表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第2章 『はるぶすと』は本日よりしばらくお休みです。
7/28

社員旅行は奈良と京都!


 夏樹は『はるぶすと』に就職?したあと、鞍馬くんの住んでいる3LDKのマンションにルームシェアさせてもらっている。

 ここを買うときに、鞍馬くんって一人暮らしなのに三つも部屋がいるのかしら?と思ったが、最初からひと部屋を打合せなどの仕事で使うと決めていたらしい。(失礼ながら鞍馬くんが「安全な人」だとわかった時から、『はるぶすと』の経営などに関する打合せは鞍馬くんの家で行っている。)

 もうひと部屋はほとんど使わないゲストルームにしていたので、そのゲストルームを夏樹の部屋にまわしたのだ。

 私も同じマンションの同じ階に住んでいるが、最初に鞍馬くんが言っていたとおり、上下の移動だけで職場へ行けるというのは、とても便利である。なにより通勤時間がないに等しいので、朝がゆっくりできる。そして、もう一つ便利なのは…。


 その日もちょっとした相談をしたいからと、鞍馬くんから部屋に来てくれるように言われていた。日曜日なので喫茶店はお休みだ。

 ピンポーン…とインターホンを押すと、「へーい。」と軽い声が聞こえて、夏樹がガチャッと玄関のドアを開けた。

「おはよう、お邪魔するわよ」

「おはようっす。てか、おそようです、もうすぐお昼ですよー」


 ここのマンションには様々な間取りがあるが、鞍馬くんの部屋は玄関をはさんで左右に長い作りで、右側に洗面所とトイレ、キッチンと続き、その奥に、もともとリビングと和室だったところを、和室をつぶしてひと部屋にし、事務所兼リビングにしている。事務所と言ってもノートパソコンとプリンターのコーナーがあるだけで、他には座り心地の良い大きなソファとテーブルがおいてある。とても仕事をする部屋のようには見えない。

 反対に左に行くとお風呂があって、その奥に隣り合わせに鞍馬くんの部屋と、新しく夏樹が住むことになった部屋がある。


 私は迷うことなくリビングの方へ進みながら、

「ごめんごめん、お昼ご飯考えるの面倒だったの」

「あっそれでこんな時間に!シュウさんが何か作っているだろうと」

「ピンポーン」

「まったく、…そのうえ、なんちゅうゆるい格好してるんですかー」

「いいじゃない、横の移動だけなんだから。それに、あなたたちは私を女と思ってないし」

 そうなのだ、同じ階と言うことはエレベーターにも乗らずに鞍馬くんの部屋に来られるので、最近ここへ来るときはほとんど部屋着状態である。

 しかも、鞍馬くんと夏樹の中では、どうやら私は女のカテゴリーに入っていないらしいから、気取る必要も全然ない。まあ、私も二人を男として意識したことはないんだけど。どちらかと言えば、ふたりとも可愛い弟みたいな感じ、家族に近い。

 そんな私でも、はじめは緊張もあって、もっとパリッとした格好だったんだけどね。


「いらっしゃい、由利香さん。ご希望どおり、いま昼食を作っていますよ」

 キッチンから顔をのぞかせて鞍馬くんが言う。

「さっすがねー、よくわかっていらっしゃる。遠慮なくいただくわ」

「用意が出来るまで、今月の会計報告などを見ておいて下さい」

「了解!」

 鞍馬くんはさすがと言うべきか、事務仕事もほとんど完璧にこなすのだけど、共同経営なので、いちおう私も会計やその他、経営状態などをチェックさせてもらっている。これでも事務仕事はベテランの域に入っているのよ。なにより二人で見る方が、誤りも少ないだろう。


 しばらく書類とパソコンとをにらめっこし、時たま電卓をはじいていたが、そのうち珍しいにおいがただよってきたので、思わず手を止めた。

「丼物?」

「ああ、さすがに日本人ですね。そうです、今日は親子どんぶりを作ってみました」

「ええっ鞍馬くん日本食も作れるの?」

 そうなのだ、見た目も言葉も完璧な日本人なのだが、鞍馬くんも夏樹もじつはこの間まで外国にいたのだ。そういえば生まれも外国なのかしら。

「久しぶりに作るので、今、練習中です」

「でも、いきなりどうしたの?」

「夏樹とは少し相談したのですが、ランチのメニューを増やしてみようかと」

「そっ、それでさ。なんと!シュウさんが日本食に挑戦してみたいって言い出して…」

「夏樹だって賛成してたじゃないか」

「大賛成ッスよー。でも、メニューが丼だとは思わなくて…。俺はもっとこう、カ…カイセキ?っていうんすか。美術品みたいな」

「ああ、懐石とか会席料理ね」

「そんな堅苦しいものを喫茶店では出せないよ。でも、どんぶりだけでは少し寂しいので、小さな前菜を何品かひとつのお皿に盛りつけて、お出ししようかとは考えているのですが」

「へえー、でもあんまりうちの雰囲気に合わないわね、丼物って」

「え?うちで出すのはおかしいですか?それなら他の物を考えないと」

と、鞍馬くんは少し真剣な顔をして考え始める。あ、いけないいけない、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね。

「ごめん、そんなつもりじゃなかったの。じゃあ、あとで鞍馬くんの出したいどんぶりランチ、イメージ図にしてくれる?でも今は、出来たての親子どんぶりが食べたいな~」

 もう出来上がっているらしい昼食、さめないうちに食べなきゃね。私は現実から離脱している鞍馬くんを引き戻した。


「あ、申し訳ありません。今盛りつけますね」

 夏樹もキッチンに入って、二人で最後の仕上げをしているらしい。お出汁と卵と、かすかに三つ葉の香り。それだけで、美味しいと思えてしまう。

「いただきましょうか」

「はーい」

 語尾にハートマークがつきそうな口調で席に着く。うわ、なにこれ。

 食卓には見事な有田焼の、どんぶりと言うには少し小さめな器に親子丼が盛りつけられていた。有田焼にしては地味めな模様だが、基本の赤色と青色が効いている。それに映える、卵の黄色と三つ葉の緑。まさしく目で楽しむ日本料理の基本だ。

「今日は、前菜まで考えていなかったので…」

と、これまた素敵な小皿には漬け物が何種類か添えられていた。

 一口食べると、とても練習中とは思えない卵のトロふわ感。美味しい~。


「いつも思うんだけどさ、これで十分じゃない?ランチ」

「いえ、家で食べる昼食ならこれでも充分良いのです。でも、ランチだとひとつの味しかないと飽きてしまうと思いますから」

「それで前菜?日本料理で言えば先付けのことかな?」

「そういう風にも言うのですよね。」

 すると、今まで興味深そうに聞いていた夏樹が、

「へえーサキヅケ?俺は全然わかんないよ。だからさ、だから言ってるじゃないッスか。日本の心と言えば京都だって」

 京都って、ここで何故京都が出て来るのかしら。

「京都がどうしたの?」

「日本料理と言えば京都。だからー、京都に美味しい日本料理の研究に行きましょうって、この間から何度も言ってるんですよ」

「えっ?わざわざ?」

「そうですよーわざわざですよー。でも、シュウさんがなかなかうんと言ってくれなくて。」

「それなら…それなら!京都だけじゃだめよ!奈良にも行かなきゃ!」

「そうすよね、奈良もですよねー。どうせ由利香さんにも反対されるって…えっ?!…もしかして賛成?由利香さん?」

「当たり前でしょ、京都と奈良よ!行きたいに決まってるじゃない!」

 力強く言うと、しばしぽかんとしていた夏樹の口元が次第にゆるんでくる。そして極上の笑みを見せた夏樹は鞍馬くんに向き直って、

「それじゃあ、二対一で京都行き、決定ー!」

 と手を突き上げた。


 そのあとも、鞍馬くんは何故かいつもの鞍馬くんらしくなくて、往生際が悪かった。お店はどうするのかとか、そんな短時間で京都や奈良の何がわかるのかとか…。

 なーんかそんなふうに言われると、余計に行きたくなるのよね~。私があまのじゃくだって、まだわかってらっしゃらないらしい。


「じゃあ、こう言うのはどーお?」

「どういうのでしょう?」

「今回の奈良・京都旅行は、従業員の慰安旅行と言うことで。それならただ、お料理を楽しんだり、観光したりだけでいいでしょー」

「うわっ、それがいいっす!」

「でしょう?オープンしてから、定休日以外はそれこそ雨の日も風の日も、お休みなしで頑張ってきたんだもの。これくらいの楽しみがないと、ねー」

「ねー」

と、夏樹と私は仲良く顔をかしげる。

 なにが「ねー」だよ、と言いたいような顔で、鞍馬くんはしばし宙を睨んで考えていたが、やがてほっと息をつくと、

「わかりました、そんなにおっしゃるなら、慰安旅行と言うことで」

「「やったーーー!」」

 夏樹とハイタッチして、きゃあきゃあ騒ぎまくる。

「ふたりともそんなにドンドンしない。下の階の人に怒られますよ」

「大丈夫よ、ここは結構作りがしっかりしてるし、なにより床は二重構造になってるのよー。」

「わかっています…。」

 鞍馬くんは本当にあきれた様子でため息をついた」


 そのあと、夏樹と私は旅行の計画に大騒ぎだった。パソコンを開いて、仕事そっちのけで、あそこがいい、ここがいい、どうせならここも、ここも、と、どんどん行くところが増えて収集がつかなくなりそう。「旅行は計画するときが一番楽しい」とは、誰が言ったか知らないが、言い得て妙だな~と思う。

「本当にあなたたちは…、そんなに行くところを増やしても、とうてい行けませんよ。せいぜい二泊が良いところですから」

と、鞍馬くん。

「えー、たった二泊~。でも、お店があるから仕方ないわね。それじゃあ…」


 結局、決まった行程は日曜日から火曜日までの二泊三日。一日目が奈良観光、二日目が京都観光。最後の日は翌日のことも考えて早めに帰って来ることにした。宿泊は、荷物を持ってウロウロしたくないので、京都駅の近くのホテルに二泊しようということになった。

切符と宿泊の手配は、鞍馬くんがしてくれるというのでお任せすることにした。

 その日は、旅行の計画でどんどん時間がすぎてしまったので、とうとう夕食まで鞍馬くんのお世話になる。そうして、ようやく帰ろうと玄関を開けると、

「にゃおん」

 ネコ子がちょこんと玄関の前に座っていた。

「あら、ネコ子?!今日は『はるぶすと』はお休みなのよ、貴女のようなお利口さんが知らないはずないのに」

 わかってるよ、とでも言いたげに両目をキュッーとつぶると、スタスタと鞍馬くんの家に入っていく。あら、ここもテリトリーなのね。

「お、ネコ子ちゃーん。またご飯食べに来たのかい?いまシュウさんが何か作ってくれるからねー」

「ネコ子よく来るの?」

「ああ、最近ね」

「そう…、鞍馬くんの家って居心地いいもんね。それじゃあ、また明日」

「へーいまた明日ー、おやすみなさーい」

 今日は楽しかったな。また明日からお仕事だ。さあ、旅行まで頑張ろうっと。私はうーんと伸びをして、自分の家へ帰っていった。


* * *


☆幕間『はるぶすと』


「京都へ行くんですって?」

 夜も更けた『はるぶすと』。店はとっくにクローズして、夏樹も由利香も今日は先に帰ってしまっていた。

 そんな中、店のカウンターに座っている依子が聞いた。

「ええ、夏樹は日本が初めてなので、キョウトという所にとても興味があるみたいです。それに…」

 しゅうはふふっと笑って、

「由利香さんも女性だったのですね。やはり京都と聞くと行かずにはおられないようなので…」

「まあ、失礼な。由利香さんが聞いたら怒るわよ」

「そうですね」

 しばらくはふたりして楽しそうに微笑んでいたが、ふと依子が真剣な顔になる。

紫水しすいにはどうするの、行くの?」

「致し方ありません。京都に行って、冬里とうりに連絡しない訳にはいきませんので。あとでわかったときにややこしいことになりますから」

「そう…」

 依子はしばらくぼうっと外を眺めていたが、

「由利香さんって、ああ見えてけっこうカンがいいのよ。紫水に行ってしまったら、もしかしたら…」

「そうなったら、そうですね、その時にまた考えましょう。あの人は何故か他の人間とは違っているように思えます」

「貴方もそう?実は私もなの。なんでかしらね」

「にゃおん」

「ネコ子もそうだって言ってるわ」



 そんな話をされているとはつゆ知らず、由利香は、最近夏樹が披露した、トランプカードマジックのネタを暴いてやる!と挑戦しにしゅうの部屋を訪問していた。が、マジックをする方も見る方もだんだん疲れ、昼間の仕事疲れもあって、秋が帰ったときは二人ともテーブルに突っ伏してとっぷりと寝込んでしまっていた。

 夏樹を起こして自分の部屋へ戻らせ、ひょいと由利香を抱き上げて、秋の寝室のベッドへ寝かせる。

 そうしてリビングへ戻った秋は、「やれやれ。また今夜も私はソファーで夜を明かす、ですか」と、苦笑しながら、キッチンから持って来たワインとチーズを窓辺に置いて床に座る。

 時たまグラスを傾けながら、秋はいつまでも地上を照らす月を眺めていた。


* * *


「マモナク、京都デス…山陽線、湖西線ハ…」

 コンピューター音声のアナウンスが流れると、京都で降りる乗客がざわざわと用意をしはじめる。しばらくして、新幹線は滑るようにホームに入っていった。ゾロゾロと前の人に続いて列車を降りる。いつもながら人が多い。でも、この雰囲気、この空気は、変わらないか。やったー!京都だあ。

 そうよそうよ、このためにアルバイト先の会社から、休暇をむしり取ってやったんだから!絶対楽しんで帰るわ!


 夏樹も初めて降り立つ京都の地に興味津々という感じだった。

「へえー!これが京都駅ですかー。わっ、あれは何です?」

と、京都駅烏丸口の目の前にそびえる京都タワーを見て驚く。

「京都タワーどすえ」

 おもむろに京都弁で答えるが「なんすかそれ、変な日本語」と、夏樹にはおもむきのある京都弁もへんに聞こえるらしい。

「あれってちっとも日本らしくないじゃないですかー、しかも、何すかあのでかい階段!」

 今では京都駅名物となった、大階段を見てまたびっくりしている。そうよね、京都駅の大階段は、毎年駆け上がり大会が開かれるほど大きくて広いからね。

「二人とも、ぐずぐずしていると放って行きますよ」

「えー鞍馬くん、ひどーい。ちょっとは感慨にふけらせてよー」

「後でいくらでもふけらせてあげますよ。それに、今日は奈良へ行くんですから、早くホテルに荷物を預けないと時間がなくなります」

と、スタスタと行ってしまう。その鞍馬くんの様子を見て、夏樹と私は、なぜか小さくなりながらひそひそ話をする。

「鞍馬くん、なんか怒ってる?」

「やっぱ、俺たちが京都行きを無理強いしたのがまずかったとか?」

「えー、でも行くって言ってくれたわよ」

「それだって、ちゃんと納得した訳じゃ…」


「本当にあなたたちは…」

 急に後ろで声がしたので、夏樹も私も「ひぇーっ」と声を出して飛び上がる。鞍馬くん先に行ってたんじゃないの?!。ギギーっと振り向いてガチガチの笑顔を見せる私たちに、こちらは最上の笑みを見せて言った。

「怒ってませんから、速く歩いて下さいね」

「「やっぱり怒ってるー!」」


 ホテルは駅から歩いて5分程、落ち着いた雰囲気でドアマンもベルボーイも感じが良い。チェックインをすませた鞍馬くんは、まだ部屋は使えませんが、荷物だけは預かってくれるそうです、と、クロークの方へ歩いていきながら、

「コネクティングルームと言って、隣り合わせの部屋をつなげて、続き部屋にしてあります。その方が、色々打合せをしたりするのに便利かと思いまして。もちろん、中扉を閉めればお互い独立した部屋になりますので、由利香さんも安心でしょう?」


 何を今さら。以前から打合せや相談だので、鞍馬くんの部屋にはよく行っていた。話が長くなって夕食をごちそうになると、ワインなどをさりげなく出してくれるので、ついつい過ごしてしまって寝落ちすることもあった。そんなとき、夏樹がシェアする前はゲストルームに、そして来てからはなんと!鞍馬くんのベッドに運んでくれて、朝まで寝てしまったことは数知れず・・。何が安心でしょう?よ。でも、とりあえず女性として見てくれたことは評価するわ。

「それに家ならいざ知らず、部屋が離れていると由利香さんが寝てしまわれたら、私は床で寝る羽目になりますので」

 ははーんわかった、そっちが本音ね。

「ありがとう、お心遣い痛み入ります」

「いいえ、とんでもない」


 ジョークまじりの嫌みの攻防戦に、夏樹はししっと笑いながら「早く荷物預けようぜー」とクロークへ行き、愛想を振りまいて女性スタッフの頬を染めさせていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ