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Starry Tears  作者: 空代まと
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星の子

百年に一度、アニタには「星めぐり」という夜が来る。空が落ちてくるのではないかと思われるほどの大量の流星群が、アニタの夜空を覆うのだ。それは星物語の伝説にも載っていて、デトラが姿の見えなくなったレナを探す為に、星で夜空を明るく照らすのだという。

 星を信仰するアニタの住人にとって、その夜は奇跡であり、もっとも神聖なもの。そんな夜に僕とベロニカは生まれた。

 住人たちはそれはもう喜んだという。星めぐりの日に子が生まれるなんて、前代未聞だったのだから。きっと何か良いことの前触れなのだと、住人達は僕らを「星の子」なんて呼んでまつりあげた。

 いや、正確に言うと、「星の子」と呼ばれたのは僕だけだった。

 ステイラの血を色濃く受け継ぎ、銀髪銀眼で生まれたベロニカは、星の子よりも「魔女の子」と罵られ、軽蔑の眼を向けられた(もちろん、偏見なんて持たずに接してくれた人もいたけれど)。特に頭の固い老人達の嫌いようは酷いものだった。

 でも僕は知っている。ベロニカは、町の誰よりも星を愛していることを。僕なんかよりもずっと「星の子」の名前がふさわしいことを。


 ベロニカの額に、アイリスがそっと右手をかざした。左手を自身の胸元に当て、双眸を閉じる。ベロニカも同じようにして、じっと動かずに座っている。

 デトラとの対話が始まったのだ。

 その様子を僕は「星老会」の老人達と共に見守っていた。

 信者達はすでにおらず、辺りは神秘的な静寂に支配されている。色とりどりのステンドグラスに月光が反射して、アイリスの横顔を美しく照らしていた。

 老人達は、対話の様子をありがたそうに見ているが、その目にはどこか焦りの色が浮かんでいる。

 きっと心配しているのだろう。もしアイリスの語りかけにデトラが応えて、ベロニカの目から出て行ってしまったら。せっかく盛り返した星の信仰が、再び衰退するのではないか、と。

「ベロニカの涙には、不思議な力がある」

 六年前のあの日から、町にはこんな噂が流れ始めた。もちろんそんな事実はないので、ベロニカも僕もどうしてそんな噂が流れているのか疑問だった。

 事態が動いたきっかけは、一人の男の子だった。

 その子は先天性の病気持ちで、運動することを許されず、いつも一人ぼっちで遊んでいた。

 医者にも見放され、その子も両親も途方に暮れていた時、件の噂が彼らの耳に届いたのだ。

 もちろん、ベロニカの両親は丁重に断った。涙に不思議な力があるなんてのはただの噂だ。頼ってきたところで、男の子の期待を裏切ることになる。だが、彼らは頑として引かなかった。きっと藁にもすがる思いだったのだろう。

 とうとうベロニカの両親が折れ、娘と男の子を引き合わせることにした。ここで効果がないと分れば、諦めて帰ってくれるだろうし、今流れている噂も消えてくれるかもしれない。そう考えての決断だった。

 だが、実際そうはならなかった。

 ベロニカが男の子に涙をふりかけてから数カ月後、男の子の病状はみるみるうちに良くなり、ついには外で遊ぶこともできるようになったのだ。

 この一件から、噂はさらに広まり、ベロニカのもとには連日人が押し寄せるようになった。ついにはよその町からも人が訪れるようになり、アニタでは一時大変な騒ぎになった。

 そこに目を付けたのが「星老会」だ。

 ご立派な名前だけれど、なんてことはない、ただの老人達の集まりだ。この町を動かし、取り仕切る集団。アニタはこの星老会が決めたことに従って動く町だった。

 星老会の老人達はこの事態を見て、ある事を取り決めた。

 曰く、「ベロニカのミサへの強制参加と、病人・けが人の救済の義務付け」

 今思えば、あの噂は星老会が流していたのかもしれない。

 当時の星老会は、星の信仰を広めようと必死だった。ミサに訪れるのは老人ばかりで、若い者はほとんどいない。そこで噂を流し、信仰を盛り返そうとしたのだろう。ベロニカの涙に力があったのはたまたまだ。

 彼らは、ベロニカを利用したんだ。かつて魔女の子と謗った少女に、「星の子」と銘打って。

 ふう、と息をつく声が聞こえた。

「お疲れ様、ベロニカ。今日はここまでにしましょう」

 アイリスの優しい声が教会内に響いた。どこかすっきりした顔持ちのベロニカが、アイリスに礼を言う。

 涙の量は……見た目にはまだ変わっていない。きっと明日には減っているのだろう。

「どうも、シスターアリス。ご苦労さまでございました」

 本当はすぐにでもやめてほしいくせに、老人達は引きつった笑顔でアイリスをねぎらった。

「あなたたちも御苦労さま。私はこれから星読みにはいるから、教会内には誰も入れないで頂戴。ベロニカのことはいつも通り、リトに任せるわ」

 アイリスがそう言うと、老人達は各々帰り支度を始めた。僕もベロニカの支度を待つ。

うなじのあたりにピリピリとした感覚が生じる。ああ、またかと思いながらも、ゆっくりと、何の気もないような素振りで振り返ってみる。

 老人達が、僕を見ていた。冷やかで、侮蔑の色か見え隠れする瞳。

「星の子のくせに、何もできないなんて」

 そう言われている気がした。

ベロニカにデトラが宿っても、僕には何の変化も現れない。勝手に期待していた星老会は、それが気にくわないらしく、自然と僕への風当たりが強くなった。

 気にしているわけではないけれど、六年間もこうだとさすがにうんざりする。一体いつまで駄々をこねつづけるつもりなのかと。

「リト!」

 横から何かが衝突してきた。ベロニカが僕の腕に飛びついて来たのだ。

「またそんな顔をして。女の子を目の前にしたら、笑顔が基本でしょう?」

 そう言って僕の頬をつまみ、横に引っ張った。むにーっと無理矢理笑顔を作らされる。

「いひゃいよ」

 痛いよ、と言いたいのに間抜けな声しか出ない。ベロニカは声を立てて笑った。そうしてようやく頬から手を離すと、僕の手を強く、けれども優しく握って言った。

「さあ、一緒に帰ろう、リト」

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