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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第3章 本日は『はるぶすと』にてちょっとした古都をお楽しみ下さい。
18/28

依子さんと響子さん

 その日の午後、

「にゃおーん」

「あら、久しぶりねーネコ子」

 ここのところ顔を見せていなかったネコ子が店にやってきた。と言う事は、依子さんが来るのかな?そう思っていた所へ現れたのは、意外な人だった。

「ここ?ホントだ。ありがとうネコちゃん、あなた天才ね~」

「あ、あなたは」

 そう、ネコ子に連れられてお店へ入ってきたのは、奈良へ行ったときに出会ったcafeの奥様、(たしか響子さんという名前だったわね。)その人だった。

「い、いらっしゃいませ」

 なんでこの人がこんな所に?それに…奈良での無礼の数々が思い起こされる。今さらながらあんなにビシビシ言ったことがどうにも恥ずかしくて、ちょっと引き気味で挨拶する。


 鞍馬くんも夏樹も当然びっくりしていたが、さすがは?鞍馬くん、すぐに落ち着きを取り戻して、

「奈良でお会いしましたよね、何故ここに?」

 と、私が聞きたかったことをかわりに聞いてくれている。響子さんはなぜかずっと私の事を見つめていたが、はっとして気を取り直すと言った。

「あの、本来ならもっと早くにお伺いしてお礼とお詫びをしなければならなかったんですけど、お店も休めなかったし」

 そう言うと私の方へ来てギューッと手を握った。

「ごめんなさいね!せっかく来て下さったお客様に嫌な思いをさせて。そしてありがとう!貴女のおかげで主人に私の身体のことがちゃんと打ち明けられたの。話してみると気がすごく楽になって、主人も気にすることはないと言ってくれたのよ。とても嬉しかったわ」

「は、はい。いえ、どういたしまして」

 あ、じゃあ、ちゃんと仲直りできたのね。まあ、もともとあんなにラヴラヴなんだから大丈夫だとは思っていたけど。そんなことより。

「どうやってここがわかったんですか?」

 私はさっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。

「あ、それは」

と、何故か夏樹のほうを見る。

「夏樹?」

「え、えーっと。由利香さんがお店を出て行ってから、ちょーっと気になったんで、とりあえずうちの住所をね、渡しておいたんですよ」

 ああ、そう言うことだったの。それにしても、ただ謝るためだけにお店を休んで、しかも遠いところを来てくれたのかしら。

「でもあの、そんなことって言ったら失礼かもしれないけど、本当にそんな理由だけで、わざわざうちを探してきてくれたんですか?」

「そうよっていうのは、半分だけかな。今ね、お店があるので行けなかった新婚旅行中」

「へ?」

「ふたりともあまりにお店一筋だったから、旅行もほとんど行ってなくて。それで煮詰まるのかなって。これからはちょくちょく行きましょうと、手始めに★市に連れてきてもらいました。私のわがままですけど」

 そう恥ずかしそうに言う顔がすごく可愛いの。美人は得ねー。

「でも、ご主人は?」

「今日は別行動。あんまりべったりでもダメなのよ」

 へいへいー。のろけというやつですね、それは。私は仕事中だというのを忘れてがっくりと肩を落として脱力した。するとネコ子が足下にきて何やら慰めてくれている?ありがとう、でもめずらしいわね、ネコ子。


カラーン。

「こんにちは」

 とそこへ入って来たのは依子さんだった。

「ちょーっと久しぶりだったわね、あ…」

 店の中を見回していた依子さんは、響子さんのところで視線を止めてしばらく固まっていたが、

「ケーテ!」

と、声を上げた。そう呼ばれた響子さんも依子さんを確認すると、

「よりこ!」

 お互いに走り寄り、抱き合って涙を流さんばかりだ。

 え?!響子さんって依子さんの知り合いだったの?しかも依子さん今、ケーテって呼んだわよね。

 私を筆頭に『はるぶすと』の三人組は、訳がわからずにぽかんとしてその光景をしばらくながめていたのだった。


「じゃあ、響子…いやケーテさん?」

「いまはもう、響子です」

「あ、すいません。響子さんは、俺たちがお屋敷を出て行った後にお屋敷の庭師として入って来たんですね」

「ええ、そして依子と出会ったんです」

「そうよー、ちょうどあなたたちと入れ替わりね」


 鞍馬くんと夏樹が出て行った後の領主邸は、しばらく騒然としていたらしいが、なにせ規模が大きいのでそれもつかの間。半月もすると何事もなかったように日常が過ぎていた。

 響子さんがお屋敷で働き出したのはちょうどそのバタバタが納まって、落ち着いた頃だった。そのころの依子さんは領主のお嬢様の家庭教師や、雑用や、その上庭の管理まで任されていたのだが、さすがの依子さんもすべて一人でこなすのは無理があったので、前々から庭師を募集していたらしい。

 ただ、依子さんの希望で、雇うなら女性であること。ずっと続けていってもらうために、面接は依子さんが担当すること、などがあった。

「一目見たとたんに、この人だ!と思ったわ。いわゆる一目惚れってやつ?」

 いたずらっぽく依子さんが言うと、

「ふふ…依子ったら、押して押して押しまくってくれたものね」

と、響子さんは可笑しそうに笑った。

「そのおかげで、シュウや夏樹がいなくなってもなんとかやってこられたのよ。ふたりともよく手が空くと庭の手入れとか雑用とか手伝ってくれていたから、いなくなっちゃって本当に大変だったわ。そこへ来てくれたケーテ…あ響子か、はそれは有能な庭師だったからねー。私の目に狂いはなかったのよ。ちょっと自慢しちゃったけどいい~?」

 依子さん、いつもよりンション高め?きっと思いがけないところで響子さんに会えたことがとても嬉しかったのね。そして話を聞いて行くと、依子さんが何故日本に来たのかがわかった。


「そのあと、私とケーテはお屋敷でとっても充実した暮らしをしてたのよ。なのに、ある日を境に、とにかく嫁がせ好きな領主に結婚しろー結婚しろーと急かされるようになったの。でもね、由利香さんならわかるでしょ?仕事が乗ってるときに結婚なんて考えられないわよ!」

 依子さんは、見かけによらずけっこう熱くなるタイプなので、仕事を続けたいのに無理に嫁げと言われたことが、本当に頭に来ていたらしい。領主の暴挙だわ!とか、女ばかりなんで!とか、声が大きくなってきて響子さんにたしなめられた。

「あ…ごめんなさい。それでね、私は我慢ならなくなって領主とけんかして、お暇をいただいちゃったの」

と、ペロッと舌を出す。あらま、依子さんらしいと言えばらしいけど。

「あのときはびっくりしたわ。私やめるからってある日突然言うんだもの」

 依子さんは言い出したらとにかく聞かない性格なので、響子さんは仕方なく承知した。でも、その後も二人の交流は続いていた。


 そんなあるとき、響子さんは料理の勉強に来ていた今のご主人と知り合うことになる。彼と恋に落ちた響子さんはずいぶん悩んだようだ。依子さんにも相談したのだが、やはり猛反対された。

「え、依子さんはどうして反対だったの?あんなに優しそうな人なのに」

 私は当たり前のことを聞いたつもりだったのに、なぜか『はるぶすと』にいた私以外の人の空気が急に変わったような気がした。え?なになに?私何か変なこと言ったかしら。


「んーとね、私はこんな名前だけど日本なんて行ったことなかったし、日本人のこともよく知らなかったもの。そんなところに一人で行かせるなんて、そりゃあ不安よ」

「?へえー?、依子さんでもそんなこと気にするんだ。まあ私だって国際結婚なら最初は躊躇するかなぁ」

「でしょ?」

 依子さんはなぜかホッとした様子で言った。

 でも、どうしてもあきらめられなかった響子さんは、勉強を終えて日本へ帰る彼と一緒に日本に行くことを決心した。もちろん反対していた依子さんには何も言わずに。

 のちにそのことを知った依子さんは、彼女の事が心配で仕方がなかったので、何の手がかりもないまま日本に来ていたというわけだ。


 それが今回こんな形で巡り会うなんて、奈良へ行って本当に良かった。夏樹が〈ならまち〉へ行きたいと言ってくれて良かった。

 今回は夏樹のお手柄ね。そう夏樹に言うと、「ええー、たまたまっすよー。でもやっぱり、俺のおかげ?」とか調子に乗っている。

 そのあとも本当に楽しそうに話していた依子さんと響子さんの二人だったが、なかなか話が尽きないらしく、とうとう響子さんがご主人に連絡を取って事情を話し、今夜は依子さんの家へお泊まりすることに決めたようだ。夏樹などはびっくりしていたが、女の私にはわかるわー。何年分かのつもる話よね、一晩じゃ足りないくらいよ。そう言ってやると、

「ひぇー、ほんっとに女の人ってのは、話が好きなんすね」

と、首をふりふり感心していたのだった。


 依子さんと響子さんが帰ったあとで、私は鞍馬くんや夏樹と、京都と奈良へ行った時のあれこれを話して笑ったりしていたのだが、どうにも気持ちが悪くて仕方がなかった。

 あ、でも、吐きそうとかじゃなくて…何かを思い出そうとするのだけど、思い出せないときの気持ちの悪さ。喉まで出かかっているー、っていうアレよ。

 これまではこんな感じにならなかったのに、今日に限って。

 なんだろう、なんだろう。おもいだせない…あっ!そういえば。


《どうしても思い出せないことがあったら、聞きにおいで》

 唐突に伊織の言葉がよみがえったのだった。


     

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