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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第4章 ふたたび、京都
23/28

送別会の夜


 送別会当日。

 その日の『はるぶすと』は朝から貸し切りの札をかかげていた。


 パーティは夕方からだが、凝ったお料理を出すので、三人とも朝から仕入れや仕込みに余念がない。今日は由利香さんはお客様でいて下さいと鞍馬くんに言われたが、私はうんと言わなかった。私だって『はるぶすと』のメンバーとして依子さんを送り出したいのよ。

 とはいえ、料理は出来ないのでお店のセッティングくらいしか用事がないのよね。その辺も男手が三つもあればすぐにすんでしまう。あとはお客様が来るまで私の出番はない。

 カウンターの中では三者三様で料理が進行しているのだが、打合せをしてあるわけでもないのに、ぴったり息のあった三人が、舞を舞っているように優雅に動きながら料理を完成させていく。

 特に伊織の真剣な顔を見るのは初めてだったので、ああ彼も料理人なんだなと認識させられる。包丁を使う手元についつい見入っていると、

「ふふん、由利香。そんなに見つめるほど僕ってす・て・き?」

 伊織はちょっと動きを止めて言った。

「ええっ?また。ふざけてるとケガするわよ。はいはい、とーってもす・て・き・よ」

「ありがとう。じゃあもーっと素敵になれるようガンバルね」

 伊織はにやっとした顔をまた引き締めて、料理に没頭しだした。そうこうしているうちに、どうやらほとんどの料理は完成したらしい。


 そういえば鞍馬くんの〈本気〉はどうなったのだろう。実はあのあと、とっても気になったので夏樹にこっそり聞いてみたのだ。

《ねえ、鞍馬くんが本気出してるってどうしてわかるの?》

《あ、それは全然違いますよ。なんつーか…近寄りがたいというか、話しかけるのもはばかられるって言う感じで。そうっすねー、なんか神々しいほど真剣です》

《へえー》

 その時は、それはすごいとしか思わなかったのだけど、こうなったらその姿を見てみたいわよね。私はちょっと期待して待っていたのだけど、鞍馬くんが思いもよらないことを言い出した。

「由利香さん。もうだいたい終わりましたので、由利香さんはしばらく部屋で休んでいて下さい」

「え?なんで?」

「あとは最後の仕上げだけですから。それに女性は支度にお時間を取られると思いますので」

「ああ、そういえばそうね。今日は少しおしゃれしなきゃならないものね」

 残念、鞍馬くんの真剣な姿が見られない。

 でも、今日は素敵なパーティにしたいから、セミフォーマルでと依子さんからリクエストがあったのだ。そのために考えておいたコーディネイトをじつはまだ試着していない。実際に着て変だったらイヤだわ。仕方がないので、私は後ろ髪を引かれる思いで部屋へ帰っていった。


 夕方、ぽつぽつとお客様が見え始める。いつもとは感じの違う『はるぶすと』に、「こんな感じもすてきねー」とか、「バーみたいになっちゃって、私はいつもの方がいいわ」とか、色んな感想が飛び交っている。

 今日は特別にシャンパンやワインをお出ししているのと、少しフォーマルにと言う依子さんからのお願いで、場がよりいっそう和やかで華やかだ。私はこんな雰囲気も素敵で好きだ。

 参加される方がほとんどそろった頃に、今夜の主役である依子さんが到着した。集まったお客様が彼女の姿にびっくりして見とれている。

 うわー!ステキ!肩ぐりが大きくあいて、スカートが広がった黒いドレス。そしてラメの入ったストールをふわりと羽織っている。彼女の透けるような肌と雰囲気にピッタリだ。思わずお客様から拍手がわき上がった。

「依子さんステキー。」「やっぱり美人はなに着てもにあうわねぇ。」「…!」「!」

 みんなやんやの喝采だ。依子さんはちょっと照れていたが、

「みなさま、今日はこんなにお集まりいただいてどうもありがとうございます。なんだかおおげさになっちゃって。でも私、湿っぽいのは嫌いだから、今日はうーんと楽しくね!で、堅苦しいのも嫌いだから、乾杯も私が言っちゃうわ。突然だけどいいかしら?…大丈夫ね?それでは皆様、かんぱーい!」


 そんなイレギュラーな始まりに、みんなびっくりしながらもとても楽しそう。パーティが始まると、しばらく依子さんはあちこちで引っ張りだこだ。私は様子をみながら、鞍馬くんたちが最後の仕上げをしたお料理を運んだり、飲み物がなくなっているお客様にオーダーを聞いたりしていた。

 鞍馬くんと夏樹のフレンチも、伊織の和食も本当に美味しそう。ディナーも出せばいいのに、などと鞍馬くんに言っているお客様もいる。

 しばらくすると、また新しいお料理が出て来た。それをお客様がひとくち食べて、えっ?と言う顔をしたあとに、うーんとうなって、そのあと、やられたと言うような顔をしている。横長のシャンパングラスに盛られた、すごく綺麗な一品。もしかして、これが鞍馬くんの本気の料理?ものすごく食べてみたいけど、今は給仕中だからガマンガマン。

 でも、なくなっちゃったらどうしよう~なんて思っていると、すっとそばに依子さんが来た。


「由利香さん。今日はお客様じゃなかったの?シュウがそう言っていたけど」

「ええ、言われたんですけど私が断ったんです。私だって『はるぶすと』の一員ですもん」

「ふふ、由利香さんらしいわ、ありがとう。それじゃあこれは私のご褒美。はい、あーん」

 そう言って私の口に入れたのは、くだんの一品。

 それを口にしたとたん…えっ?うわぁ、うーん!なによこれー。すごい、お・美味しすぎる!さっきから見ていたお客様の反応とそっくりな反応しかできない。こんなのが作れるんなら、そりゃあ鞍馬くんを取り合いしたいに決まっている。

「…美味しい~!」

「そうね。シュウの雰囲気がよく出てるわね」

 あれ、依子さんの反応はやや低め。きっと今までこんなのばっかり食べてたからびっくりしないのよね。なんてうらやましい。

 鞍馬くんに美味しいと伝えたくてカウンターを見ると、例の一品を手に持ったお客様がわんさと押しかけて何やら鞍馬くんに話しかけている。うんうん、みんな美味しいって言いたいわよねー。まあ、私はあとで時間があるから今はやめておこう。


 そうこうするうちに、なごやかな送別会もそろそろお開きの時間が迫っていた。そんな中、何人かの常連さんが目配せしていたかと思うと、そのうちの一人が前に進み出て、

「え~宴もたけなわですが、ここで依子さんに記念のプレゼントを!」と依子さんに綺麗にラッピングされた箱と花束を渡した。

 依子さんは「うわーどうもありがとう!あけてもいい?」と確認してプレゼントを開ける。中には美しい模様が描かれたワイングラスのセットが入っていた。一緒にみんなからのメッセージが書かれたカードが添えられている。

「素敵ね…。大切にするわ」

 さすがの依子さんも感極まりそうになっていたが、湿っぽい気持ちを振り払うように軽く頭を振って笑顔になった。そして、「じつは私からもプレゼントがあるの。帰りにお渡しするから受け取ってね」とウィンクしてみせた。


 パーティが終わると、依子さんは言葉通り『はるぶすと』の入り口で、ひとりひとりに握手やHUGをしてプレゼントを渡し、お見送りをする。最後の一人が帰っていくと、さすがに疲れたらしく、ほうっとテーブルにもたれかかった。鞍馬くんは折りたたみ式の椅子を持って来て、「お疲れでしょう、どうぞ」と依子さんのそばに置く。

「ありがとう。さすがシュウね」

と、依子さんは遠慮なくその椅子に腰掛けた。

「今日はとても楽しかったわ。みんな本当にどうもありがとう。とくに、い・お・り。

わざわざ京都から駆けつけてくれるなんて、奈良に行けばすぐ会えるのに」

「依子のために来たんじゃないよ。送別会するなんて知らなかったもん」

「あら?それはごめんなさい」

「いーえ」

 なんだか険のある会話。いつもと違う雰囲気は何でだろうと思っていたら、伊織がずっとふくれているんだ。ホントわかりやすいわね。私は可笑しくてつい微笑んでしまったが、

「あ!そうだ。鞍馬くん、本気の料理わかったわよ」

と、鞍馬くんに伝える。

「最後の方に出て来た、シャンパングラスに盛りつけてあったとても綺麗なのでしょう?すごく美味しかったもの」

 鞍馬くんはああ、と言う顔をしていたが、

「あれもかなり手をかけましたが…実は違います」

「ええー?あれより美味しいのがあるの!?」

 びっくりしてしまった。でもそれなら依子さんの反応にもうなずける。さすが鞍馬くんの料理を長年食べていただけのことはある。じゃあ見落としたのかな、残念だわ。


 ガッカリしていると、鞍馬くんが冷蔵庫から何やら取り出してきた。何だろう?伸び上がってよく見ようとすると、フッと店の明かりが消える。

「!?」

 カチッ

 ライターらしきものの音がして、鞍馬くんの手元に灯りがともった。そして、

「Happy Birthday to 由利香!」

 とみんなが声を合わせる。

「え?私の誕生日って今日じゃないけど…」

「わかってるわ、でも今月だしもうすぐよね。私はたぶんお祝いできそうにないからって、シュウに頼んでケーキを作ってもらったの。ちょっと早くてごめんなさい」

 驚いた!依子さんそんなこと計画してくれてたんだ。なんだかすごく嬉しい。感慨にふけっていると、「早くしないとロウが落ちちゃう。」と依子さんが音頭をとって、全員でハッピーバースデーを歌ってくれた。

「さあ由利香さん、ろうそく吹き消して~」

「あ、ありがとうございます」

 あわててふぅーっと火を消した。パチパチとみんなが拍手してくれる。

「依子さん、ありがとうー。こんなに嬉しいお誕生日は久しぶりよ」

 私は嬉しくなって、依子さんに思いっきり抱きついてお礼を言った。

「あはは、良いのよー。それよりシュウがせっかく作ってくれたんだから、ケーキ食べましょ。シュウ、お願いね」

「わかりました」


 鞍馬くんはきれいにケーキを切り分けて、お皿に乗せてくれた。いつの間にか紅茶も入っている。そのケーキを見てお腹がすいていたのを思い出した。そう言えばパーティの間に口にしたのって、依子さんがあーんしてくれた一品だけだったわ。

 バースデーケーキらしく、イチゴで飾り付けしたプレーンなショートケーキ。ひとくち食べた私は、そのあまりの美味しさに思わず鞍馬くんを見てしまった。

「もしかして」

「はい、由利香さんのお祝いですので、心をこめて作らせていただきました」

 なんてこと!

 口あたりのすばらしさ、生クリームの絶妙な甘さ、そう言うのが美味しいのはあたりまえなのよ。

 でも、でも…本当に驚いたのは、ひとくち食べるごとに、胸にぽうっと灯りがともったようにあたたかくなっていくこと。そして身体のすみずみまで癒やされていくのがわかる。なんて優しいんだろう。これが鞍馬くんの本気のちから…。

「なんでこんなのが作れるの?」

「そりゃあ、シュウだもん」

 伊織が当たり前だというように言う。

「でも、こころがこんなにあったかくなるものを食べてるのに、それを独り占めするために奪い合って争いをするなんて…私たち百年人って本当にバカね」

 ガックリうなだれる私を、今度は依子さんがぎゅうと抱きしめてくれた。

「あら、そんなんばっかりじゃないわよ。由利香さんみたいに素敵な人もいるじゃない。私たちはそういう人が増えていってくれることを願っているわよ」

「うん…うん、ありがとう」


 依子さんの言葉にホッとしていると、いきなり後ろからずいっと引っ張られて依子さんからはがされる。驚いているとお腹のあたりに腕が回されて、私の肩に顔を乗せた伊織の声がした。

「もー、依子はまた出しゃばって。由利香をなぐさめるのは僕の役目」

「伊織!」

「あら、いいじゃない。私はもう、たまにしか会えなくなっちゃうのよ」

「僕だってそうだもん」

 ふたりして私なんかを取り合いしなくても。でも確実にこれは伊織が依子さんに対抗してるわね。仕方ないなーと思っていると、鞍馬くんが仲裁してくれた。

「冬里、もうそのくらいにしておいたら。それから由利香さん、これは私たち三人からです。パーティの間はなにも食べておられなかったでしょう?」

 そう言って、大きなお皿に今日の料理一式を彩りよく盛りつけたものをテーブルに置く。それを見たとたん、グゥーと私のお腹が鳴った。

「うわ、イヤだ、はずかしい」

「はは、由利香のお腹は正直だね。どうぞお召し上がり下さい、お嬢さま」

 伊織は私から離れると、いつの間にか用意してあった椅子に座らせてくれる。

「え?でもあなたたちは?私一人で食べるのなんて嫌よ。みんなで美味しくいただきましょうよ」


 そう言ってみんなにも座ってもらい、ワインを傾けながらお料理をつつく。私は空腹も手伝ってかなりのスピードで食べてしまう。うーん、とか、美味しーい、とか、言いながら食べる私を、料理した三人は楽しそうに見つめている。

「自分の作った料理を、こんなに美味しそうに食べてくれると嬉しいよねー」

「そうですね、、由利香さんの食べっぷりすごく気持ちいいすよ」

 鞍馬くんはただ微笑んでいる。そうこうしているうちに、ようやくお腹もくちくなってホッとお箸をおいた。

「ああ、ずいぶんお腹もふくれたわ。それにしても三人ともさっきからお酒ばっかり飲んで。ちょっとは食べて頂戴」

「僕たちはね由利香。効率的な身体をしてるから、本当は一日一食でも大丈夫なんだよ。食べろって言われれば食べられるけどね」

「え、そうなの?」

 鞍馬くんを見ると「ええ」とうなずく。それでかすみを食べて生きていけるなんて言ってたのね。


「それに私たちは作る途中で試食もしましたしね」

と、いたずらっぽくニッコリ笑う。あ、また出た。お茶目キャラの鞍馬くんだわ。

「試食じゃなくって味見でしょ、もう」

「でも今度新作を作るときは、由利香さんにめいっぱいお腹をすかせてもらってればいいっすね。そしたらいっぱい試食してもらえそう」

「冗談じゃない!あれは日本食だから協力したの!もう試食はこりごりだからね」

 反発する私を尻目に夏樹はニシシと笑って席を立ち、

「さあー、楽しい時間は終わり。さっさと片付けて、また明日から普段の『はるぶすと』っすよ」

 とか言いながらカウンターに入る。伊織は「試食って何?」と、鞍馬くんに聞いているから、私はあわてて、

「何でもないの!えーと、あー伊織!」

「?なに」

 伊織に試食の事なんて話したら、私を〈料亭紫水〉専属の試食係にするなんて言い出しそうだもん。どうしようどうしよう、伊織が面白がること…。


「あ!そうだ。まだちょっとお料理残っててもったいないじゃない。早く片付けられるように、ジャンケンして勝った方がお料理を食べさせてあげるかもらうか決めて、(あーん)してあげるって言うのはどーお?」

「いいけど、由利香まだ食べられるの?」

「大丈夫よ、私こう見えてもジャンケン強いから」

「へーえ?」

 伊織はゲームよりもジャンケンが強いと言った私の言葉に反応した。

「実は僕もジャンケンには、ちょーっと自信があるんだよねー」

「え?あはは…」

 イヤな予感がした。


 結果は予想通り。最初はちゃんと料理のやりとり?をしていたんだけど、伊織があんまり勝つものだから(そのたびにふふーんと偉そうな顔をするから!)ちょっと悔しくなって、もう最後はただのジャンケン大会になってしまった。結局は負けちゃったけどね。

 でも私が負けても、お料理はふざける伊織が鞍馬くんや依子さんや夏樹にまで振り分けるので、私はほとんど食べずにすんだ。おなか一杯だったから助かったわ。わざとそうしてくれたのかな、本当の事は絶対わからないようにするから、伊織は。

 それでも、(あーん)だけは全員にさせられて、その都度ご指名するので、お料理を持って後片付けする鞍馬くんや夏樹の後を追いかけ回す羽目になったけどね。


 夜も更けて、送別会モードからいつもの状態に戻った『はるぶすと』。

「今日は本当に楽しかったわ。きっと奈良に遊びに来てね、由利香さん。あ、それから、ネコ子はもう私の家に居候を決め込んでるの。だからここへ来なくても心配しないでね」

 依子さんはそう言い残して帰って行った。言われるまでもなく奈良へ行く気は満々。響子さん夫妻にもランチ食べに行くって言ってあるしね。

 そして、ネコ子も終の棲家を見つけたんだ、良かった。奈良ではあのカフェに遊びに行くんだろうな。だったらそこで会えるわね。


 また楽しみがひとつ増えた夜だった。




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