話す未来を春霞が補足する。未来は「そうだったか?」と思い出しきれない様子だ。

「とにかくだ。なにも重力の好きにさせることはあるまい。雪が昇る様はさぞかし幻想的だろうと思い立ち、構想して作った。まぁ実際にはそんなにうまく稼働しなかったのだが、なにかに使えないかと取っておいたものだ」

 いまいちピンとこないのか、秋良の返事も「はぁ」と気のない相槌を打つ。

「で、これ、どう使うんすか」

「それはだね。説明が面倒なので目的地で作業しながら教えよう」

 ばっさりである。春霞は見当がついているのだろうか、特に疑問を差し挟むこともなかった。

「この装置とか備品って部活の所持品なんですよね? 勝手に持ち出していいんすか?」

 黙っていてもなんなので、秋良は質問の方向性を変えた。

「んー。部活と言っても、今は私一人しか所属していないのだ」

 先輩もいたが、彼らは卒業していくので、部員は私一人になった。だから好きにしている、と未来は続けた。

「へぇー、で、なんていう部活なんすか?」

 秋良が尋ねると、未来はくるりを後ろを向いて胸を張った。

「総合研究実験部だ!」

 なんだその曖昧極まる部活動名は。思わず秋良の眉間に皺が寄る。

「元々は〝ガジェット〟という理系サークルだったのだ。だが我の強い連中がそれぞれの好奇心の赴くままに好き勝手やってうまくいくはずもなくてな。特に熱心だった一部の学生だけが残り、部費として研究費用を得る為に公式な部活動としての申請を出したのだ」

 未来は再び前を向いて歩きだした。脚を止めていた秋良と春霞も後を追う。

「こんな曖昧な部活の申請がなぜ通ったか疑問に思うだろうが、これにはからくりがある。当時の学生たちが特に優秀な面々でな、単純に教授受けがよかった。サークル時代に評価できるような成果を出した者もいてな、教授の中に『好きにやらせてみてはどうか、部費は成果次第で変動させればいい』と融通を効かせてくれた者がいたらしい」

 他の教授の反対を抑えるだけの力のある人だったと考えられる、と未来は付け加えた。

「最初はうまくいっていたのだが、所詮学生による興味本位の研究実験だ。優秀だった第一世代の部員が卒業してからは成果が出ることは稀で、加えて部活としての承認の経緯から査定が入ることもしばしばあってな。それがだんだんとプレッシャーになっていったらしい。好きだったはずの研究実験が、自分を追いたてるものになっていく苦しみ。徐々に部員は減っていった」

 そしてかろうじて残っていた先輩たちは、先日引退した。未来はそう言って総合研究実験部についての説明を終えた。

「ではなぜ未来は一人きりになっても続けているんです? お金には困らないでしょうし、実験なら個人的にできるのでは?」

 珍しく春霞が未来に直接的な質問を投げかけた。

「春霞は柄じゃないとか言うんだろうけどな、私にも愛着はあるのだよ」

 未来はそう言ってふふ、と楽しそうに笑った。たしかに、部室についた途端に安心したように肩の力を抜いていた気がする。

 総合研究実験部かー、査定は面倒だろうけど、好きに実験できるって面白そうだな。などと考えながら、もし自分だったらなにをしようかと秋良は想像を巡らせた。



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