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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第4章 ふたたび、京都
20/28

ノンフィクション歴史ドラマ


 今日も新幹線はするするとホームへ滑り込んでいく。今度は一人で降り立つ京都駅。何が待つのかわからないからとても不安、不安なはずなんだけど…。


 なんだか京都って来るたびにウキウキしちゃうのよねー。

 にやける顔をひきしめて、新幹線からおりてあたりを用心深く見回す。うん、来ていない来ていない。


 前日にかかってきた電話に出ると、伊織が申し訳なさそうに?のはずがない。いつもの口調で言った。

「ごめん由利香ー。明日さ、ちょうどキミが到着する時間に仕事がはいっちゃって、遅れるんだよね。どうしよう」

「いいわよ。京都だもの、一人で適当に時間つぶしてるから」

「そう?助かるな。自立しているひとはこれだから好きなんだよねー」

 とか言いつつ、だまされたねーなんて言って現れることもあるからね伊織は。

 念には念を入れておかなきゃ。私は伊織も九条さんもいないのをしっかり確認してから、おもむろに改札へ降りていった。


 さあーてどこへ行こうかな?駅前で京都タワーを見上げて考えていると、

「失礼ですが、秋 由利香さまですね」

と、声をかけられる。え?もしかして…

 五分後、私はリムジンの中でむすーっとふくれていた。やっぱりだまされた!訳ではないんだけど、仕事が早く終わった伊織が、京都駅にリムジンをまわして手ぐすね引いて待っていたのだ。

「せっかくひとりであちこち行こうと思っていたのに!」

「いいじゃない、車ならどこへでも行き放題だよ」

「じゃあ、金閣寺と銀閣寺と平安神宮と上賀茂・下鴨神社と、えーと嵐山とついでに太秦映画村!それから…」

と、やけになって知っているところを並べまくっていると、伊織は目を見開いて私を見ていたが、しばらくするとニッコリ笑って言った。

「そんなにまわるんなら一週間くらい泊まるんだよね?嬉しいなー」

 しまった!相手は伊織だった。

「と、言うのは冗談よ。まあ、平安神宮くらいで許してあげるわ。明日には帰らなきゃ、お店も会社も休めないもの」

「ええーつまんないの」

 とか何とか言いながらも、車は平安神宮へ向かっているようだ。到着後、近くで降ろしてもらった私たちは平安神宮カラーの朱色の門をくぐって中に入る。ここの前庭も東大寺にひけをとらないくらい広くて大好きな場所だ。


 しばらくは雰囲気を味わいながらゆっくりと歩く。珍しく伊織も無言で隣を歩いていたが、ふと独り言のように話をしだした。

「平安神宮っていうのは、案外新しいんだよね」

「?」

「これから話すことは、歴史ドラマの一シーンだけどフィクションじゃないんだよ」

 私は伊織がなにを言いたいのかわからず、じっと見つめているしかなかった。

「僕が以前京都にいた頃は、まだ平安神宮なんて出来てなかったんだよね。平安神宮の創建は明治二十八年、今から百年以上前だね」

「!」

「シュウもその頃日本にいたんだよね~。確か例のお屋敷を出てすっごくトゲトゲしてたから、ちょっと丸くなってもらおうと、無理矢理うちに来てもらった」

「うちって・・?」

「もちろん〈料亭紫水〉だよ、何言ってるの」

「何言ってるのって、何言ってるの?!あなたその頃からあの料亭にいたって言うつもり?」

「うん、さすがにずっとじゃなくて、その頃は九代目としてね。あいだに二人ほど人が入って今は十二代目」


 私は頭がクラクラしてきた。えーと、きっと伊織は私をからかっているのよね。さっきドラマの一シーンとか言ってたし。

 「ふふ、由利香の顔。まあ、にわかに信じろっていう方がムリだよね。空を飛ぶわけでもないし、魔法を使うわけでもないし」

「なにそれ」

 すると伊織は本当に楽しそうに、にっこり笑ってとんでもないことを言い出した。

「シュウも僕も、キミたちの時間で言うと、もうかれこれ四百年くらい生きてるんだよね。夏樹は二百九十年くらいとか言ってたな~」

「!」

「あの頃、えーと確か慶喜さんがまだ偉そうにしてた頃かな。京都には融通の利かないのも一杯いたけど、面白いヤツもいっぱいいたんだよね~」

「!」

「シュウは天才肌だから真面目で融通がきかなくて石頭で。だから僕がよくそういうハチャメチャした奴らのいるところに、ムリヤリ引っ張っていってたの。で、そいつらにずいぶん鍛えられたんだよね。だから面白くなったでしょ?」

「!」

「あ、でもホントはね、シュウとはもーっと前からの知り合い」

「…」「…」

 その後も伊織はノンフィクション歴史ドラマを次から次へと話し出すので、私はいったんやめていただくようお願いした。

「伊織、いおり、ちょっと待って。えーっと、話はだいたいわかったから。だけどね、こんな衆人環境でそんなすごい話をして良いわけ?」

「うん、だってこういう所って案外人の話は聞いてないものだよ。でも、それを心配するって事は、僕のはなし信じてくれてるんだね?」

 まだ全部信じた訳じゃないけど、でも…。

「私をわざわざ京都まで呼びつけて、嘘の話を聞かせるようなヤツじゃないもんね、あんたは」

「うん、良くわかってるね。さすが由利香」


 私が信じたことに伊織は満足したのだろう。そのあとは平安神宮の神苑というお庭に入って、歴史ドラマとは関係ないたわいない話をしながらそぞろ歩いた。平安神宮にこんな広いお庭があるのを知らない人も多いらしい、とか。ここでお茶会が開かれたり、菖蒲が咲く頃には無料開放もするそうだ、とか。

 そして、今回は京都に着いたのが昼をまわっていたので、行きたかった展覧会が開催されていた美術館をめぐると、もう夕刻だった。

 京都行きを決めたときに「ホテルとるのなんてもったいないから、うちで泊まりなよ」と伊織が勧めてくれていたので、夕食のあとは伊織の家へ向かった。


 料亭の当主なんだから、家はきっとお庭に鯉を飼っているような大豪邸を想像していたのだけど、リムジンがとまったのは高級そうなマンションの前だった。え?ここ?

「おかえりなさいませ」

 エントランスを入るとホテルのフロントのようなものがあって、そこで鍵を受け取らないと中に入れないようになっている。伊織は「ただいまー」とか言いながらどんどん奥に行ってしまうので、私は色々言いたいことがあったのだけど、その暇もないままエレベーターに乗せられる。

 さすがにエレベーターの中ではうるさくできず、部屋に着いてしまったのだった。


 伊織がガチャっとドアを開け中に入る。そこで私が見たものは…なに!この玄関は!およそ六畳はあろうかと言うほどの玄関ホール。そう言えばこの階はエレベーターを挟んで、二部屋しかなかったような気がする…。

「どうしたの?Welcom to my home. ようこそ我が家へ。さあ、上がって上がって」

 ちょっと躊躇する私を伊織は不思議そうに見る。

「伊織の家ってマンションだったの?」

「?うん、なんで?」

「私はてっきりお庭のあるような純日本風のお家でね、お手伝いさんとかがいっぱいいるんだと…だから泊まるって言ったのよ。えーと、えーと」

「?」

 まさか伊織と二人きりで夜を過ごすことになるとは思っていなかった。この状況について行けなかった私は珍しく弱腰になっていた。これは、さすがにまずいんじゃない?


「えっとね、伊織が変な真似をするなんてことはあり得ないんだけど。でもフロントもあったし、私のことも見られてしまったし。さすがに〈料亭紫水〉の当主さんの名前にキズがついちゃうと申し訳ないから…」

「由利香みたいな、どこの馬の骨ともしれないヤツを泊めない方がいい?」

 私は、ウッと詰まってしまった。そうはっきり言われると昔のことがよみがえってきて、つらい。自分に自信が持てなくて疑心暗鬼が度を過ぎて、手放してしまった人。弱い由利香さんはもういなくなってしまったのだと思っていたけれど、そうでもなかったらしい。


 うつむいて、涙!出て来るな!と必死で頑張っていた私の耳に、怒ったような伊織の声が聞こえてきた。

「あのね、謙遜しすぎるのは傲慢だって知らない?」

 私ははっと顔をあげた。そこには本当に怒っている様子の伊織。

「僕が由利香を泊めると決めたんだよ。誰が見ていようが関係ないじゃない」

 そして、ちょっと意地悪っぽい顔をして、

「このカッコ良くて性格もいい伊織さまが泊めて差し上げると言ってるんだから、由利香は偉そうにしていればいいんだよ」

 そう言って、うやうやしく手を取って玄関を上がるように催促する。

「過去に何かあった?んだよね。由利香らしくなかったもん、いまのは。ちょっときついこと言っちゃったけど気にしないでね」

 ううん、と私は首を振って靴を脱ぐ。その拍子にポロッとこらえていた涙が落ちて、伊織の手の甲をぬらした。

「へえー、やっぱり由利香も女の子だったんだね」

「なによそれ、どうせ私はオヤジ女子ですよーだ!」


 伊織の冗談?に助けられた私はようやくいつもの調子を取り戻して、伊織の頭をはたく真似をしながら奥の部屋へと入っていったのだった。



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