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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第4章 ふたたび、京都
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よみがえった記憶


 うわー、と言うしかないような広くて豪華なマンション。


 ずっと大口を開けてあちこち見回す私を、伊織は笑いをこらえて見ていたが、

「どーお?気に入ってくれた?僕の家」

と、聞いてくる。

「うん…すごいとしか言いようがない。ほんとにこんな所に一人で住んでるの?伊織は」

「まあね。でも、店が忙しくて月の半分は向こうに住んでるようなものかな。あ、適当に座っててよ。今お茶でも入れてくるからね」

 そう言い残すと伊織はキッチンとおぼしき方へ消えていった。

 ふえー、このリビングだけでいったい何畳あるんだろう。ソファも特大で、私はこれで寝ても充分満足できるわ。そうして調度品や本棚を手当たり次第眺めながら部屋の中を歩き回っていると、ここもけっこう標高が高いのかな、ふと見えた夜景に誘われるようにベランダへ出る。

「うわぁ素敵!」

 京都の夜景ってあんまり聞かないけど、こうやってみると綺麗なのね。私は吹いてくる風の心地よさも手伝って、しばらくぼぉっとその景色を眺めていた。

「ゆーりか、お茶が入ったよ」

 伊織が部屋の中から声をかけてくる。私は少し名残惜しかったけど、せっかくのお茶が冷めるといけないので部屋へ入っていった。


 しばらくは伊織の入れてくれた美味しい日本茶を味わっていたのだけれど。

「さて、そろそろいいかな。ちょっとそっちへ行くよ」

 そう言って伊織が私の横へ座り直す。そして私の前髪を手で上げながら、

「前みたいに右ストレート食らわさないでね。変な気をおこしたわけじゃないから」

と、私のおでこに唇をあててきた。


 へっ?

 あんまり自然だったので反撃する気も起こらず、ただなすがままになっていたのだが、

「なに?なに!」

 伊織の唇が離れると思わず手でおでこのあたりを押さえていた。


「ふーん。シュウってば由利香にばれても良かったんだ」

「何が?」

「記憶って言うのはね、消えてしまうと思われがちだけど、絶対そんなことないんだよね」

 また!あのー返事になっていないんですけど。ふくれている私にお構いなしに伊織は続ける。

「脳の中に全部しまわれているんだよ。ただ忘れているだけ。思い出せないだけ、と言っても良いのかな」

「あ、私がどうしても思い出せないこと!」

「そう、僕たちにはね、なぜか百年人の記憶を忘れさせたり戻したりすることが出来るんだよね。でも一回ごとにほんの短い時間だけ。そしてそれは新しく記憶を上書きすると、より強固になる」

「じゃあ、わたしが思い出せないことって、まさか?」

「そう、シュウのしわざ。そして、これがシュウがきみに忘れて欲しかったき・お・く」

 そう言って伊織はさっきより長めに私のおでこに唇をあてる。


 すると…

 鞍馬くんが私の首根っこをつかんで部屋に連れて行く場面が、巻き戻しのように戻って行き、私のおでこに唇をあてるところでいったん止まり…。

 そのあと《さすがにお父さんはいただけませんね。》と鞍馬くんの声。そして私が《お父さん、おやすみなさい…》と言う直前に鞍馬くんがお休みのKissをしてくれていた。

……

 思い出した!あのとき確かに鞍馬くんはお姫様だっこで私を部屋へ連れて行ったわ!

 それで、鞍馬くんがおでこにしたKissを、私が父と勘違いしたんだ。

 鞍馬くんてば、私にお父さんと呼ばれたのがちょっとショックだったみたい?それで首根っこをつかんで運ぶっていうのを上書きしたのね!


「んっとね、もう一つあるんだよ」

 そして、もう一度伊織が近づいてきて。

……

《びっくりしましたよね、まさか奈良に千年人がいるとは思わなかったっすから》

 夏樹のしゃべる声がした。あ!お風呂に入ろうとして忘れ物をしたとき。

 その時のことも、すべて突然頭の中に戻ってきたのだった。


 私はしばらく言葉が出てこなかった。そうだそうだった、あの日は、夏樹が言った千年人と言う言葉の意味をあとで聞こうと思っていたんだ。じゃああのとき鞍馬くんは、私が夏樹との会話を聞いてしまったのを知っていたのね。それで…。


「ということは、響子さんはもちろんのこと、依子さんも千年人なのかしら?」

 私は伊織がその二人とは面識がないと思っていたので、独り言のようにつぶやいた。すると伊織がちょっと顔をしかめて言った。

「げ、依子を知ってるの?」

「え?ええ、『はるぶすと』の常連さんだもの。伊織も依子さんの事知っていたのね」

「うーん、でも依子は苦手」

 やった!伊織の弱点みっけ。今度からそれで脅してやる!

「あ、なにガッツポーズなんかしてるの?苦手だけど、嫌いじゃないし怖くもないからね。残念でした~」

「なんだ、つまらない」

「ふふ、でも由利香の言うとおり、依子も、そのなんだっけ、響子さん?その人も千年人だよ」

「そうなの。でも、あなたたち同士は会っただけでわかるのね」

「うん、キミたち百年人…って僕たちは区別するためにそう呼んでるんだけど、と千年人は、見た目は同じ。でも、僕たちには一目見ればわかるんだよね。それに外から見た身体の構造が変わらないだけで、僕たちにはそもそも生殖の機能がないんだよね」

「え!?じゃあどうやって子孫を残すの?」

「子孫なんて残さなくてもさ、千年も生きるしね。だから僕たちは個人的に誰かを愛したり、好きになるって事がないんだよね。男女の区別もしないし。どっちかっていうと人類愛?なんてカッコ良すぎかな。だから、響子さんって人が百年人と結婚してるって聞いて、びっくりしちゃった。どういうところに執着したんだろう?ものすごく珍しいケースだと思うよ」


 そのあと伊織は千年人について色んな事を話してくれた。どうやって生まれるのかは良くわからない。でも、いつの間にかここにいて、いつか光のように消えてしまうのだそうだ、それこそあとかたもなく。

 身体的には長く生きてもぜんぜん変わらないらしい。まあ言えば見た目は歳をとらないんだそう。なんてうらやましい!


 そしてこんなことも教えてくれた。

「僕たちはね、人をうらやましいとは思うけど、嫉妬したりねたんだりするっていう感情がないんだよね。だから百年人がなぜああやって卑怯な方法で他人を陥れたり、憎んだりするのかが理解できない」

「え?でも夏樹は貴方へのライバル心から、ずいぶん和食にこだわってたのよ。おかげで私は試食地獄だったんだから!」

「試食地獄?なにそれ。でもそれは夏樹が僕を見てすごいと思ってくれた、だから彼は、もっと自分自身を磨かなきゃと頑張ったんじゃない?僕に嫌がらせをしたりはしてないもん。人をうらやましいと思ったら、それに近づくように努力したり自分を磨いたりするのが本来あるべき姿だと思うけど?」

「それはそうだけど…じゃあ貴方たちにとって私たちって嫌なヤツよね」

「うーん、でも由利香みたいないい子もいるしね。由利香を見てると、響子さんの気持ちもわからないでもないかな」

 と言っていたずらっぽい笑みを浮かべる。これだから伊織は。

「私を持ち上げても何も出ないわよ」

「はいはい、わかってるよ~」


 でも、こうやって普通に話をしてくれているが、これってものすごいことなんじゃないだろうか。私はふと気になったので聞いてみた。

「ねえ、千年人のことを知ってる人って他にもいるの?」

「僕が話をしたのはキミが二人目。もうひとりは〈料亭紫水〉の七代目だよ。あのじいちゃんもすごい人だったなー。僕の正体を知っても眉一つ動かさずに、それならおまえは何代かあとにもう一度〈料亭紫水〉の当主になれって言ってさ、そのシナリオまで考えてくれたんだよ。ちょっとびっくりしたけど、七代目好きだったから言うこと聞いてあげた」

 わあお!私とはえらい違いね。けど私にちゃんと話をしてくれるってことは、そんなに信用してくれてるんだ。

「たったふたり?もしかして私ってすごいことを背負ってしまったのかしら?」

「大丈夫だよ」

と、伊織は何故かホラー映画のような声を出してささやく。

「こんな秘密を知って生きて帰れるとでも?ちゃんと僕が始末してあげるからね~」

 ズズッ!

 私は声もなく、伊織からものすごいスピードで後ずさりして離れていた。

 あっけにとられて見ていた伊織は、そのあとソファにつっぷして笑っていたかと思うと顔を上げて言った。

「あっははは…由利香おもしろすぎー、…ははは、そんなわけないじゃない」

 そして珍しく真面目な顔で、

「あのね、七代目は僕の大事な家族だったひと。そして由利香は僕たちのとても大切な友人だよ。これからもよろしくね」と、頭を下げた。


 その翌朝。

「明日はゆっくり起きていいからねー」

 と伊織に言われていたのでお言葉に甘えてずいぶん朝寝坊してしまった。

 ここのゲストルームのベッドっといったら…。キングの上を行くサイズ、しかも天蓋付き!その上この部屋にはプライベートバスまでついてるの!

 うーんと伸びをして起き上がった私は、文字通りベッドの海を泳いで端までたどり着き、シャワーを浴びに浴室へ向かった。

 着替えて部屋を出ると朝食の良いにおいが漂っている。


「おはよう伊織」

「おはようございます、秋さま」

 てっきり伊織がいると思ってダイニングに行くと、なんとそこには九条さんがいた。

「え、九条さん?お・おはようございます!でもなんで?あ、そうか、朝ご飯作りに来てくれたんですね」

「いえいえ」

「由利香ひどーい、僕がせっかく腕によりをかけて朝ごはんつくったのにー」

 そう言いながらキッチンから出て来た伊織の手には、朝食を盛りつけたお皿。美味しそうなオムレツがのっている。ダイニングテーブルには、すでにサラダや数種類のパン、フレッシュジュースが並んでいる。

「伊織すご~い」

「これくらいは誰でも作れるでしょ。九条、由利香を席に」

「かしこまりました。秋さま、こちらへどうぞ」


 九条さんに案内されて席に着く。伊織は私の向かいに座ると「coffe or tea ?」と冗談めかして聞くので「coffe please.」と答えて珈琲を入れてもらった。それにしても伊織の料理の腕もなかなかのもの。しかも和食だけじゃなくて洋食まで。そう言うと、

「ありがとう。でもシュウにはかなわないけどね~。彼はすごいよ、もう別格」

「え?そうなの?」

 確かに鞍馬くんの作る物は、なんでもものすごく美味しい。

「由利香、毎日シュウの料理食べてるからわかるでしょ?」

「毎日じゃないわよ。それに私が食べさせてもらってるのって、まかないとか休日のお昼とかだもん。実は私お店でお金出してランチ食べた事ないのよ、ちょっと罪悪感、エヘ」

 そう言えばいつもタダ飯だったわねと思い冗談めかして言った。

「ふーん」

 伊織も茶化すかな、と思っていたのだけど何やら考え込んでいる。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない」

 ちょっと気になったけど、まあたいしたことじゃないだろうと、その後は美味しい朝食をいただく事に専念した。キノコがふんだんに入ったオムレツ、フレッシュジュースも、ちゃんと果物を絞って作ったそうだ。


 と、ここである疑問に気がついた。そういえば九条さんは何でいるんだろう。

「九条さんは今日のお仕事の打合せに来てるの?」

「いいえ、このあと伊織さまは、秋さまを送って★市まで行かれる予定ですので、ご不在中の指示を仰ぎに参りました」

 私はびっくりして伊織に聞いた。

「え?!伊織一緒に来るの?そんなことひとことも言ってなかったじゃない」

「そういえばそうだったね。『はるぶすと』には前々から行きたかったんだけど、なかなか仕事が休めなかったんだよね~。でもさ、由利香が来るって言うからちょうどいいなと思って。それに、僕と一緒に帰った方が、由利香も色々説明しなくていいんじゃない?」

 ああそうだ、京都に来てることは鞍馬くんも夏樹も知らないんだった。そうよね、一人で帰っても、どんな顔をしてあの二人に会えばいいのよね。

「わかったわ。それじゃあ一緒に帰っていただきます。ついでに面倒な説明ばなしも押しつけちゃおうかな」

「いいよ?あーんなことや、こーんなことを、いっぱいあの二人に話せそうだからね」

「!なにそれ、じゃあけっこうです。自分で話します」

「えー、つまんなーい」

 本当に伊織相手になると、ペースを崩されてしまうわ。


「それじゃあ、行って来るね。しばらくよろしく頼むよ」

「お気をつけて。秋さま、どうか伊織さまをよろしくお願いします」

「は、はい」

 京都駅のホームまで送ってくれた九条さんに挨拶して、伊織と私は到着した新幹線に乗り込んだ。

 座席がグリーン車だったのは、言うまでもない…。




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