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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第2章 『はるぶすと』は本日よりしばらくお休みです。
9/28

1日目 奈良その2


「お待たせしました」

 しばらくしてまたくだんのマスターらしき人が紅茶を運んできたので、他に従業員はいないのかしら?と心配になった私はつい聞いてしまった。

「あの失礼ですが、お一人で店を切り盛りしてらっしゃるの?」

「え?いえ…」

 すると、

「美人の奥さんがおるんやでー、今、休憩にいってはるんかな?」

と、隣に座っていたおじさんが教えてくれた。マスターは真っ赤になって、

「いえいえ、美人だなんて、アハ・アハハ」

 ちょっとあたふたしている。ははーん、美人なのね。

「もう来てくれると思うんですが」

「そうなんですか、すみません、なんか気になっちゃって」

「あ、心配していただいたんですね、ありがとうございます」

「お、ちょうど帰ってきはったで」

と、おじさんが指さした先を見ると、女の人が入り口から入ってくるところだった。年の頃は私より少し下かな、でも、本当に綺麗な人だ。日本人離れしている彫りの深い顔立ちの美人だ。というよりハーフかクォーターっぽい。


「綺麗でっしゃろー。ほれほれ、お兄さんがた、びっくりしてはるわ」

 わたしだけにこっそりとおじさんが言う。えっ?と思って夏樹を見ると、ぽかーんと口をあけたまんま。そして鞍馬くんを見て…驚いた!鞍馬くんすら見とれている?ちょっと心ここにあらずと言う感じだ。珍しいもの見ちゃった。

 んー、でも、やきもち焼いてる訳じゃないんだけど…私としては依子さんの方がもっと美人だと思うんだけどな。男性と女性とでは綺麗の基準が違うのかもね。

 しばらく言葉をなくしていた二人は、ふと我に返って、

「先代…」

「シュウだよ」

「あ、いっけね、でも…あの人、まさか」

「夏樹」

 鞍馬くんが目でこちらの方を示すと、あ、と夏樹はおじさんとマスターと私を交互に見て、へへっと愛想笑いをする。

「いやー、本当に綺麗な奥さんすねー。うらやましーい」

「そうですやろ~」

 おじさんは自分の目に狂いはなかったとご満悦の様子。マスターは照れてそそくさと厨房に帰ってしまった。


 そして入れ違いに奥様の方がケーキを運んでくる。きたきた。と、奥様はこちらを見てはっと一瞬立ち止まり、でもすぐに笑顔を浮かべて私たちのテーブルへやってきた。

「お待たせしました」

「うわー美味しそう。どうもありがとう」

「どうぞごゆっくり」

 ケーキを置いた奥様が下がった後、私は夏樹の向こうずねをちょっと蹴ってやる。

「イタッ。由利香さん!何するんすかー」

「夏樹、いくらマスターの奥様が美人だからって、あんなにジロジロ顔を見るのは女性に対して失礼よ」

「へっ?俺そんなにジロジロ見てましたか?」

「うん、穴が開くんじゃないかと思うほど」

 ちょっとバツの悪そうな顔をして、なぜか鞍馬くんを盗み見た夏樹は、シュンとうなだれたが、すぐ気を取り直してケーキにとりかかる。

「うーん、うまい!幸せ~」

 まったく単純なヤツ。とはいえ、ケーキも紅茶も美味しくて、私も思わず「美味しーい」と口に出し、夏樹にでしょ?と言う顔で見られる。


 そんなことをしていると「失礼」と言ってすっと鞍馬くんが立ち上がった。

「あら、どうしたの?」

 と聞くと、にっこり笑って、

「レディは野暮なことは聞かないものですよ」

 と席を離れる。あら、トイレに決まってるわよね、ごめんなさい。へへっと苦笑いしていたら、夏樹が横から口を挟んできた。

「ねえねえ、由利香さん。せっかく違うケーキ選んだんっすから、ちょっと交換しませんか~?」

「え、なによ」

 目をキラキラさせて私のケーキを見ている夏樹に、きみは甘い物になるとどん欲になるのねと思いながら、私はふーっ、とため息をついて、こちらのお皿を差し出す。

「はい、どうぞ。夏樹のこっちへ貸して」

「わー、ありがとうございまーす」

 嬉しそうにお皿を交換して、私の選んだケーキを一口食べ、お、これも美味い!とか何とか言って、私にも交換したのを食べるよう催促する。夏樹のケーキもまた違った感じで美味しかった。


 その後もなんだかんだと話を振ってくる夏樹をちょっと眺めて、

「ごめん、すこーし冷えちゃって」

と、御手洗いの方を指さして席を立つ。

 ふふん、お姉様にはあんたたちの魂胆なんて、すべてお見通しよ。殿方はほんとうに駆け引きが下手ね。トイレだと偽って席を立った鞍馬くんを追いかけさせないようにしてるんでしょ。さっき目の端で、鞍馬くんが庭に出て行くのをちゃんと確認済みよ。ついでに奥様が花の手入れをしているのも。これはきっと何かあるわね。

 御手洗いは庭とは反対方向なので、夏樹は油断していたらしい。そっちへ行くふりをしながらひょいと目を盗んで、うまく庭へと出ることが出来た。


 庭を見渡すとやっぱりいた、鞍馬くんとあの奥様。なにか真剣に話をしている様子。このまま立って歩くと見つかりそうなので、かがんで二人の近くにある背の低い木陰までそっと移動した。耳をすませて、話を聞き逃すまいとする。すると意外な言語が飛び込んできた。

「WeiB er es?」

「Nein」

 え?英語…ではないわね、何語かしら?

「ドイツ語、ですかね」

 いきなり隣で声がしたので、びっくりして立ち上がりそうになる。その人は私の腕をつかんで、

「驚かせてすみません」

と、謝った。え?マスター?何で貴方がここに!


「あ、あ、なんで?お店は大丈夫なの?」

「ええ、今はちょうどランチが終わって、午後までクローズの時間なんで」

「でも、こんなところでこそこそと」

「それはあなたも同じですよ」

と、くすくす笑う。私は真っ赤になりながら、

「えーと、ちがうのよ、私はね、いくら好みのタイプだからって、ご主人の目の前で奥様をくどく鞍馬くんをたしなめようかと…」

「プッ」

 その人は思わず吹き出して、

「いや、面白い人だ。でも、どうもそう言う内容ではないみたいです」

「ドイツ語がわかるの?」

「少しは、でも僕も今来たばかりなので、その前の話はわからないです。どうやら僕の知らないことを話していたようで…」

と、しばらく何か考えている風だったが、

「妻が僕に隠しごとをしているのは知っていましたが、なんで初対面の人には打ち明けられるのかな。やっぱり僕は頼りにならないダメなヤツなんですね…」


 マスターは心底打ちのめされた表情をする。ああ、この人は今ほんとうに自分に自信がなくなっているんだ。そう言う顔はイヤと言うほど知っている。

 だって、あの頃の私とそっくり同じ顔…。

 なーんかいたたまれないのよね、状況は違うといえども、自信をなくした人間は物事を良い方に考えられなくて、どんどん自分を追い込んでいく。どうか奥様、こんなに優しそうでいい人を悲しませないで。

「えーと、そんなに自信をなくさないで。あんなに美味しいケーキが焼けるんだもの」

「あれは妻の手作りです」

「…えーと、お店もすごく雰囲気が良いし」

「妻の趣味です」

「えーと、えーと、あー、食べてないけどきっとランチ!美味しいですよね!?」

「貴女は優しい人ですね」

 寂しそうに微笑んで返してくれる。

「いえ、優しいんじゃなくて、貴方、昔の私と同じ顔してるなーって」

「どんなお顔だったのでしょう」

 はっと見上げると、鞍馬くんと奥様が、そして何故か夏樹までがそこにいてこちらを見下ろしていた。


 と言うわけで、今は場所を変えてお店の中の椅子に、五人仲良く?座っている。

 夏樹は私にだまされたのがお気に召さなかったらしく、ぶすっと向こうを向いている。 マスターと奥様は気まずそうに目を合わさない。ひとり落ち着いているのは鞍馬くんだけど、こっちも何故か話を切り出す様子はない。と言う事は…。


「あー、もう!結局私が場を取り持つことになるのよね~。なんで?」

 マスターと奥様がハッとしてこっちを見る。いいわよ、由利香さんが本気出したら容赦しないんだから、

「あのね、お二人とも、夫婦だからって何も言わなくてもわかるだろうって言うのは、どちらも傲慢で努力が足りないわよ。私は結婚してないからよくわからないし、そりゃあ中には言えないこともあるんだろうけど…。まず奥様!」

と、びしっと奥様の方を指さして、

「ご主人はあなたに隠し事をされているのが本当におつらいのよ。それなのに、さっき会ったばかりの鞍馬くんには打ち明けたみたいだけど?他人に言いやすい事って何かしら?ご主人の悪口?あ、それともご主人の御家族の悪口?それともそれともお友達の悪口?あー、もう、悪口しか思い浮かばない私って性格悪いわね。それから…ご主人!」

と、今度はマスターをびしっと指さして、

「さっきは昔の情けない自分を思い出して、ちょっとネガティブになってたから強いこと言わなかったけど…。ご主人ももうそろそろ自分に自信を取り戻したら?そして、自分にばかり責任があるとか思わないで、奥様に、ご自分のどこが悪いのかとか、どうすれば隠していることを話してもらえるんだろうとか、聞いてみたら良いでしょう?もしかしたら、あなたの誤解だってこともあるし。どうせ通らなきゃならない道なら、早いことすませる方がすっきりするわよ!男でしょ!」

 言うだけ言って、ふん!とあさっての方をむく。あー、もう言っちゃった。きつい女だと思われただろうな。

 でも、つらい経験から学んだことは多いのよ。ひとりで膝抱えてうじうじ悩んでいたって前には進まない。あるのは行動のみ。とりあえず少しでも動けば、あとはガラガラと崩れ落ちるように、どこかへ、なにかへたどり着いてくれる。


 私にびしびし指をさされて、カチーンと凍り付いていた二人が、まるで合わせ鏡のようにお互いの顔を見合わせた。そうして、しばらく見つめ合っていたかと思うと、なにかほっとした様子で微笑みあった。うわー、なにこれ!なにこのラヴラヴ感!私はげっそりと言う感じで付け加える。

「…どうも今、誤解がとけたご様子ですね」

「「あ」」

 返事までラヴラヴ?もう、やってらんない。犬も食わないって本当だわ。ただのたわいない夫婦げんか、じゃなくてすれ違いだったのね。心配して損しちゃった。


 私のふくれた様子に気づいたマスターが立ち上がり、最敬礼よりも深いお辞儀をして

「あのっ、ありがとうございます。僕はそちらの方のようにイケメンでもないし」

と、夏樹の方を見る。へっ?おれ?と、夏樹はびっくりして自分を指さす。

「そちらの方のように、ちゃんと話を聞いてもやれないし」

 こんどは鞍馬くんを見る。

「貴女の言ったことは当たってます。小さい頃から僕は本当に自分に自信がなくて。そして、こんな何も取り柄のない男の所に、こんなに綺麗で性格も良い人が来てくれるなんて、実際、最初は夢だと思ってました」

と、奥様に語りかけるように話す。

「それでもこれは現実なんだと浮かれていた僕に、なんだかんだと親切に色々言ってくれる人がいて…。やれ、奥さんをどこそこのホテルの前で見かけたとか、男の人と歩いているのを見たとか」

 奥様がえっ?と言う顔でマスターを見る。

「最初はやっかみだと思っていたのですが、どんどん疑心暗鬼になって行って…」

「どうして、どうして私に聞いてくれなかったの?そんなことあるわけないじゃない」

「怖くて聞けなかったんだよ。もし本当だったらって」

「そんな…」

「それに響子さん、何か僕に言おうとしてやめてしまうことがたびだひあったから」

「あ」

 ふーんやっぱり奥様、もとい、響子さんって言うのね、何か隠しているんだ。でもこの分ならもう大丈夫そうね。きっとこの後、ちゃんとご主人に本当の事を話して誤解が解けるはず。それなら、と、私はぱんっと手をうって、

「えー、これ以上は私たちが介入することじゃないと思いますので、どうぞお二人で心ゆくまで話し合って下さい。マスター、もっと自分に自信を持って!奥様もこんなお優しいご主人につらい思いをさせないで、言わなきゃならないことはちゃんと言って下さいね」

 そう言ってから、鞍馬くんたちの方に向き直り、

「…さ、鞍馬くん、夏樹、行くわよ!」

と、立ち上がった。まったく、ケーキがとても美味しかったから、こんな気分で帰りたくなかったんだけどね。

 あっけにとられている四人を尻目に、店の出入り口まで行ってから、

「いつかまた奈良に来たら、ランチ食べに来ますから。仲直りしてなかったら承知しませんよ」

と、ニッコリして店の外へ出た。



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